SO Script ACT・6


魔王討伐

「ラティさん、おはようございまッス!」
開口一番、元気よく挨拶をされてラティクスは寝惚け眼を擦った。何しろ起き抜けに部屋の扉は勢いよく叩かれたのである。
「あのぅ・・・どちら様ですか・・・?」
「嫌だなあ、忘れちゃったんですか? 俺ッスよ!」
しかし俺、と一人称代名詞で言われても解ろう筈がない。
見慣れぬ東方系の貫頭衣でやや童顔の青年は、丸眼鏡の奥で漆黒の瞳をくるくるさせてこちらを見ていた。長い黒髪は後ろで大雑把に三つ編みされているが、こんな髪形をした人物に心当たりは無い筈だ。
「・・・やっぱり、覚えがないんだけど・・・」
「非道いなあ。俺達、昨日会ったばっかりッスよ」
当惑を隠そうともしないラティクスに、青年は手にしていた棍でとん、と軽く床を突いた。確かにその仕草には見覚えがあった。
「・・・まさか、ひょっとして、ティニーク?」
「当たりッス!」
青年は無意味にVサインをしてみせた。その少々甲高い声、独特の雰囲気は、正真正銘、昨日出会ったティニーク=アルカナのものである。だがその時の彼と今の彼の姿とが、あまりにも懸け離れていたので俄には信じ難いものがあった。それを心得ているのかティニークはVサインのまま小首を傾げた。
「驚いたッスか?」
「あぁ、ごめん・・・リカントロープに会ったのは・・・その、初めてだったから・・・」
「気にしないで下さい。よく言われる事なんで」
「あの、それで・・・君は、何の用事でここに来たんだい?」
「そうそう、今日は、ラティさんにお願いがあって来たッス。俺を、ラティさん達に同行させて欲しいんです!」
「はぁ、っえぇ?!」
うっかり聞き流しそうになったラティクスが驚いて声を上げると、ティニークはぱん、と音を立てて両の掌を合わせた。
「足手まといにはなりません! お願いします!」 
「そんなこと言われてもな・・・えぇっと、それはまた・・・どうして・・・?」
いきなり仲間にしろと言われても困る。立ち話も難だから、とラティクスはティニークを部屋に招き入れて椅子を勧めた。自分はベッドの端に座り、この唐突な申し出の理由に耳を傾けることにする。

そもそもこの二人が出会ったのは、タトローイの闘技場でのことだった。
ヴァン王から各王国の王と謁見することを命じられた一行は、相談の結果まずアストラル王国を目的地と定めた。その後、連絡船でオタニムからポートミスに渡りムーア王との謁見を済ませた後に、やはり海路でシルヴァラントに向かう。最後は陸路でヴァン王国に戻る、というのが現在の計画である。恐らくそれが最短距離だろう、と地図を辿ってアシュレイが皆に請け合った。
その最初の目的地、アストラル王の居城に向う為には、以前そこを目指した時と同じくタトローイを通る必要がある。
しかし、一行がタトローイに到着したのは夕刻、運河を溯る最後の定期便が出た直後だった。仕方なく翌日の船を待つことにした彼等が、折角だからと足を向けたのが闘技場であったのだ。そこで、自らの腕がどれだけ上がっているのかを実際に魔物と闘うことで確かめていたラティクスに、飛び入りの対戦者として挑んできたのがティニークだった。ただし、その時のティニークは魔物と見紛う人狼の姿をしていたのだが。
それは彼がリカントロープと呼ばれる種族であるが故のことだ。

「知っての通り、俺達リカントロープは興奮すると獣人化・・・つまりああいう姿になるッス。あの姿になると戦うには好都合なんですが・・・問題なのは獣人化が自分で制御出来ないことなんです。感情が昂ぶると勝手になっちまうんスよね」
ティニークは自分の右腕を相手によく見えるよう差し出した。普通の手だが、戦った時には銀灰色の毛並みで覆われ、鋭い鍵爪を有していた。
「変身が出来るって言っても、案外、便利じゃないのかい?」
「そうッスね。こういう御時世、魔物に間違えられて大変な目に合うこともあるし、そうでなくても変身の度に服は破れるし、あんまり実用的じゃあないッス。まぁ、獣人化しないで自在に戦えるようにならないと一人前とは言えません。戦いの最中に無意識に獣人化したら、そいつは平静でないことの証拠ですから。
俺は格闘術の修業中の身なんですが、そういう訳で、心の鍛練は殊の外重要ッス」
「心の鍛練?」
「喜、怒、哀・・・そうした動揺を抑えて、常に楽の境地にあることッス。時には感情を瞬時に発散させることも含まれますケドね。
こう見えても俺、最近は獣人化することなんて殆ど無かったんスよ。
それがラティさんが闘技場で闘ってるのを見たら、こう、ビビッと来ちゃったんです。強い人を見て、不覚にも滅茶苦茶嬉しくなっちまったんですね」
にっと笑うと、真っ白で鋭い犬歯が覗く。闘技場で対峙した時には、それは大きな牙だった。
「で、そのまま乱入して負けたんスが・・・」
「あれはたまたま運が良かっただけさ。ティニークこそ、凄く強かったじゃないか」
それは本当だった。棒術を主体としたティニークの技は素早さと力強さを兼ね備え、しかも間合いが広かった。今まで闘ったことの無い型の攻撃と、人狼の姿による威圧感に何度かラティクスは敗北を覚悟したのだ。そう素直に述べると、ティニークは苦笑して首を横に振った。
「いいえ、ラティさんが強かったんですよ。
俺が同行させて欲しいのは、強くなりたいからなんです。俺は強くなる為に修業してますが、強くなる為には強い人と戦うのが一番ッス!
それに聞けば、ラティさん達は魔王を倒す旅をしているそうじゃありませんか!
これが付いていかない訳にいきません!」
「う〜ん・・・こういう事は他の皆にも聞いてみないと・・・俺だけじゃ決められないからなぁ」
ラティクスは頭を掻いた。こう力説されては、ただ断るのも気が引ける。
「でも、ラティさんは賛成してくれるんスか?」
「俺は、仲間が増えるのはいいことだと思ってるよ」
「やったー♪」
喜びの声が何となく間延びした様に聞こえるのは、彼自身が言う所の《楽》の境地にあるからなのか。
「あの、だから他の人に聞いてみないと・・・」
「言い忘れてましたケド、他の方々には、もう聞いてみたんッスよ。そしたら、『ラティさんがいいってい言ったらいい』って。
それで、今、ラティさんが『いい』って言いましたから・・・付いてっていいんスよね!」
「え・・・あの・・・そのぅ・・・」
にこにことしているティニークに、最早何も言うことが出来ない。考えてみればティニークは魔王討伐の事を知っていたのだから、そういう話になっていてもおかしくはないのだ。だが、何となく騙し討ちされた気分のラティクスであった。

「だってラティったら、全然起きてこないんだもの。幾ら昨日ティニークさんと酒場で盛り上がったからって、もうお昼よ?」
「これで今日の定期船まで逃しちゃったら、間抜けよねぇ」
ラティクス以外の仲間達は宿屋の談話室に居た。しかしヨシュアとマーヴェルの姿は見えない。
相変わらず朝に弱い幼馴染みにミリーは呆れ返り、それをイリアがクスクスと笑う。
「起こしてくれたってよかったのに」
「それどころじゃなかったのよ」
「・・・何かあったのか?」
表情を曇らせたミリーは、うん、と頷いた。
「マーヴェルさんとヨシュアさんが喧嘩したみたいで・・・」
「あの二人が?」
「そうなの。私達も詳しくはよく知らないんだけどね」
笑みを収めたイリアが事情を話すには、昨日、闘技場でその事件は起こったらしかった。
「艦長がヨシュアと話していて、何かでヨシュアの妹の話になったらしいのよ。今、どうしてるのかしらってね」
「そうしたらマーヴェルさんが来て、ヨシュアさんに何か訊いたんだって。そうしたらヨシュアさんが怒って・・・」
「怒ったのか? ヨシュアが?」
「うん。それで今朝から二人共、雰囲気が和やかじゃなくて」
常は穏やかに見えるヨシュアを怒らせる、というのはどんな言葉なのだろう。しかも二人は同じ真紅の盾を敵とする者同士なのである。
黙々と弓身を磨いていたロニキスに尋ねると、彼は「個人的な問題だろうから」と言葉を濁した。彼が手入れしていたのはエルヴンボウと呼ばれる希少価値の高い弓で、道中立ち寄ったヨシュアの育ての親であるという老人から譲り受けたものだ。その時には、別段ヨシュアとマーヴェルの仲が悪い様には見えなかったのだが・・・。
「大変だったんですね」
「まぁ、・・・そういう訳で、ラティのことまで気が回らなかったんだ。
流石にそろそろ起こそうとは思っていたんだが、丁度、彼が起こしてくれると言ってくれたんでな」
「ティニと呼んで下さい!」
ラティクスの後ろに付いていたティニークが元気よく返事をする。
「お前、結局俺達と一緒に行くことになったのか?」
「はい、シウスさん。よろしくお願いしまッス!」
「シウスでいいぜ」
「あ、俺もラティでいいから」
「いえ、こんな押し掛け同然で仲間にしてもらった若輩者ですから、礼儀は尽くさせて頂きます!」
「そんなに固く考えなくてもいいんだけどなぁ・・・」
それにしても個性的な人だな、とラティクスは再びティニークのことをまじまじと見つめた。本当に面白い人だ。
「中々に好もしい青年ではないか。・・・おっと、二人が戻ってきた様じゃな。
そろそろアストラルに出発しようかの」
アシュレイの言う通り、ヨシュアとマーヴェルがやってきた。ラティクスとティニークを見て事情を察したか、それぞれに会釈する。その様子からは二人が喧嘩をした、などとは到底思えなかった。
「・・・本当に、二人が喧嘩なんてしたのか?」
傍らのミリーに囁くと、彼女は深く頷いた。
「あのねぇラティ・・・二人とも、すっごいポーカーフェイスなんだからね・・・!!」


王に謁見を求める者がいるという報告を受け、フィアは急いで城門に向った。
常ならば、謁見にはしかるべき手順を必要とされる。それをいきなり直ぐの謁見を求めるというのだから、普通は追い払われるのが当然だ。
だが、彼等はヴァンの紋章を有しているという。他国から使節が来るという連絡は入っていなかったが、いやしくも王家の紋章を携えた者を無下に扱うことは出来ない。フィアは騎士団長に代わって、その取次ぎを命じられたのだった。
衛兵の話によれば、その者達の中にはアシュレイ=バーンベルトがいるらしい。ならば恐らく他の恩人達もいるのだろう。そしてシウスも。彼女は幾許かの嬉しさを感じたが、同時に、何故この時期に謁見が必要なのかと訝しんでもいた。王国騎士団長ライアス=ウォーレンの暗殺未遂事件から、さほど時は経過していない。ライアスは未だ大事を取って静養中の身だ。何か新しい事実でも判明したというのだろうか。しかし彼等がヴァンの紋章を持っている意味が、彼女には全く理解できなかった。
会えば全てが判ることなのだろうが。
城の跳ね橋の向こうには見知った顔がある。今、こちらを向いて大きく手を振ったのはラティクスだ。
しかし、知らない顔も何人かいた。
「やはりお前達か。・・・仲間とは無事に会えた様だな」
「フィアさんのお陰です」
「いや、私はただ情報を提供しただけさ」
ラティクス、イリアと再会の握手を交わすと、後ろから進み出た少女と男性がそれぞれに自己紹介をした。他の同行者達とも一通りの挨拶を交わし、フィアは全ての名を頭に刻み込むのに苦労した。
「私はフィア=メル。アストラル騎士団の騎士長を務めている」
「女の人なのに、すごいんですね」
「そうでもないさ」
ミリーという少女が上げた感嘆の声に、フィアは落ち着いた笑みで応える。女だてらに、とはよく言われるものだが、そもそもアストラルは強い者が力を持つ国家である。だから実は性差など些細な事だと感じさせる程、騎士長職にはもっと深刻な苦労が多い。それ故にシウスは自らの資質に疑問を持ち、答を出す為アストラルを出奔したのだったが。
かつてはその男の心が読めず、フィアは彼の事を憎んだりもした。しかし今は、そうではない。
「こいつの中身は、その辺の男より男らしいからな」
「誰かと思えばシウスじゃないか。くたばってなかったか」
「相変わらず口が悪ぃなあ、おい」
「私の場合はそいつが時には役に立つが、お前ではそうもいかないだろう。意表をついてもう少し上品な話し方を研究してみたらどうだ?」
唐突に笑い出した二人に、アストラルでの一件を知らない者達は戸惑うばかり。
「この二人は一体・・・?」
「義兄妹じゃよ。ヨシュア達と会う前に、アストラルでは色々とあっての」
「そうなんですか。シウスの妹さん・・・義兄妹とはいえ、似た雰囲気がありますね」
「ヨシュアの妹だって、きっと見つかるさ」
「・・・そうですね」
ラティクスの言葉に、ヨシュアは曖昧な笑みを浮かべる。まだマーヴェルとの一件が胸中に残っているのだろう。そのマーヴェルは相変わらず沈黙したままだ。
「しかし、今日はただ私に会いに来たという訳ではなさそうだ」
ロニキスの持つヴァンエンブレムに目を留め、フィアは首を振った。衛兵はただヴァン王国の紋章だと報告したが、これは通常の使節に持たされるものとは違う。フィアがそれを見たのは初めてだったが、真実を知る者・・・確かそんな意味を持つ特殊な紋章だったと記憶していた。彼等がここへ来たのが、この間とは全くの別件であることを悟ってフィアは本来の職務を遂行することにする。
「私がウォーレン様に代わって、王の許へ案内しよう」
フィアは兵の一人に、謁見を求める者達が《真実を知る者》である事を伝えて先に遣り、一行を城に導き入れた。
現在のアストラル城は、ライアス=ウォーレン暗殺未遂事件以降目立った騒ぎもなく、落ち着いた雰囲気を湛えている。時々すれ違う騎士団員の顔に、切迫した様子は無い。無論、それなりの緊張感は常に漂っている。
「城も、今は平和な様じゃな・・・」
「アストラルのお城に入れるなんて、皆さんすごいんですねー。俺、やっぱりラティさんと旅が出来て幸せッス・・・!
・・・はっ、いかんいかん、平常心平常心っと」
感慨に耽るアシュレイの隣で、幸せを噛み締める余り獣人化が始まってしまったティニークは、色々と生えてきてしまったものを元に戻すべく慌てて深呼吸を繰り返す。ティニーク以外の、かつてこの城で起こった事件を知らない者達は、ラティクスとイリアの二人から話を聞いていた。
「・・・親父はどうしてる?」
先頭にいたフィアの隣に付いてシウスが、低く尋ねた。
「今は大事を取って静養中だ。お前が案ずることはない」
「そうか・・・」
「そんなに気になるのなら、さっさと戻ってくればいいものを」
安心したのか天井を仰ぎ見る様を見て、相変わらず不器用な男だと思う。
「何だか、そうも行かなくなっちまってな」
「訊きたかったのだが、一体何をしに来たんだ? 王に謁見などと・・・しかもあの紋章だ」
「・・・魔王討伐だ」
フィアの足が止まった。後続の者達の足も同様に止まったのだが、彼女にそれを気に留める余裕などなかった。
「魔王だと?! あのアスモデウスを倒しに行くというのか?」
「ああ、そうだ」
動揺している、とフィアは感じた。何かの間違いであって欲しいと思っているのだ。
「ラティクス、本当なのか?」
「はい。俺達はその為に各地の王に謁見する必要があるんです」
「・・・シウス、魔王の恐ろしさについては御互い身に滲みている筈だ。そうだな?!」
頷くシウスが、どうしてこんなに平然とした顔をしていられるのか不思議で仕方がない。昔からこの単純馬鹿の思考回路は謎だったのだ。
「それでもお前は行くというのかっ?! アシュレイ様も!」
フィアの心に呼応したか、アストラルリングは微かな光を帯びていた。
「フィア、ヌシの心配も解る。じゃが、誰かが、一刻も早くやらねばならんことなのだ」
「だからと言って・・・」
詳しい経緯を訊き出せる状況ではなかったから、彼女にはどうしてその様なことになったのかが解らなかった。ただ首を振る彼女に、シウスの声が降る。
「お前はこの国を守っている。俺は、俺に出来ることをする。それだけだ」
「・・・・・・そうか。済まないな、取り乱したりして。謁見の間に急ごう」
フィアはそれきり、沈黙して歩きだした。他の誰もが、それに倣った。

アストラルの王は騎士の国というだけあって、豪華な武具に身を包む戦士然とした男であった。それら威厳を表す装いは、決して見てくれだけでない。いずれも実戦で最大限にその威力を発揮できる様に造られた、最高のものばかりだ。
その如何なる時も動じないだろう王が、ロニキスの持つヴァンエンブレムに弾かれる様立ち上がった。
「そのエンブレムは・・・!」
「我々はヴァン国王より、命を受けて参りました」
「・・・そうか、成程。・・・・・・大臣よ、周りの者を下げさせよ」
暫し黙した後、アストラル王は傍らに控えていた者に命じる。警備兵達と、案内役としてこの場にいたフィアが静かに謁見の間を辞した。
「ヴァン王の尽力の程は聞き及んでいたが、時は至った、ということか。
アシュレイ、そしてシウス=ウォーレンよ。そなたたちがこの場にいることを、儂は誇りに思うぞ」
アストラル王の言葉にハイランダー二人は、ただ目を伏せる。
「では話そうか。真実の瞳について、我が王家に伝わるのは物ではなく、言葉なのだ」
「言葉、ですか?」
ラティクスの問いに、王は頷き、
「そうだ。それは四節からなる」
そう答えて、その言葉を諳んじた。

運命と嘆くな
勇気を持て
君の嗣子末代まで
力絶やすこと無く

「それだけ・・・ですか?」
それは拍子抜けする程、余りにも短い言葉だ。しかし王の口からはそれ以上の言葉は出なかった。
「この四つの文章に一体何の意味があるのかは儂には解らぬ。
これだけでは解らないようにしてあるのだろうから、当たり前なのだが」
「失礼ですが、何の変哲もない、安っぽい教訓にしか聞えないのですが・・・?」
「その通りだ。だが、だからこそそなた達がヴァンエンブレムを託されたのであろう。
秘密を、解くためにな」
長ければよいというものでもなかろう、と言われてイリアは思わず頷いてしまった。何より伝承の言葉が短いのは、王の所為ではないのである。ここで文句を言ったところで始まらない。
「そうでした。王よ、感謝します」
「さて、儂が伝えなければならぬことはこれだけだ。これはアストラルでの謁見の証。忘れず持って行くといい。
そなた達の旅に実りあること、そして、アスモデウスを見事退治してくれるよう、祈っておる。
・・・ときに、アシュレイよ」
「はい」
最後に王は老戦士を鋭く見た。
「デルのこともある。そなたにとっては因縁の戦いになるやもしれぬが、決して気を抜くでないぞ。我が国は、まだそなたを失いとうないのだ」
「・・・勿体無き御言葉、ありがとうございます」
アシュレイは、深々と頭を垂れた。

アストエンブレムを受け取り、謁見が終わって直ぐに、一行はアストラル城を出た。思ったよりも早く謁見出来たことと、謁見そのものが短かったことで、今日中にタトローイまで戻れそうだったからだ。今から真っ直ぐ港に向かえば、定期船に充分間に合う。
「俺、人払いなんて初めて見ましたよー。城に入ったのも初めてなんですけど、やっぱ城って凄いッスね」
ティニークが目を輝かせて、たった今出てきたアストラル城を見上げている。どう見ても名残惜しい、といった感じだ。
「次のムーア城も、とても綺麗だそうですよ」
「そうなんスか? ヨシュアさん、物知りですね。楽しみだなぁ♪ っと、平常心平常心・・・」
城から城下町は一本道だ。そこを歩いていると、呼び掛ける声がした。
「シウス!」
道の先には、白馬に跨がった騎士がいた。それは短い紅い髪の、炎の気を纏うよく見知った者。
「フィアじゃねぇか。どうした、こんな所で。城に居たんじゃねぇのか?」
「これから町に戻るんだ。お前こそ、もう発つのか?」
「先を急ぐからな」
フィアは器用に馬の足をシウスの歩調に揃えると、彼を睨み付けた。
「全く、人に無断で勝手な事ばかりして・・・これで死んだら、ただじゃおかないからな」
「まだ言ってんのか? 当然、生きて帰ってくるに決まってるだろ」
「その気楽さが私には解らない。心配する方の身にもなってみろ」
「・・・お前でも心配するのか?」
「当然だ。アシュレイ様はともかくラティクスやイリアまでいるんだ。他人の足を引っ張るような真似だけはするなよ」
「・・・そっちかよ・・・」
「まぁ、お前に何を言っても無駄ということは解っているんだが・・・
・・・期待して、待ってるからな」
「フィア?」
「じゃあな」
シウスの目に映ったのは、久しく目にしていなかった彼女の飛び切りの笑みだった。信じられずもっとよく見ようと目を凝らした途端、馬の腹を蹴って走り去る。
「あいつ、何がそんなに面白かったんだ?」
脳裏に焼き付いた笑顔に柄にもなく、顔面に血が上った気がした。
その様子を後ろからじっと見ていたミリーが、イリアをつつく。
「ねぇ、フィアさんって人、ひょっとしてシウスの事・・・」
「・・・そうみたいね。でも、うちの男共は鈍感だから」
「そうですね」
「あら、マーヴェルでも、やっぱりそう思う?」
「ええ。伝えたい事って、中々上手く伝わらないものなんですね」
マーヴェルは寂しげに微笑んで、フィアの去った方を見つめる。
「世の中、そういう風に出来てるのかも知れません。でも、本当に伝えないとならない時、というのもあるでしょうね。
今を逃したら・・・そんな時が・・・」
「確かに、戦いは危険で、命の保証なんて無いものね」
「そう。でも、だから・・・皆で、無事に帰って来ましょう・・・。
きっとその時こそ、思いは伝わるのでしょうから」
誰も知らない事だが、マーヴェルの視界の端には純白の羽根が、あった。