SO Script ACT・6


魔王討伐

蒼龍の気が全てを呑み込んだ後、影は宙空に解け消えて何も残りはしなかった。
光に塗り潰された影には似合い過ぎる消え様であった。


「現身の方陣は・・・再び破られたのですね」
王と共に試練の場より謁見の間に戻った一同を見て、佇んでいた王妃は微笑んだ。
「そうだ。この者らこそ魔王を討伐するにまこと相応しい」
「それは喜ばしいこと。破ったのは貴方ですか?」
「はい。ラティクス=ファーレンスと言います」
ラティクスは王妃の微笑に頷く。疲労は拭われていなかったが、一つの克己の達成感が身体に満ちていた。
そして本人だけが知らぬことだったが・・・今の彼は、誰が見ても全幅の信頼を寄せずにいられない凛々しさと力強さを持っていた。まるで、未だ身辺に蒼龍の気を漂わせているかの様に。その圧倒的な雰囲気に、仲間達は自然とラティクスを前に立てていたのだった。
「貴方は、勇敢な戦士なのですね」
王妃は、ラティクスの前に歩み寄る。
そして膝を突いて畏まろうとした彼を押し留めると、何の躊躇いもなく自らが深々と頭を垂れたのだった。
「若き戦士よ、どうか王に代わって私の謝罪を受けて下さりはしませんか?」
「謝罪だなんて・・・どうしてそんな」
頭を上げないままに王妃は答える。
「貴方に与えた試練が人の道に悖ったものである事は、王も私にも解っていた事でした。
ですが、ですがどうかヴァンの王を責めないで下さいませ! 魔鏡の復元は、私の進言から始まった事なのです」
「わかりました、ですからどうか顔を上げて下さい!」
ラティクスの悲鳴に彼女はやっと背を伸ばした。ラティクスはまた謝られる前に急いで尋ねる。
「進言、と言われましたが、魔鏡はどうして復元されたのでしょうか?」
「それは・・・」
「妃よ。魔鏡を城に置いた本当の理由と我等の命運については、そなたから説明した方がいいだろう。
だがその前に、この者達の意志を確かめておかねばなるまい」
王は重々しく口を開いて会話を中断した。王妃は頷き引き下がる。
「王家には、我等だけが知る事が幾つかある。魔界の入り口の場所、そしてその入り口の開き方、開く為に必要なもの・・・・その全てが秘密であり、迂闊に教えられるものではない。
魔界の入り口は原則としてこちらの世界からは開くことができぬ。開くのは魔界側から魔物が侵入しようとした時のみ。過去、その際に魔界に侵入して半死半生で戻ってきた者がおった。その者の話では、其処はまさしく魔界の名に相応しく、この世のものとは思えない恐ろしい場所だったということだ。
それでも決心は変わらぬのか?」
この場に異議を唱える者など居なかった。
「・・・・・・そうか。それでこそ心強いというもの」
「国王。今、こちら側から入り口を開くことができないと仰りましたが?」
満足気な王であったが、論理の矛盾に鋭いイリアの質問が早速飛んで深刻な顔に戻る。
「原則として、と言ったのだ。無論方法が無い訳ではない。
元々魔界とこの世界を最初に繋げたのは、この世界にいた者達なのだからな」
「この世界にいた者達?」
「《旧異種族》・・・民間ではそう呼ばれておる。そなたらも全く知らないということはなかろう。
本当の名前はムーア人という」
確かに旧異種族の名は旅をする中で、アストラル洞窟やパージ神殿の造り主として幾度か耳にしたものだった。しかしムーア人という名に聞き覚えはない。
「ムーア・・・王国の名にもある、あのムーアですか?」
「伝承では彼等は生誕の地に自分達の名を設けたとある。
つまり彼等は最初、現在のムーア大陸に住んでいたということになるな」
「では、彼等は最初から自分たちをムーアと呼んでいたのですか?」
「そうだ。ムーア人の祖は赤子ではなく、成人の姿をとって前触れもなく突然地上に現れた、ともある。
神の意志によって名付けられた名をもって、この地に降臨したのだ。
彼の者たちはその優れた紋章技術である秘宝を作り出し、その力によって異世界の門を開いた・・・」
「突然現れた・・・?」
小さく呟いたきりイリアがすっかり考え込んでしまったので、代わってロニキスが尋ねる。
「何故そんな事を? 特別益のある行動とは思えないのですが」
「残念ながら理由は我等の知るところではない」
我等にとっては迷惑この上ない事だがな、と付け加え、肩を竦めてみせた様子は全く王らしからなかった。
「して、その秘宝の名を《真実の瞳》と言う。こぶし程の大きさの緋色の宝珠だという話だ」
『真実の瞳?!』
ヨシュアとシウスが同時に声を上げる。確か、パージ神殿では存在しないとルーン達に宣告された宝ではなかったか。まさかそれが実在するとでもいうのだろうか。
「真実の瞳と言えば、持ち主の望む情景を映し出すという秘宝ではありませんか?!」
意気込んで尋ねたヨシュアだったが、国王の回答はその期待を裏切るものでしかなかった。
「民間に流布しておる伝承などその様なものだろう。自らの願望を・・・真実の瞳という見た事も無い宝に重ねたものがいた、というだけのことだ。真実の瞳は《門を開く》という能力しか持たない、いわば鍵の様なものだと聞く。
そしてムーア人は、真実の瞳についての情報を四王国の王家それぞれに託した。それら全てを知らなければ真実の瞳を見つけることはできぬ様にする為に」
「・・・そうですか・・・。
とにかく、有事に際して真実の瞳を使うならば、四王家の同意が必要ということなのですね」
「その通りだ。つまり魔王討伐はヴァン一国のみの問題ではなく、ムーア、アストラルそしてシルヴァラントの問題でもある。そして・・・」
王は溜め息を吐き、改めて一同を見回した。
「そして真実の瞳が唯一のものだとすれば、機会はただ一度きりという事になる。
・・・そなたらが真実の瞳と共に生きて戻らぬ限りはな」
「故に、王はそこまで強さを求めたのですな」
「いいやアシュレイ殿、残念ながら理由はそれだけではないのだ」
促されて王妃が再び進み出た。先程の王の話振りからすると、魔鏡を城に置いた経緯と関係があるのだろうか。
王妃は、王と同じ様に一同を見回し語り始める。
「私は宮廷紋章術師の家系の出自だったので、多少紋章術を嗜みがありました。
王が魔界の動向を憂慮する様になってからは、現身の鏡を筆頭とした魔王の紋章技術について私なりに紋章術師達を率いて調べていたのですが・・・現身の鏡がアシュレイ殿によって発見されていた、という話は、とても都合のよいものだったのです。先の大戦では今迄に無く魔王の得体の知れない術に悩まされたと聞き及びますし、その記憶すら時と共に薄れていくばかりなのですから」
「歴史を紐解くとよく分かるのだが、魔界の者達は確実に力を付けてきているのだ」
「そうなのです。詳しい事は歴史学者に譲りますが、武具の質や戦法が時を経るにつれて向上しているとしか言い様がないのです。そして、魔鏡の仕組みを調べることで私達はある一つの事に気が付きました。
・・・貴女は法術師ですか?」
ずっと聞き役に徹していたミリーは、何故自分に話が振られたのか解らないながらも頷いた。
「では、記憶の方陣の事は知っていますね」
「あの・・・奥義と呼ばれている法術、ですか?
でも一体何の為のものなのかは、解らないっていう・・・」
「そうです。南十字星、七星、そして聖域に祈りを捧げる独特の言葉から始まるこの術は、八芒の陣の上で行われ、その陣の中の者は光の柱と化すのです」
「光・・・?」
「光はその者の身体、幽体そして魂が物質界から切り離された姿であると言われています」
紋章術に疎い者達にヨシュアが説明する。法術の知識にも通じている様だ。
「聖なる光は時に弱められることなく、永遠に世界の記憶となる・・・そんな所から記憶方陣の名がついたそうですが、この方陣は旧異種族、いえ、ムーア人と共に失われた紋章術の中で現存する数少ない術だと伝えられています。とても困難な技だとか」
「ええ、貴方の言う通り。記憶方陣というものは召喚技法と同じくムーア人がかつて重用したもので、現在は殆ど忘れ去られている類の紋章術です。それらを私達は今日、方陣と呼んでいますが、それらは道具を用いる複雑で高度な紋章術をであったとされています・・・ムーア人の遺跡では現在でも見られるそうですが・・・例えばパージ神殿では移送方陣と名付けられた方陣が実際に確認されています」
−−−−−あのガラス!
パージ神殿で散々悩まされた五人にとっては、その移送方陣とやらは非常に記憶に新しいものであった。
「でも、それと魔王と、どんな関係があるのですか?」
「現身の鏡には、記憶方陣とよく似た技法が使われているのです。
つまり、影を生み出し本体を引き込むなど私達に信じられない事ですが・・・それでも、あの鏡には私達の知る紋章術とは全く違う方法で紋章が描かれているだけで・・・それが紋章術そのものだという事実は明らかなのです」
「即ちそれは、魔界の紋章技術が我々よりも遥かに優れているという事。何故、魔王がムーア人と同じ紋章術を操るのかは解らぬが、この先、戦が長引けば近い将来に我々が敗北する可能性は高い。真実の瞳然り、ムーア人の紋章術の凄まじさは現在にも記録が残っておるからな」
「これが、この城の紋章術師達が導き出した結論なのです。私達に勝ち目は薄い・・・」
紋章術師でも、ましてや託宣者でもなく、国を憂える王妃の顔で彼女は結ぶ。
予想以上に厳しい状況を知らされて沈黙の降りた謁見の間にシウスの怒りの声が響いた。
「そこまで解っていて、ならばどうして一気に討って出ない! こうしている間にも魔王が総攻撃を掛けてくるかも知れねぇと解っているなら、何故それを民に知らしめないんだ!
何もしねぇで手をこまねいて、何か起こってからじゃあ遅過ぎるだろうが!」
「シウス、口が過ぎるぞ!」
「俺に主君があるとすれば、それはアストラル王だけだ!
少なくともアストラルには魔王の紋章技術の話は伝わってない筈。何故隠す? ヴァンが情報を独占する意味が、何処にあるってんだ!」
「それはそうじゃが・・・」
アシュレイには、彼の怒りはもっともな事と思われた。そんな状況だと知っていたならシウスにアストラルを下れる訳が無かったし、そうすれば父たるライアスが魔物の手に掛かることも、或いは未然に防げたかも知れぬ。
「確証が無い」
王は言う。
「我々には後が無いという確信がありながら、その証拠を持たないのだ。
手遅れにならぬ内に行動を起こさねばならぬが、国を総じて動くには確証が必要・・・徒に人心を惑わす事に何の意味がある? 他国の王に単なる推測を述べても、妄想だと一蹴されるだろう。
国を預る、とはそういうことなのだ」
「それに・・・他国に優れた紋章技術を知られることを、恐れてもいるのでは?」
「マーヴェル?!」
マーヴェルの言葉は静かだが、辛辣だった。
「ヴァン王家の噂は、勿論シルヴァラントまでも届いていますわ。シルヴァラント王から譲り受けたのが、その現身の鏡・・・シルヴァラント王はさぞ後悔されていることでしょう」
「よく知っているな」
「たまたま耳に挟む機会があっただけです」
「成程。私の失敗は、討伐隊をヴァン国民に限る、としなかった所にあるということか」
王は剣呑な顔をする。
「いいえ、他意はありません。ただ・・・魔物と同じ位、人もまた恐ろしいものです。
願わくば、魔王を倒した後に、真の平和が訪れることを」
マーヴェルの常と変わらぬ美しさは、ここでも他者を圧倒する力を持っていた。
王妃が劣らず優雅な微笑みを浮かべて返した。
「英雄とは、諾々と従う者を指す言葉ではありません。実に頼もしいですわ。
私達は、ただ、危惧していたのです。この様な力、誰にも知らせず封印するに越したことはありませんから」
「・・・とにかく、全ては魔王を倒してから、ですよね?」
たとえヴァンの思惑が魔王を倒した後の世界に向けられていようとも、それはラティクスの関知すべき部分ではない。無責任ではあったが、ラティクスの頭にあったのは魔王を倒す・・・正確には体液を採取するという、それだけだった。
王妃がラティクスをつ、と見た。彼の無責任な心持ちなど全て解っているのだとでも言う様に、軽く頷いて、マーヴェルやシウスらに断じる。
「ヴァン王家がどう思われようとも、私達の望んでいるのは、民の傷つくこと無い平穏です」
「うむ。ここまで話した以上、そなたらにはその真実の瞳を手に入れるという極秘の任務を負ってもらうことになる。大臣! 例のものを持ってまいれ!」
王は一同の前を横切って大臣から何やら受け取ると、ロニキスに手渡した。
「これは?」
「それを身に付けて各国の王に会うのだ。
その紋章こそが真実の瞳についての《真実》を知る者という印」
紅の宝石を一つ、埋め込んだエンブレムはずしりと重い。
「我が国に伝わる秘密は、そなたらが三王国の国王から情報を集めて戻ってきた時に話そう。
・・・幸運を、祈っているぞ」


その夜。ヴァン・イ・イル城下にとった宿で、ロニキスとイリアは久々に周囲を気にせず話し合う機会を得た。ラティクスやミリーはともかく、その他の面々の目がある中での込み入った話は、し辛いものがある。再会する前までのこと、そしてこれからのこと・・・二人には、話すべきことが沢山あった。
特に焦点となったのは、ロニキスの体得した紋章術についてだった。この技について、ロニキスの胸中は複雑だったが、イリアはいたく興味を示した。だがロニキスは紋章術の力の源、その核心部分については触れず、決して彼女に会得を勧めなかった。素質のあるなしを抜きにして、自身が持て余している力を他人に勧めることは憚られたからだ。
その原因は、神、だろう。
「『ムーア人の祖は赤子ではなく、成人の姿をとって前触れもなく突然地上に現れた』
『神の意志によって名付けられた名をもってこの地に降臨した』
・・・艦長はヴァン国王の話、どう思いますか?」
「・・・・神、か・・・・」
「ムーア人というのは、この世界でのアダムとイブのような存在なのでしょうか?」
「まあ、そうだろうな」
話題は、何時の間にか今日の謁見に移っている。
イリアはどうしても解せない、という風に首を捻っていた。彼女にとっては魔王討伐を巡った支配者階級の思惑など、些細な事であった様だ。それよりもムーア人が突然地上に降臨したという伝承の方が気になるらしい。確かに、権力争いは超常現象とは無縁だ。ロニキスとしても話の種にするなら超常現象の方が気楽でいい。少なくとも、この世界に来るまではそうだった。
「この惑星では神秘的な力が当たり前として存在するから、神も仏も存在するということなんでしょうけど。でも、地球の概念で解釈すれば、大地に降臨した・・・というのは私達がこの世界に現れたのと同じ現象・・・と捉えることもできなくもありませんよね」
「確かにな。だが、ここは魔界とやらが現実にあって魔物がいる世界。
・・・神も存在するのかもしれないぞ」
イリアの言いたい事は解る。彼女は神、と称される者の正体を知りたがっているのだろう。けれども紋章術を通じて神らしきものを感じてしまったロニキスには、腹立たしいことに神を否定する事が出来なくなっていた。これは、イリアには話していない事であったが。
だからイリアは無邪気に言う。
「私は地球で今まで生活していてそんなものに会ったことはありませんわ」
「はは、俺だって会った事ないさ」
やけに笑いが喉に引っ掛かる。自分は、嘘を吐いたのだろうか? ロニキスは自問した。
「大昔の―――」
話し相手の副官の瞳は、夜は沈んだ黄金色をしている。それは揺らめくカンテラの照らす仄暗い部屋の所為だ。その眼差しにロニキスは、何時ぞやミリーと紋章術について話した夜を思い出した。
「―――人は自分達が理解できないことを超常的な出来事と捉えて、益があれば神、害があれば悪魔と結び付けて考えましたわ」
「そうだな。《理解できない》からこそ畏怖が生まれ、いずれ崇拝の対象となる。
それが信仰や、宗教の基本なのだろう。まぁ救済だとか、色々と絡んでくるのだろうが」
「地球でも・・・そう、例えば中世ヨーロッパでは爆音とともに突然現れ、辺りを一瞬で焼き払ってしまうという魔獣ケルベロスの伝説があります。実際、その正体は何だったか知ってます?」
全く見当もつかず首を横に振ったロニキスは、それが落雷だと教えられて妙に感心した。爆音とともに突然現れ、辺りを一瞬で焼き払う。それだけ聞けば不思議だが、雷ならば単なる自然現象だ。先人達の豊かな想像力に感嘆こそすれ、イリアはミリーでなく、だから神を信じない。法則を生み出す神の代わりに彼女が信じるのは自然科学、神を規定する法則そのものだった。
「私達がまだまだ知らない事がある、というのは理解出来ますけど・・・事実、紋章術でしたっけ? ミリーちゃんのあの力には正直驚きましたが、それだってきっと科学で証明出来るものだと思うんです」
確かにそれが、普通の地球人の考えることだった。
「ふふ、つまり君は国王の話に納得していない・・・ムーア人を、というか・・・神を信じないのだな」
「おかしいですか?」
「別におかしくはないさ」
「超常的な存在や力というものをそのまま認めてしまうと、何だか負けのような気がして」
あぁ、何という素晴らしい副官だろう!
理解出来ないものを決してそのまま認めない同胞。その彼女が持つのは、地球人としての考え方だ。ロニキスは、彼女にも自身の感じた力の奔流を教えたかった。それでも尚、同じことが言えるのか確かめてみたかったのだ。
しかし客観的だからこそ、イリアの言葉は正論なのだ。
「そうだな・・・ただ信じてしまったなら、少なくとも発展はないな。
それに・・・」
「それに?」
「運命だったと自分に必死に言い聞かせたことが、陳腐なものへと扱き下ろされるような気分になる」
イリアははっとしてロニキスを見つめた。吐き捨てた彼の、両の拳は握られて掌に爪を強く食い込ませている。
イリアには、それが数々の紋章術を操る腕を疎んじている様に見えた。そして彼の葛藤を理解した。
「あの病気は、原因不明のもので現代医学ではどうしようもないものでした」
御気の毒ですけど、というそれこそ陳腐な言葉は呑み込む。
ロニキスは原因不明の奇病によって伴侶を亡くしている。彼が積極的にロークの救済に力を入れていたのも、その経験が大きく関係しているだろう。悲劇がもたらした哀しみは大きく、心には消えない痕があった。それがイリアにはよく解っていた。
・・・解り過ぎる程に。
「原因不明の病気が、それがもしこの惑星でいう呪紋とやらで治るものだったら、
俺は一生後悔し続けるだろうな」
「それは・・・でも、レゾニアが打ち込んだウイルスは紋章術ではどうにもならなかったそうじゃありませんか。一生・・・」
大きく一歩を踏み出して、驚くほど間近でイリアはロニキスの目を見つめた。
「一生だなんて・・・でも、そうなんですよね・・・艦長・・・」
その目が揺れた。言葉にこそ出したことはなかったが、寄せる想いとは伝わるもの。
「・・・これから先、旅を続けていけばきっと答は出るさ。だから今日はもう寝よう」
ロニキスは視線を逸らす。あぁ、心の傷が痛んでいるのだ、とイリアは思った。自分がこの人を苛んでいるのだ。それでも、解っていても、誰がこの心を止められるというのか。
「・・・・はい」
そっと応えて彼女は自分の部屋に戻ることにする。これ以上この場に居ても無駄だった。
扉を閉めようとした時。
「すまない、イリア」
そんな声が聞こえた。
イリアは閉ざした扉の外で、静かに呟いた。
「ごめんなさい、ロニキス」