6
ハイランダーの傭兵は恐れを知らない。
どんなに恐ろしい外見をした魔物にも果敢に立ち向かう、それが彼等の生業だからだ。
ところが、傭兵隊の一員として初めて西に出征しようという勇猛な彼等の殆どを驚かせるものが、ここにはあった。
海だ。
断崖絶壁となって海に大きく張り出し通じる道が、水平線の緩やかな弧までもくっきりと見渡せる広大さを眺望するのに絶好の場所を提供しているのである。海などむやみやたらと広いのだから、見飽きるほどに見られるだろうと考えるのは間違いだ。厳しい山岳地帯で知られるアストラル王都周辺の民にとって、海というものは西か東の《辺境》の者か、さもなくば商人達しか知らないものなのである。
ラティクス達は勿論海を知っていたのだが、それでも久々の青い水は目に美しく映った。何しろアストラルの川という川は砂を含んで黄濁したものだったのだから。
そこで、少し足を休めて波飛沫の匂いを運んでくる風が旅の埃を払うのに任せることにしたのであった。
夕闇が迫るにはまだ少し早い時間。この周辺から気候が変わってきて、大地は温暖なムーア大陸と似た雰囲気を持ち始める。
少し行けば清水が見つかるかもしれない。水が見つかったら久々にシチューでも作れるぞ、と食事当番に当たっていたシウスは考えた。食用の植物も多くなってくるから、これで保存食ばかりで疲れた胃腸も喜ぶだろう。重要なのは、作るのが楽な割には満足度が高いということだ。・・・当然、不味くなければ。
かくいう彼は一度、黄色い水でシチューを作ったことがある。味はともかくとして、別に濁った水でも飲むのには支障がないので、味付けをする料理ならば平気だろうと思ったのだ。しかしそれは大いなる間違いであり、水分摂取の為に飲むのとは違って食するとなると混じる砂が食感を著しく害した。それは彼が放浪していた時の出来事であり、以来、その様な暴挙には出ないようにしている。
やはり料理と酒にはいい水が一番である。
最近ろくなものを食べていない所為か、素晴らしい景色を見ながらシウスが考えるのは食べ物のことばかり。しかし旅と食事は切り離せないものだから仕方ない。
水と酒、と言えば、イリアは酒にうるさいが、水にもうるさい。水は沸かしてからしか飲まないし、火を起こせる状態でなければ自分で調合した怪し気な錠剤を入れてから飲む。沸かした水は病気にならない、というのは確かに旅の知恵というやつではあるが、少し神経質なのではないかとシウスは思う。だがそんなことは怖くて口に出せない。その上不思議なのは錠剤で、彼女の飲む水は何故かより色が濃い。何故かと聞くと、サッキンしたのだという。サッキンとは何だろう。まぁ、味はひどいらしいので料理に使おうとは思わないが。ラティクスの方はそんなことはせずに、普通に水を飲んでいるのがまた妙である。
大体、パージ神殿での時間軸の封印云々とやらの話を小耳に挟んでから益々こいつらの訳がわからなくなったのである。追及する気はとうに捨てたが、きっとこれからも、次から次へと不思議な事が起こるのだろう。
「本当に遠くまで見えるな・・・隣の大陸が見えたりするんじゃないか?」
鎧を外し、崖の縁に立って規則的に砕け散る波頭を覗き込んでいたラティクスがぽつりと言った。
「飛べたら速いだろうな」
「確かに、それだけ飛べたら便利なのでしょうね」
波の轟きに掻き消される筈の感嘆が聞こえてしまったのか、ヨシュアが応えた。
「そういえば、フェザーフォルクってどの位飛べるんですか?」
「山岳地帯のちょっとした移動に便利な程度、ですよ。それも気流を上手く利用しないと出来ませんから、練習が必要です」
ヨシュアは擦り切れかけたローブの裾を軽くはたいて草の上から立ち上がる。
「やはり僕達も、故郷を離れれば大抵は歩かなければなりません。翼というのはあまり便利なものではないんです・・・意外でしたか?」
「あ、はい。・・・少し」
「世の中、そう思わない人の方が多いみたいで。あまり羨ましがられても・・・僕なんて、いっそ翼なんて無い方がいいと思うことすらあります。でも、親に貰った身体ですからね」
《翼ある者》であるが為にヨシュアが見てきたものは、ラティクスには察することが出来なかったが。
「きっと、それだけ空が皆にとって憧れなんですよ」
よく晴れた空の眩しさに目を細めながら。
「誰だって『自由に空を飛べたら』って考える事があると思うから」
ヨシュアが何か言おうと口を開きかけた時、何かが光った。
「あれは・・・一体・・・?」
一瞬、流星かと思われたそれだったが、しかし昼間の空に降る星など聞いたこともない。光は青い空に長い尾を引きながらゆっくりと移動していく。
「あの光は何かしら?!」
「わかりません!」
ラティクスは夢中で崖から身を乗り出し、ヨシュアが慌てて服の裾を掴んだのにも気付かずその光を食い入る様に見た。それが彗星でないのは、徐々に地上に近づいてくる様で分かるが、何かが落ちてくると言うのには抵抗を覚える。それは、光が空を迷走しており、まるで意志を持って動いている様ですらあったからだ。
その物体は遂に水平線の向こうに消え、僅かに出始めていた雲が、一瞬赤く輝いたかに見えた。
「あの方向は・・・ムーア王国?」
今や全員が集まって海の彼方を見つめていた。
「なんだぁ?!」
「隕石が落下したのかしら・・・というには妙よね・・・」
「まさか、今のが・・・星の船?」
「星の船?」
「あ、いや・・・」
ヨシュアに問い返されてラティクスは言葉を濁した。失言である。これは未来の話だった。
だが、ラティクスの中には確信があった。ムーア王国に落ちたものといえば、クラトスの近く、しかも三百年前に落ちたと言われる《星の船》以外に考えようが無い。
彼は一体何が落ちたのか、確かめに行ってみたかった。よく休憩場所として利用した広場に突き立った金属の塊が一体何であったのか、今、その場に行けば、解るかもしれないのだ。
「・・・気になるわね。一度見に行った方がいいかもしれないわ」
イリアの意見は、ラティクスの心境を肯定するものだった。
「でも・・・」
「こんな所から戻るんですか・・・?」
ちょっとこっちに来て下さい、とイリアを他の仲間から少し離れた所に引っ張ってくるとラティクスは気になっていた事を話した。
「あれは多分、俺達の世界で『星の船』と呼ばれていたものが実際に落下したんだと思います」
「実際に落下?」
「ええ。不思議な形の鉄の建物みたいなものが俺達の世界で残っているんです。それじゃないかと・・・」
「成程ね・・・ねぇラティ、」
イリアは神妙な顔になって声の調子を落とす。波の音に掻き消されそうな程の大きさだが、お陰で他の仲間に聞こえることはないだろう。
「レゾニアの密使達と会った時の事、覚えてる?」
「はい」
「その時に、『第三勢力』の話は聞いたわよね」
「はぁ・・・多分」
「その『第三勢力』は三〇〇年前のロークからウィルスを入手している。だから私達はここにいるのだけれど・・・その『星の船』が『第三勢力』の航宙艦だということは考えられないかしら? きっと、何らかの理由で不時着したのよ」
航宙艦の姿はラティクスも何度か見たことがある。
「言われてみれば、『星の船』ってイリアさん達の乗り物に似てた感じが・・・」
「ということは、その航宙艦を調べれば正体が判るかもしれないわよね」
「じゃあ、戻るんですか?」
「・・・艦長とミリーちゃんの居場所が判った今、この機を逃したら本当に会えなくなってしまうかもしれない。しかも敵がアスモデウスと接触する前にウィルスを手に入れたいから、無駄な寄り道をしている暇はない・・・」
「戻れませんね」
「・・・そうね。残念だけれど」
ほらやっぱり。あいつらは落ちてきた星とも関係あるらしい。
少し離れた場所で見ていたシウスは額に拳を当てた。目下の敵は、好奇心。
アストラル大陸最西端に位置するトロップは、ヴァン王国への航路を持つ主要な町であるが、東の港町オタニムに比べるとやや規模が小さい。が、トロップとエグダートを結ぶアストラル―ヴァン航路は非常に多くの傭兵達によって利用されている。
その町はラティクス達が到着した時には既に、謎の隕石落下騒ぎで更なる賑わいを見せていた。
「ポートミス行きの臨時便、ですか・・・」
暇で経済力のある野次馬達の需要を嗅ぎつけた船主達が、早速臨時の船を出したというわけである。この話を聞いた時は少しラティクスの心が揺れた。
「どうする、行ってみるのか?」
「隕石など滅多に落ちるもんではないから、見ておくのもよいかも知れぬな。だが、ラティ達の仲間を探すほうが先決、とも言えるの」
底をついていたアクアベリィ(西には何と毒を持つスライムが出没するのだ)をはじめとする薬類、食糧を求めた一行は、後はどちらかの航路を選んで乗船するばかりという状態で埠頭に立っていた。
船が出ているならば、ムーア王国まで戻っても時間は随分短縮されるだろうが・・・
「こっちで、行きますよね?」
彼がエグダート行きの看板を示すと、イリアは頷いた。
「目指すは、ヴァン王国よ」
選択が間違っていなかったことは、後日証明される。
目的地はそれ程に遠くなく、船旅の日々は疲れた身体を休められる時間であると共に、アシュレイやヨシュアとの親交を深める丁度いい機会でもあった。
落ち葉降り積もる国、紅い国、とヴァン王国の二つ名は国土全体に広がる森の美しく紅葉する様に由来する。船上から初めて陸地が見えた時にラティクスは得心した。確かに紅い、大陸であった。
「ここがエグダートか・・・気を引き締めていかないとな!」
しっかりとした地面に足を下ろせば随分と涼しく感じられる空気に、新たなる異国の地に踏み入ったと実感する。魔物は強いらしいし、船内で別の冒険者から聞いた話ではヴァン国王が魔王討伐隊の志願者を募っているという。腕に覚えはあるものの、青年は少々不安でもあった。
不安といえば、ミリーのことである。
彼女は無事だろうか、そしてきちんとした生活を送れているのだろうか・・・武術の心得のあったラティクスにとって魔物はさしたる脅威ではなかったが、対するミリーは呪紋こそ操れるもののヨシュアの様に攻撃呪紋に長けているという訳でない。回復呪紋にしても、彼女自身が大怪我を負って気を失ってしまえば役に立たないだろう。救いであるのは彼女が一人ではなくロニキスと一緒である点だが、ヴァン王国の魔物の強さについて聞かされてしまった後では、楽観的思考はし辛かった。ラティクスは聖域の神々の熱烈な信者ではなかったが、それでも晴れた夜にはミリーの無事を願っている。
その祈りが通じていればいいのだが。
エグダートは、ヴァン王国唯一の港町である。港町といえば活気のあるものと相場が決まっているが、朝も早い時刻の為か多くの商店はまだ開かれておらず、人通りは殆どなかった。港から町の中に入ったラティクス達には雑踏の無い道が寂しく見えたが、お陰で遠くまで見通しがよくきく。
元気よく走っている少女の後ろ姿が見えた。
「結構早いのに、元気ねぇ・・・やっぱり若さかしら?」
前夜、ハイランダー二人と酒瓶を挟んで盛り上がっていたイリア女史の目の下には隈がある。ラティクスが付き合わされなくなったのはいいのだが、その分飲み会の頻度は増した様だ。階段を素晴らしい速さで駆け降りていく、淡い薔薇色の尻尾に目を遣って明確な返答を避ける。瞬間、雷に打たれた様な衝撃が走った。
「今のミリーじゃないか?」
確かめる為に階段から下を見下ろす。見慣れた、でも懐かしいあの尻尾、あの髪、あの走り方!
「追いかけましょう!」
もしも本当にミリーならば、ここで見失う訳にはいかない。他の仲間に事情を説明する暇など無く、二人は荷物を放り出して同時に走り始めた。いや、ラティクスの方が早かったかも知れない。人通りの少なさが幸いし、再びミリーらしき姿を見つけられた。かなり前方を走っている彼女は余程急いでいるのか立ち止まりもせず、袋小路の行き止まり、宿の看板が掲げられた建物に消える。
「ミリー!」
宿の主人が思わず目をむく位に勢いよく扉を開いて名を呼んだ。背中を向けていた少女の動きがぴたりと止まり、ゆっくりと振り向く。
「ラティ?」
まじまじと目を凝らす表情に、頷く。
「ラティなの?!」
「・・・・・・ミリー」
一言名前を呼ぶのも喉が絡んで苦労した。
「よかった・・・無事だったんだな・・・」
「ラティも!」
心無しか潤んだ瞳を擦るとミリーはラティクスのマントを握って引っ張った。
「お、おい、いきなりどうしたんだよ」
「・・・夢じゃないよね。本物のラティ、だよね?」
願いが本当に叶ってしまうと、目の前の出来事がどうにも信じられない。ミリーの心境は、ラティクスと同様の、少し混乱したものだった。
「本当に・・・」
「そりゃそうさ。そういうミリーだって本物なんだろうな?」
「もう、ラティったら! 本当にもう会えないんじゃないかって思ってたんだから!!
・・・今まで、どこにいたの? イリアさんは? それにどうしてここにいるの?
聞きたいことが沢山あるよ・・・あ、でもあんまり話してる時間もないんだ」
「何かあったのか?」
「うん、それが、」
「ミリーちゃん! 本当にヴァン大陸にいたのねぇ!」
「イリアさん!」
ミリーは飛び上がってイリアに駆け寄ると、その腕に抱きついた。イリアはそんなミリーの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ごめんね、私のせいでラティと離れ離れになってしまって。会えて、よかったわ・・・」
「彼女がお前等のはぐれたっていう連れか?」
イリアは結局、他の仲間も伴ってきてくれたらしい。シウスがイリアにくっついたままのミリーを見て、ラティクス尋ねる。
「ああ」
「そうか。俺はシウスってんだ、よろしくな」
「初めまして。僕はヨシュアと申します」
「儂はアシュレイじゃ」
瞬く間に取り囲まれたミリーは、輝く様に笑って御辞儀をした。
「私はミリー。ラティと一緒に旅してたんですね?」
ミリーと他の仲間が自己紹介をしている間、ラティクスは本来いるべき筈の人の姿を探していた。一行の騒々しい遣り取りは恐らく宿屋中に聞こえているから、部屋にいれば嫌でもわかると思われるのだが。
「そういえば・・・」
「艦長は?」
当然、イリアの方がそれは気になっていたらしく、怪訝そうな顔をしている。
「ミリーちゃんと一緒じゃなかったの?」
「勿論、一緒ですよ。でも、私が朝起きたら二人ともいなかったんです」
「二人?」
「ええ、多分マーヴェルさんていう紋章使いの女の人に付き添ってイオニスに行ったんだと思うんだけど・・・」
「女の人?」
微妙に声色が変わったのは気の所為ではないだろう。嬉しい気分も一転、ラティクスは何となく嫌な予感がしてきた。
「イリアさん、なに怒ってるんですか?」
「・・・怒ってなんかないわよ。ミリーちゃん、先を話して」
話さないほうがいいのではないか、というのがラティクスの心境だったがミリーは素直に話し始める。
「昨日、イオニスという町に《真紅の盾》と異名をとる剣士がやって来たって噂を聞いたんです。そしたらマーヴェルさん、急に怖い顔になって・・・
あ! そのマーヴェルさんて、すごい美人なんですよぉ!」
鈍感で知られるラティクスには男女の機微など解る筈もない。だが、この時の彼には何故だか危険感知を司る神が降臨しており、イリアの周囲に発生した殺気がひしひしと感じられた。一方でミリーは胸の前で両手を組んで力説モードに突入する。
「色白で」
イリアの表情が固まる。
「スタイルサイコーで」
目つきが怖い。
「足首もこーんなに細くて!」
口元が微妙に痙攣しているのは気の所為か。
怒っている。これはかなり怒っている。隣に立っていたラティクスは生きた心地もしなかった。シウスやアシュレイなどはこの空気を察しているらしくイリアの方を恐ろしげに見ているが、しかしミリーはまだ気付いていなかった。
「初めて会った時、旅してるって聞いてムリヤリ一緒に行こうって言ったの私なんです。もう同性から見ても参っちゃいました(はぁと)って感じですか?」
「・・・ミリー、それ位にしておけよ」
「なんで? ・・・あ!」
ミリーはイリアの固まったままの顔に、やっと何かを感じた様だった。女性二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。
「あのう、イリアさん、勘違いしないで下さいね?」
「何をかしら? ミリーちゃん」
「ロニキスさんは変な意味で一緒に行ったわけじゃあ・・・」
「えぇ解ってるわ」
イリアはこめかみを押さえると何度も頷いた。
「知ってるから大丈夫。あの人にそんな甲斐性あるわけないもの。
・・・イオニスってこの先の町? だったら早く行きましょう」
「大丈夫ってイリアさん・・・」
普通に歩いて宿から出て行った彼女は案外平静で、ラティクスにとっては拍子抜けだった。が、その平静さが逆に嵐を予感させるとも言える。
「・・・で、なぜイオニスに?」
「え? あ、あのね、マーヴェルさんの敵討ちなんだって・・・」
「敵討ちぃ?!」
我に返ったミリーの言葉に、シウスは渋い顔をする。アシュレイ、ヨシュアも同様だ。
「しかし、また真紅の盾なのか?」
「知ってるんですか?」
「ああ、知っておるよ、嬢ちゃん。
エダール剣術の使い手の中でも屈指の腕前を持ち、武人としても名高い男じゃ」
「そいつが仇ってのはなんかなぁ」
アストラル騎士団に属していた者にとって、英雄が仇、というのは何度聞いても納得出来ないものなのである。
「そういえば僕が話した時も、お二人とも何か知ってそうな素振りでしたね」
「ヨシュアさんの時?」
「・・・こいつは生き別れになった妹を捜してるんだ。そしてその原因が真紅の盾なんだとよ」
「僕の記憶の中で真っ赤な盾が焼き付いていたというだけの話です!」
シウスの略した説明には当然ヨシュアの訂正が入る。
「決めつけないで下さい。変な誤解の原因になりますから」
「へいへい」
「俺にはその辺はちょっとわからないけど・・・ここで話してるよりも、とにかく俺達も行ったほうがいいんじゃないか?」
「そうよね。追いつかなきゃ」
でも、とラティクスはイリアの出ていった方を見た。真紅の盾と全く関係無い所で修羅場になりそうな気がするのが、杞憂であればいいのだが。
「ねぇラティ?」
部屋を引き払う手続きを終えて、ミリーが待っていたラティクスの傍にやってきた。革袋から小さな木彫りのオルゴールを取り出して見せる。
「それは・・・」
「ドーンのお守り。これね、ラティと会えなくて心配だった時によく聞いてたんだよ」
開いたオルゴールから流れる懐かしい音は、遠い出来事に思える出発の時を鮮明に思い起こさせる。現実離れした旅の過程で少しだけ薄れた動機をも。
「ひょっとしたら、俺達が会えたのってドーンのお陰かもな」
もしもあそこで偶然にミリーを見かけなかったら、彼女はきっとすぐさまイオニスに行ってしまっただろう。ラティクス達はここで何日かを情報集めに費やし、再び会うのはずっと先の事になってしまったかもしれないのだ。その偶然の力はどうして働いたのか・・・。
うん、と彼女は頷いてオルゴールを布に包むと丁寧に袋の中へ戻した。
「これからは、一緒に旅が出来るね。私達、頑張って早くドーンを助けようね」
「あぁ。早くしないとあいつが待ちくたびれるや」