SO Script ACT・5


再会、そして再開

そこが神殿の中枢部であることは、足を踏み入れた瞬間に解った。
緑に光り輝く剣を大地に突き立てて中央に位置している、一際大きな像が神体なのだろう。円形状の広間は五体の彫像に囲まれており、色鮮やかな床石が意味有り気に複雑な幾何学模様を描く。
「ここがどうやら神殿の最深部みたいね」
イリアが思ったことを口に出す。他の者達も、同意の言葉を洩らした。
先程倒したウルフシェイプは、まさしくこの場に何人たりとも立ち入らせぬ為に存在していたのであろう。
彼等の目を何よりも引き付けたのは、巨大な剣と、後光を表す神体背後の装飾だった。いかなる機構に拠るものなのか、驚くべきことにそれは満たされた輝く緑の奔流であったのだ。パージ神殿の奉るものが何にせよ、その偉大さ、強大さは十二分に示されていた。
「何かいかにもお宝がありますって感じじゃねぇか♪ なぁ!」
光のお陰で、ここは他のどんな場所よりも明るかった。空間の神々しさや物珍しい光景にか興奮気味のシウスに対して、イリアは神殿に入ってから何度も見せた不思議そうな顔を隠しもしない。
「でも、このエネルギーらしきものの流れは何かしら?」
「この光のことですか? きっと紋章術で作ってあるんでしょう」
「いいえ。どちらかと言えば私達の世界で馴染みが深そうな、ちょっと違うけれど・・・そんな造りよ、これは」
首を横に振った彼女の《私達の世界》という言葉は、恐らくラティクスではない、この場にない人に向かって発されたものだった。何故ならエネルギー、という漠然とした言葉の内包する漠然さ故の様々な意味を、ラティクスは理解していなかったからだ。イリアの言葉を耳に止めたシウスにも、勿論そんな事は解らない。
「何わけわかんねぇこと言ってんだ? それより早く調べてみようぜ」
「シウス、そう急くでない」
どうやら一番《宝》が気になっていたのはラティクス達でもヨシュアでもなく、シウスだったのか。やれやれとアシュレイが肩を竦め、隣にいたヨシュアがつられて笑みを浮かべる。けれども直ぐに緊張した面持ちを取り戻し、ヨシュアは円形の広場を先陣切って行くシウスを目で追った。
異変が起こったのはその時だ。
突然、ヨシュアの視線上で巨躯のハイランダーが軽々とはね跳んだ。全く予期せぬことであった為に完全な受身を取る間もなく、床が鈍い音を立てる。逸早く異常を察知したラティクスが駆け寄り、手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「っ・・・ああ、なんともねぇ」
顔を顰めてはいるが、幸い怪我はない様だ。
「今度は一体何が起こったのじゃ?」
「解らねぇ。誰かに持ち上げられてぶっとばされた感じだったんだが」
「静かに!」
眼を大きく見開いてヨシュアが叫んだ。色白の肌はみるみる蒼褪め、室温は少し涼しいといった程度にもかかわらず額に汗が浮かんでいる。皆は瞬時に黙り込み、その命令を発した者を注視した。ゆっくりと、杖を握った彼の腕が持ち上がってある場所を指し示す。
「この気配・・・何かがいる様です!」
彼の、常とは明らかに異なる様子にヨシュアの示す先を見る。
広間の中空、何も存在する筈のない空間が劇的な変容を始めた。空間全体から紅蓮の赤が滲み出してくる。望遠鏡、或いは顕微鏡の焦点を合わせる様な、とでも形容すればいいのだろうか。赤い光は収束し、一つの形を作り出そうと不規則な明滅を繰り返した。
「おいおい、何が出てくるってんだよ!」
シウスの疑問に答える様に、赤い光は急速に凝って人に似た形に落ち着いた。全身を染める色と輝きを別にすれば、姿形は年若い娘の形を為している。それの形がはっきりとした質感を持つと、次は緑色の光が同じ様に視界に溢れた。その次には眩い黄金色が。
失せよ! ここは我欲の強い者に益のある場所ではない!
広間全体に鳴り渡らんばかりの、威圧に満ちた音色で一喝したのは中央に位置していた赤い娘であった。頭蓋に谺する声は、とても華奢な頸から発されたものとは思えない。
ゆっくりと降りてくる三人の娘達は、いずれも人間離れした美しさを持っていた。身の内側からそれぞれの色に輝いており、その色合いは太陽を連想させる。夕焼けの紅、天高い黄金色、そして太陽は、稀に翠に煌めくことがあるという。またその色は、金と赤の像、そして全てを包む様に照らす緑の光という、この広間を特徴付ける色とも奇妙な一致を見せていた。
そこまできつく言うこともないでしょう
一行が彼女らに目を奪われたままでいるのを見て、向かって左に位置していた緑の娘がこう言ってたしなめた。声も表情も赤い娘よりは随分と柔らかいものであったのだが、畏怖を抱かせることには変わりない。
何よりも、緑の娘の次の言葉はラティクスとイリアを仰天させた。
お帰り下さいますか? 土着の方々、それに異界の者達よ
「わかるものなの?!」
だって貴方達二人、時間軸の封印がなされてるじゃん。違和感ありありだよ
反射的にイリアの口から出た言葉には、右手に位置していた黄金の娘が応じる。先の二人に比べれば随分親しみ易い、鈴を転がす様な声にはさも当然という響きが感じられた。
「違和感・・・時間線の歪みを《感じる》ですって?」
彼女の動揺に黄金の娘は尚も何かを言いかけたが、緑の娘が制した。
その言葉遣い、やめなさい。直ぐ人間に影響されるんだから!
え〜、だって
だってじゃありません
そんなことはと・も・か・く、この所、妙に時空間が安定しないのって例のアレが関わってるんでしょ? この封印もそうだし・・・気分悪いわぁ
何やら内輪な話が展開されているのを幸い、イリアは隣のラティクスに早速この奇妙な娘達について尋ねてみることにする。何しろ地球人であるイリアにはローク関連の不思議現象がさっぱり解らないのだ。
「ラティは彼等が何者なのか、わかる?」
「いえ、全然」
「アシュレイさんは?」
「思い当たるものはあるのじゃが、いまいち確信が持てんの」
「シウス・・・訊くだけ無駄かしら」
「こんな妙な連中知るかよ。気配からすると、魔物じゃあねぇみてえだが」
経験豊富なアシュレイに分からないとすると、どうやら娘達はロークでも一般的な存在ではないらしい。さてどうしたものか、と思ってみてから彼女はもう一人に尋ね忘れたことに気が付いた。
そのヨシュアはイリアに小さく頷き、意を決した様に一歩前へと進み出る。
「貴方達は《ルーン》ですね? この世界の原住遺族と呼ばれる・・・」
「おい、こいつらを知っているのか?」
「一応。僕も会うのは初めてですが」
へぇ、知ってるんだ。普通は《魔力の源》くらいにしか認識されてないのに
黄金の《ルーン》が鮮やかにとんぼを切って、輝く軌跡を残しながらすぅっとヨシュアの前までやってきた。きらきらと光を宿した長い髪が空を踊り、更なる光を撒き散らす。
ルーンという言葉が魔力を表すことから解る様に、一般に《ルーン》は魔力そのものであるとされている。その性質上、紋章術に携わるもの以外に存在はあまり知られていないが、知っている者にしてもルーンについての知識は大抵、その程度のものだ。ルーンが人前に現れることは滅多にない。
しかしヨシュアの口から出た原住遺族という言葉は、ルーンが各地に遺跡を残す旧異種族よりも遥か以前からこの世界におり、そして今もいると伝えられていることから付いた別名であった。
眩しさを堪えて娘を近くでよく見れば、益々彼女の姿形は人と変わらなかった。フェザーフォルクの羽根は無く、ハイランダーやフェルプールの様な尻尾も無い。むしろ、イリアから見れば地球人に近い容姿に思えただろう。だがその膚だけはハイランダーの模様の如くびっしりと文様が浮かび上がり、光り輝くのも相まって異様な雰囲気を醸していた。この存在こそが、パージ神殿に静謐さを与えていたのだとヨシュアは納得する。
マナの祝福を持ち、紋章術師たるヨシュアにはルーンの周囲で集散を繰り返す膨大な魔力の流れをはっきりと感じ取ることが出来た。彼がルーンから受ける威圧はラティクス達の比ではなく、だから彼は今も蒼白なままなのである。
他のルーンに比べるとどこかしら幼い雰囲気のする黄金の娘は、不思議そうに尋ねた。そう、不思議そうに。
君、何しに来たの?
緑のルーンは諦めたのか何も言わず、ヨシュアは眼前のルーンに話すことを許されたらしい。
「僕は、生き別れになった妹を探してここまで来たんです。
それを《我欲》と言われればそれまでですが・・・決してやましい気持ちでここを訪れたわけではありません!」
ここにはいないよ
「しかし、真実の瞳があれば望む情景が映し出せると聞いています」
黄金のルーンに釈然としない表情が浮かんだままであることに、嫌な予感がしてヨシュアは尋ねる。知らず知らずの内に、詰問口調になっていた。
「それはここに無いのですか?」
な〜る、真実の瞳・・・ね
黄金のルーンの言葉を受けて、他のルーン達の雰囲気に変化があった。恐ろしく威圧的な存在感が弱まり、ヨシュアはやっと息をつく。
伝承として伝わってるんですね
緑のルーンが念を押すように尋ねたので、五人は即座に頷いた。
でも、ねじれてるじゃん?
「ねじれて・・・いる・・・?」
そこにしびれを切らしたらしい赤いルーンが降りてきて、彼等に断言した.
そのようなものはここには有らぬ
冷徹な一言だった。
捩れた伝承、その意味に気付いてヨシュアはこの探索の徒労を知る。真実の瞳という宝は、本来この場所に存在するものではなかったのだ。ただこの場所の特異さ故に、人々の願望が伝説を作り次第に真実味を帯びてしまった。信じてしまった者には悲劇だが、よくある事である。
が、神々しい気配で最も近寄り難く、そして気難しそうであった赤のルーンの言葉には意外にも続きがあった。彼女は鋭くラティクスを見据えて、こう問うたのだ。
だが・・・そこのお前達も探し人なのだな?
「あ・・・はい」
お前達と同じ境遇の者か?
「ええ、男女二人です」
ならば私達の力でなんとでもなる。魔力が存在する場所であれば時間軸に違和感がある場所を《感じれば》いいだけなのだから
「判るんですか?!」
赤いルーンは首肯した。
ただし、もうこれ以上ここには近づくな。それが条件だ
ヨシュアを見る。肩を落としていた彼は力無く、だがはっきりと首を縦に振ってその事を承諾した。
「・・・では、お願いします。場所さえ判れば、俺達は直ぐにでもこの場を立ち去ります」
ラティクスの言葉を最後まで聞き取ってから、ルーン達は時空間の探査を開始したらしい。らしい、というのは探査と言っても軽く目を閉じただけだったからである。やがて、赤のルーンは言った。
落ち葉の降り積もる大陸・・・そこの何処かの町に違和感のある存在を感じる
「落ち葉・・・?」
「《落ち葉の降り積もる大陸》・・・ヴァン王国か!」
落葉広葉樹の大森林が広がっている為に、しばしばそれに関連した形容をされる国が一つある。シウスの声に、ラティクスもその国のことを思い出した。
でも二人じゃないじゃん。三人だよ?
「え?」
三人とは、一体どういうことなのだろう。ミリーとロニキスの他に、誰かもまた同じ様に過去の世界にやって来ているのであろうか。しかしラティクスの疑問も黄金色のルーンの関心事ではなかったらしい。『でもまぁ、そんなことはどうでもいいか』の一言で済まされてしまい、異論を挟む間も与えられずにこの場からの退去を宣告された。
用件は済んだ。もう二度と、近づくな
赤のルーンの吹雪く様な声を最後に、彼女らは空間に溶け込み消え去った。同時にラティクスの視界は色を失い、全ての感覚が失せたかと思うと次の瞬間には広大な空の下に立っていた。

外は薄暗かった。夜露の匂いから今が明け方であると知れる。乾いた大陸とはいえども、この時ばかりは程よい湿り気を帯びた風が強く吹き抜けていった。
「ここは・・・」
「どうやら、あの娘達に強制排除されたみたいね」
「イリアさん」
後ろから急に声を掛けられ、驚いて振り向いた。イリアだけでなく他の三人もそこにいる。神殿の探索、そして原住遺族ルーンとの出会いと極度に神経を磨り減らした気分がする。放心に似た疲労感の中で、ラティクスはルーンの言葉を心の中で復唱した。
「結局、ヴァン王国まで行くしかないんですね」
「・・・そうね」
ヴァン王国というと、別大陸に広がる巨大な国家だ。アストラル大陸の最西端から船が出ている筈だが、自分達がまるで見当違いの場所を探し回っていた事実を知って力が抜けないと言えば嘘になる。思わず天を仰いだ時、ラティクスの肩をシウスがばんばんと叩いた。
「でもよ、とりあえず神殿ではある程度実りがあったわけだし、いいんじゃねぇのか?」
「あたたた・・・ま、まぁ確かに。急いで進んでもこのままで魔界の軍勢に歯が立つとは限らないしな」
「そうそう。ヴァン王国の方は物凄ぇって話だぜ?」
「物凄い?」
イリアがその意味を解らずにいると、アシュレイが言いにくそうに髭を引っ張りながらも教えてくれた。
「怪物どもの強さが、じゃよ。魔物は北の地からやってくる。故にアストラルの傭兵達はヴァンや、最北の国のシルヴァラントに赴くのじゃ」
「それじゃ、艦長やミリーの命は常に物凄い危険にさらされているって事なんですか?!」
「・・・あぁ、一応はそういうことになるのう」
それから元気づける様にこう付け加える。
「だが凄いと言っても住人はアストラルよりも多い位じゃし、大袈裟に騒ぐ程のことでもないわい」
「と、言われても初心者なんですよ・・・」
「初心者?」
「あ、いえ、こちらの話です」
自分たちの置かれた状況を説明出来ないというのは色々な意味でやりにくいものだ。アシュレイのおや? という表情にイリアは内心冷や汗をかいたが、シウスの方は不審な言動には既に慣れているらしく助け船を出した。
「だったら、急ごうぜ。まぁ魔物が強かろうが、け散らすだけよ!!」
それからはたと手を打って言う。
「案外その連れってのが物凄く強くなってたりしてな」
ミリーが俺より・・・プレスを嵐の如く降らせ、ルビーロッドで敵を薙ぎ倒すミリーを想像してしまったラティクスの背を冷や汗が伝った。しかもヴァン王国の状況を考えると、あながち有り得ない事でも無い様な気がしてしまうから恐ろしい。
「なんか洒落になってないんですけど・・・」
「より一層尻に敷かれちゃう?」
「な、いや、そうじゃないですけどっ」
イリアに揶揄われて慌てるラティクスを、ミリーを知らないヨシュア以外は微笑ましく、思うのであった。それからイリアは重要な事をヨシュアに尋ねる。
「貴方はこれからどうするの?」
「僕は、妹を探し続けます。色々とありがとうございました」
意外にも彼はさばさばとしていて、こう言って四人に頭を下げた。
「皆さんもお元気で。お仲間が見つかることを祈っています」
名残惜しそうな表情が過ったが、振り払う様にヨシュアは踵を返した。そのままモザイクの道を遠ざかっていく。
残された四人の視線が咄嗟に交わされた時、彼等は自分達が全く同じ事を考えているのを直感する。短い時間とはいえ、生死を共にした間柄だ。その間五人は、確かに一つのパーティだったのだ。
「旅は道連れって言うわよね」
「仲間は多い方が楽しいよな!」
「それに心強いしのぅ」
「それなら・・・」
ラティクスは駆け出した。
「待って!」
呼び掛けに、ヨシュアは振り返った。
「一緒に行きませんか?」
「・・・私が、皆さんと?」
力強く頷いたラティクスに、ヨシュアは明らかに動揺した風だった。フェザーフォルクの冒険者ということで、今までは常に一人で行動してきた所為だろう。逡巡の後、彼は首を横に振る。
「お気持ちは嬉しいです。でも、一緒にいると貴方達に迷惑しかかけないと思いますから・・・」
彼は申し訳なさそうに一礼し、再び歩き始めた。
このまま見送るべきなのだろうか、とラティクスは迷った。しかし家を失い家族を失った人を、このまま一人で行かせてはいけないと心は叫んだ。もう貴方は俺達の仲間なのだから、と。
だから、もう一度呼び掛けた。
「ヨシュアさん、あなたの力を貸してほしいんだ!」
ゆっくりと、ヨシュアはラティクスを再び振り返った。困った様な、まだ迷っている様な・・・だが、どこかほっとした様な笑みを浮かべて戻ってくる。
「僕には・・・何度も投げ掛けられた想いを無視するような事は出来ません」
「ありがとう・・・」
「いえ、お礼を言うのは僕の方かも知れませんから。それではこれからも、宜しくお願いします」
二人の間で握手が交わされ、他の仲間達もやってきた。
「さぁて、そうと決まればさっさと出発しようぜ!」
シウスの景気いい声が出立の合図だ。
アストラル大陸の清々しい朝、一人の友を新たに加えて新しい一日が始まる。