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ところが再び道具屋に向かうと、「悪いんだが・・・」とバダムに他の冒険者を雇ったと言われてしまった。かなり急ぎの用事であったらしい。成程、スキルギルドを兼ねた店内には旅装の人物が買い物をしている。道具屋の返答にがっかりした二人だったが、その冒険者を見るとさすがに驚きを禁じえなかった。
「おう、さっきのコンビじゃねーか」
なんと先程武器屋の主人を殴り飛ばした男ではないか。こちらに手を軽く挙げるとやってきた。改めてそのがっしりとした体付きを見ていると店内が小さく感じられる。背には巨大な両手持ちの剣。冴え冴えとした銀髪とは対照的にハイランダー特有の赤の模様は炎の如く実践で鍛えぬかれた筋肉を彩って、彼がかなり腕の立つ剣士である事を証明していた。これならバダムでなくとも仕事を依頼したくなる。
「何だ先約がいたのか。だったら俺の出る幕じゃねぇだろうが、親父」
「いやぁ、頼りなかったもんでつい・・・」
道具屋と二人とを見てつまらなそうにハイランダーが言うと、だってとても弱そうなんですよ、と悪びれもなく答えが返ってくる。確かに比較的細身のラティクスと剣など扱った事も無い様なイリアをこの男と比べれば当たり前である。その上二人は武器も持っていない。だが男は言下に言い切った。
「冒険者は外見じゃねぇ」
そしてラティクスに向き直る。
「あんたらは通行証か、それとも金か?」
どちらが目当てなのかという亊だろう。
「あなたは」
「俺か?俺はどっちでもねぇんだ。単なる暇つぶし。で?」
「僕達はどうしてもポートミスへ入りたい」
男の目がすっと細められる。ラティクスを検分しているようだ。そして目の前の男に気圧されている自分をラティクスは感じた。目を逸らしたくなったが、どうしても先に進まねばならない。だからじっと耐えて瞳に力を入れる。このハイランダー、ただ者ではないと勘が告げていた。
先に目を逸らしたのは男の方であった。
「親父、すまんが俺は降りる。こいつらに仕事はやってくれ」
「おいおい、そりゃあ困るよ」
「何でだ?こいつらにやってもらえばいいじゃないか」
「そんなこと言ったってこっちも確実に運んでもらいたいんだよ」
バダムは困った様にカウンターをコツコツと指で叩いた。金を払って人を雇う以上、それなりの仕事をしてもらわなければならない。彼にも冒険者を選ぶ権利はあるのだ。
「要するに武器があれば文句ねぇんだろ。俺がこいつらに貸すってんでどうだ?」
これにはラティクス達も驚く。そんな彼等に男は気付きもせず、これならいいだろう、とバダムを見る。
「いや・・・でもねぇ・・・」
「あんたは心配性なんだよ、ったく。いいじゃねーかそれで」
「うーん・・・」
「わかった、それじゃあこうしよう」
結局それでも心配そうな道具屋の主人に、男は自分と一緒に、つまりラティクス達と三人で仕事を請け負う方向で話をまとめてしまったのであった。
バダムはまだぶつぶつ言っている。
「礼金は変わらないってのに、あんたも強情な人だねえ・・・ま、いいだろう。それじゃあ三人とも明日また来てくれ、通行証を渡すから。で、これが宿代の二〇〇フォルだ。言っとくが仕事の往復分も入ってるからな」
「わかった」
随分変わった人だな、とラティクスはこのハイランダーを見たが、無論この話の成り行きは有難い。外見からは想像もつかなかったが、彼はかなり人がいいらしい。
「俺はシウス=ウォーレン、よろしくな」
豪快に剣を抜き放ちそう名乗った剣士、シウスは圧倒されている二人を不思議そうに見た。握っているのは重厚なトゥハンドソードだ。長い刀身は白く輝く残像を残し、二人の鼻先を掠めて行った。確かにかなり印象的な自己紹介ではある。
「どうした?」
「あ・・・いや。僕はラティクス=ファーレンス、ラティと呼んで下さい」
一体どんな人なんだろう、これから先上手くやっていけるのだろうかと一抹の不安を覚えながらラティクスは控えめに自己紹介した。シウスは大きく片手を振った。意外に人懐っこい笑顔が浮かぶ。
「おっと、堅苦しいのはやめてくれ。俺はシウスでいい」
「それじゃあラティと呼んでくれ、かな?」
その笑顔に少し自分のペースを取り戻して言い直すとシウスは剣を収めながら首で肯定する。
「そっちの姐さんは?」
少々委縮していたラティクスに比べてイリアは実に落ち着いたものである。にこりと笑みを返してすっと片手を差し出した。
「私はイリア=シルベストリ、呼び捨てでいいわ。よろしくね、シウス」
シウスと軽く握手する。
「こっちこそ。・・・さて、それで武器なんだが、宿屋に置いてあるから取りに来てくれ。まぁ予備だからな、大したもんはねえが・・・本当は自分で選んだほうがいいんだぜ。財布でも落としたのか?」
「武器は事情があって使えなくなったんだ。ここの武器屋はシウスがぶっ飛ばしたんだよ、さっき。あの時俺が欲しかったのは名剣でもなんでもなくて、とりあえず敵を攻撃できる物だったの!」
憮然として言い返してから、ラティクスはごく自然にこの新しい同伴者と口をきいている亊に内心驚いた。まるで長年の友人の様だ。そんなことには勿論気付かず、シウスは目を丸くした。
「そいつは悪いことしたなあ。俺ぁてっきり・・・」
「ま、別に何とも思っちゃないけどさ」
「こりゃあヘタなもん貸せないな。んで、ラティ、お前の流派は何だ?」
シウスが本題に入った。
「確か、エダール剣技だったと思う。正統じゃないけど」
「つーことは、普通のロングソードで構わないな。イリアは?」
彼女は自分がその話題に巻き込まれるとは思ってもいなかったらしく、え、私も?と困った様にラティクスを見、彼が頷くと口に手を当てて考え込んだ。
「私そういうのはちょっと・・・あえて言えば護身用に習った格闘術だけど・・・流派ってよく解らない」
「ナックルは使えるのか?」
「ナックル。・・・使える・・・わね」
剣術や格闘術には流派というものがある。それは国や、或いは種族によって違うものが存在するのだが、この流派によって扱う武器はかなり違ってくる。例えばシウスが両手持ちの剣を使うのに対しラティクスのエダール剣技は片手用の剣を用いる。両手持ちの剣は長く、重く、破壊力は高いが通常の盾は装備できず、一度攻撃してから次の行動に出るまでにどうしても時間がかかる。当然そうした特性の長所を最大限に生かした戦い方になる訳だ。片手用の剣は攻撃力が多少落ちる代わりに小回りが利き、また盾装備を生かした立ち回りとなる。だから他流派の武器は確実に使用者の戦闘能力を低下させるのだ。他にも飛翔剣と呼ばれる二本以上の短剣を自在に操る流派、そして格闘術の流派を数えるとそれに使用される武器はかなりの数に上るだろう。シウスは自分の持つ武器が流派に合っているかどうか、確認したのであった。
ちなみにラティクスの使うエダール剣技は山岳の要塞国家、当時世界最強と謳われた騎士団を擁すアストラル王国を発祥の地としているが、これを彼の父親が改良、発展させたものを体得している。
「シウスは何を使うんだ?」
「俺のは完璧な我流なんだ。ま、武器の方は心配ねえ様だな。ポートミスまで急いでも四、五日はかかるから色々用意しといた方がいい。・・・違ったら謝るが二人とも旅は初めてなんじゃないのか?」
「ええ。よく判ったわね」
「そりゃあな。スキルも揃えてねえんだろ」
「スキル?」
不思議そうに聞き返すイリアに、シウスは呆れたらしく天井を仰いだ。
「今時スキルも知らねぇのか?!一体どんな生活してきたんだ?」
「さあ・・・世間知らずとはよく言われるけれど」
イリアはぬけぬけとそう切り返す。「ひょっとしたら御教授願えます?」
「・・・・・・ま、冒険者相手ににあれこれ詮索は無しだ。仕方ねえ。このシウス様が一から教えてやるからちゃんと聞いとけよ!」
粗野な口調とは裏腹にシウスはかなりまめな性格である。あるいは武器屋をノックアウトしたことに多少は後ろめたさを持っていたのだろうか。
奥のスキルギルドのカウンターに歩いて行きながらシウスはスキルの説明を始めた。その大半はラティクスも以前どこかで耳にしたことのあるものである。しかし、ラティクス自身はスキルを持っていなかった。
スキル、とはつまり技能書の事である。
魔王の影響により凶悪な魔物の横行する世の中、ただ町と町との間を行き来するだけでも常に危険が伴った。まして冒険者や魔物退治を生業としている傭兵達も多数存在するのだ。彼等は常に死と隣り合わせにある。そうした人々を支援する為に、今までは特定の師について習うものであった特殊技能(例えば危険感知等)や戦闘そのものを有利にする為の技術を、三〇年程前に勃発した魔界大戦以降より、技能書、広く呼称されるところの『スキル』として広く誰もが自由に購入出来るようにしたものが、いわゆるスキルギルドである。ギルド(組合)の名の通り、スキルギルドは世界各地にあって、地域毎に様々なスキルを販売している。また、スキルは日常生活に役立つものも多く今では旅とは無縁な者が購入するのも一般的な事だ。我々の世界における通信講座がそれに近いものではないだろうか。
そしてシウスは説明しなかったが実際、このスキルギルドは本来の目的以上の役割を果たしていた。文化発展の基盤造りである。ある程度の金さえ払えば誰もが学ぶことの出来るシステムは人々の知的水準を大幅に向上させ、勉学の機会を得た者の中には思わぬ才能を開花させた者も多い。又、広いネットワークが作られることによって、知識・技術が一ケ所に集中することも少なくなり、社会全体がその恩恵を受けられる様になったわけである。このシステムがローク文化の発展に大きく貢献していただろうことはまず間違いのないことだ。
こうしたスキルは知識、感覚、技術、戦闘関連スキルと大別されて、大抵幾つかまとめて売られている。この辺りは比較的安全な地域の為、店にはそれほどスキルが置かれていなかった。注文すれば買えるらしいが、時間がかかるという。そこで旅には最も基本的な薬草学、鉱物学等のスキルを二人の為に買い込んで、シウスは町ごとにスキルギルドは必ず覗いた方がいいと忠告した。
「さて・・・まだ日は高いがどうするかな?何にもない町だし、宿に戻るか?」
「武器も見せてもらってないしな」
「じゃ、戻るか。よっし、宿代も出たことだし、今夜は飲みまくろうぜ!」
「それ、乗った!」
考えてみれば、シウスは酒に強そうな気がする。
酒飲みが増えたかもしれない、とラティクスはこめかみを押さえた。
「イリアさん、そんなに嬉しがらないで下さいよ・・・」
無論、その呟きは上機嫌で道を行く二人には聞こえていないのであった。