SO Script ACT・3


時空の門のその先に

「んなもんいるか、ふざけんなっ!!」
怒声が聞こえる。さして大きな町ではないにしても活気づいているという証拠なのだろう。実際、クラートとは打って変わりホットの人通りは多かった。
「何かしら、今の?」
女性としては背の低い方でないイリアが背伸びをすると、粗野な男が足音高く歩いて行くのが目に入った。余程怒っているらしい。一方、やりあっていた出店の主人もかなり機嫌を損ねており、商品に八つ当たりをしている。要するにどう扱っても問題ない程度の商品なのだろう、と見て取ってラティクスは彼女に応じた。
「多分、商談でもこじれたんじゃないかな?それよりそろそろ暗くなりますし、宿をとりましょう」
そして宿屋の看板を指差しながら彼は財布の中身を確かめる。フォル硬貨がチリンと澄んだ音を立てた。 実際、イリアのイヤリングはかなり良い値で売れた。地金の精錬技術がロークのものよりも格段に良かったせいだろう。クラートで一通りの旅支度を終えた今でも多少の余裕はある。ラティクスは改めて彼女に感謝した。

「この辺りじゃ旅人や冒険者ってのは多いからねえ。メトークス山に古代の遺跡があるってんで来るんだよ。お客さん知らないのかい?」
「遺跡ですか」
「ま、見つかったって話は聞かないけど。・・・さっきの話だけど、今日だろ?うちにそんな二人組なんて来てないし、無責任なことは言えないけどいないと思うよ。お客さん達、クラートから来たっていうけれど、ポートミスには行ったのかい?・・・え、まだ。あすこはムーアの城下町だ、きっとみつかるさ。あてが無いんだったら港からアストラルの方に渡ってもいいし」
ムーア王国の日は長いが、その太陽もすっかり落ちて往来は静まってきていた。代わりに宿が騒がしくなる。酒の入った客が大声で喚き、仲間内の話に花が咲いた。あちこちから注文を叫ぶ声があがって給仕は慌ただしくテーブルの間を巡る。
そうした喧騒を避ける様にしてにカウンターで食事を取っていた二人は、話好きの女将に何故か気に入られていた。肉料理をつつきながらラティクスはカウンター越しに気風の良さそうな女性を見上げる。
「すいません女将さん、色々教えて貰って。ポートミスの方へ行ってみることにします」
「いいんだよ。あぁ、だけどあの町に入るのは確か通行証がいるねえ。お城があるから」
「え、通行証がないと通れないんですか?」
「そうそう。ほら最近魔物が人に化けるって言うでしょう、だから。ったくアスモデウスとかいう魔王もいい迷惑だよ。ポートミスの出入りが厳しくなければここにも人がもっとくるんだから」
何の前触れもなく出てきた魔王の名に、イリアとラティクスは目を見合わせる。確かにここは魔王の棲む世界なのだ、と当たり前のことが実感された。
「その通行証って、どこでもらえるかわかりますか」
「町長に頼んで発行してもらうんだ。ただ時間もお金もかかるのが問題で・・・あ、そだ。バダムさんとこの道具屋で冒険者を探してたから行ってみるといい。確かポートミスの仕事だって言ってたから」
やってみる気があるんだったら頼んであげてもいいよ、との言葉にラティクスは身を乗り出す。
「そこまでしてもらっていいんですか?」
「ああ、構いやしないよ。バダムさんとこはよく知ってるの」
世話のやきたがりは昔っからだから。女将はそう言って笑った。
話の礼にと酒を注文したイリアが、一口飲んであら美味しい、と感嘆する。
「船中八策、こないだ入れたんだ。うちのとっときだよ」
「辛口のお酒って好みなのよねぇ。ラティ、あなたもどう?」
「あ、いや、俺は遠慮しときます」
「美味しいのに・・・」
「イリアさん、ひょっとして酒に目がないとかいいます?」
「さぁ、どうかしら」
「何かこわいなあ」
女将はますます忙しくなってきた食堂を切り盛りする為、慌ただしく厨房へと姿を消した。
イリアは一人で船中を全て空けてしまうつもりらしい。時折ラティも飲めばいいのに、とは言いながらもその気はさらさら無い様である。
「明日は一応聞き込みをして、それからその道具屋に行ってみますか。・・・いい加減飲むのやめた方がいいですよ、明日に響くから」
「でも余ったら勿体無いわ。ラティ、飲んでくれる?」
「・・・解りました、貸して下さい」
彼女があまりに楽し気に酒を杯になみなみと注いではい、と何かを期待して渡すのでラティクスはそれを一気に空けた。
「結構いける口じゃない、ラティ」
「あんまり飲むと次の日にくるんですよぉ。何させるんですか」
「私は何も言ってないわよ?でもノリのいい人って大好き〜・・・あの人ももう少し気が利くといいんだけれど」
「何か言いました?」
「いいえ、何も。さ、もう一杯どうぞ」
イリアは瓶の残りを全部注いでとん、と彼の目の前に置き、にっこりと笑った。

「女将の紹介って言ってもねえ・・・せめて武器くらい持っててくれないと」
翌日、数時間の聞き込みを行った後にバダムの道具屋を訪れたラティクス達は、武器も持っていない冒険者に安心して任せることは出来ないと断わられ、仕方無しに市場へ出向くことにした。
道具屋の依頼した仕事の内容はポートミスの武器屋から、とある品物を取って来て欲しいというものだったが、途中には街道以上に魔物の出没するメトークス山が立ちはだかっている。その為に冒険者を雇うのであるから武器くらい・・・という主人の言い分ももっともなことであった。
「確かにこれから先、剣くらいないと不安ですよね」
「えぇ・・・フェイザーがあれば大抵のものは何とかなるんだけど、タイムゲートを通る時に全部置いてきちゃったからな」
「フェイザー?」
「フェイザー、私達が普段よく使う武器よ。あぁ、でもカルナスに侵入したあれにはきかなかったらしいわね」
フェルウォーム・・・あの生物体の分析結果はもう出たのかしら?と呟いてイリアは苦笑した。そんなもの、もう一生見られないのかもしれないのに。
町の入り口の近くに店を構える武器屋で物色する。品揃えが豊富とはお世辞にも言えないが、この辺りの魔物は大して強くはないと聞いていたので当面はしのげるだろう。とはいえ、ラティクスの目に適うものは無かった。
「何かよさそうなのあった?こういうのって判らないのよね」
「ろくなのが無いですよ。あまり手入れされてないし、これなんてここがほら、少し錆びてる」
店先にいたイリアが隣に立った。珍しそうに商品を眺めている。彼女にとってこんな風景は見たことも無いものだったのだろう。時折声をあげてはラティクスに意見を求める。
「イリアさんは何か買わないんですか?」
「剣なんて見たことも無いもの。第一重くて持てないわ。・・・その剣なんてどう?他のよりしっかりしてそうじゃない」
「そうですねえ・・・」
「やあ、お客さん目が高い。そいつは東方随一の鍛冶師の作だ。いっちゃあなんだが掘り出し物だよ。今なら半額のたった二〇フォルだ」
ラティクスが柄に何か意匠らしきものが彫り込んである剣を手に取ってしげしげと見ていると、店の奥から主人が出て来てしきりに商品の広告を始めた。掘り出し物かどうかはこの際どうでもよかったのだが、そこそこには使えそうな剣だし、第一主人がうるさく喋るのでラティクスはいい加減うんざりしてくる。イリアも同感の様だ、彼女はそっと囁いた。
「それ位しかマシなのがないんでしょう、買ったら?ラティ」
「・・・そうですね。それじゃ、これ下さい」
「毎度!」
ところがラティクスが金を払おうとしたその時、誰かがいきなり彼と主人との間に割り込んで来た。
「ちょっと待てよ、今度は何も知らないトーシロに売り付けようってのか?!」
雷が鳴ったかの様な怒声。
突き飛ばされた形になってよろめいたラティクスが見ると、いや、見上げると大きな剣があった。無造作に背に括り付けられいるそれは、その男が傭兵か何かである事を物語っている。全身に見事に浮き上がる赤い模様。ハイランダー、そんな単語が閃いた。その名の通り外界から隔絶された高地に住まう種族である。特徴は全身に浮かび上がる真っ赤な模様。
イリアがびっくりした顔で男の方を向きながら、ラティクスを支えた。
「大丈夫?・・・あの人・・・昨日ここの主人とやり合ってた人よ」
武器屋は思いっ切り嫌そうな顔をしている。
「またお前か。商売の邪魔だ!」
「うっるせい!!」
バキッ!
そうとしか形容の出来ない音を立てて有無を言わさず主人を殴り飛ばした。主人の体は三メートルばかり吹っ飛んで壁に叩き付けられる。見事なストレートだ。
相手が伸びてしまったのを見ると男はくるっとラティクスの方に向いた。思わず身構えてしまった二人に男は剣を指してみせる。東方随一の名剣とやらだ。
「お前も冒険者なんだろ?こんなもん紛い物に決まってんじゃねーか!東方の名剣っていやあもっとこう・・・」
だが、威勢良く話し始めた割には具体的な形容を思い付かなかったらしく、男は二人の視線を避ける様に主人を蹴っ飛ばして名剣に関する話を打ち切った。
「まあ、とにかくそういう事だ。こんな腐った武器屋に舐められてんじゃねーぞ。じゃあな」
もう一度武器屋の主人を睨んで男がさっさと出て行ってしまうと、急に静けさが戻った。イリアが茫然とそれを見送って首を振った。
「豪快な人ね・・・・・・何しに来たのかしら・・・」
「とにかくって言われてもなあ・・・何しに来たのかは僕にもよく解りませんけど。それより、別に紛い物でもよかったんだけどな、他のよりは使えそうだったし」
ラティクスはそうぼやくと頭を掻く。
「そうね。でもこれじゃあ・・・売ってもらうのは無理そうよ」
床に伸びている主人は確かに、気付くのに時間がかかりそうに思われた。
「仕方がないからバダムさんの所で信用できる武器屋を紹介してもらいましょうか」