SO Script ACT・3


時空の門のその先に

悲しみは、時が薄めてくれるもの。希望という要因があればその効果は尚更だ。
ワープ航行を始めてから数日後。
やっと艦外に星の光が戻った時、今や艦橋の名物コンビとなった二人はやはりスクリーンの前に陣取っていた。
「そんなに外が気に入ったのか?」
「はい、とても」
ゆっくりと休んで疲れを取ったラティクスとミリーは、少しずつだが元気を取り戻してきていた。ロニキスが艦長席の方からやって来てスクリーンの一点を差し示す。
「これから我々は周回軌道に入り地球に向かう。あと二時間もすれば向こうに青い惑星が見えてくる筈だ」
針の先程の星々の中で、一際大きく見える恒星が黄金色に輝いているのが見える。この太陽の下に地球があるのだ。
空間のずっと先まで見通そうと目を凝らしていたラティクスは、ふとその中に違和感を覚えた。星ではない何かがある。ラティクスが凝視しているとミリーもそれに気付いた様だった。
「何、あれは?」
「判らないけど、近づいてくるみたいだな」
同意を求めて彼は視線をさまよわせたが、乗組員達は全く気付いていないらしい。ローク人の反応にようやくイリアがその方向を見たのだが、何処に?と首を傾げるばかり。しかしそうこうする内に、向こう側からそれは姿を表わした。
闇にちりばめられた星々は一瞬大きく歪み、滲み出るかのごとく隠されていた物体の輪郭が、色が、質感を伴って具現する。少なくとも地球人の目にはそう見えた筈だ。
そこにあったのはカルナス級の戦艦だった。
あまりに突然の出来事に艦橋全体を動揺が走る。
「何だ?いきなり現われたぞ!」
「空間転移ではありません。事前に重力振は発見出来ませんでした!」
ロニキスの声に、前の方からパネルをはじきながら男の科学士官が叫び返してくる。にわかに騒がしくなった。
「だから何か来るって・・・」
その何かが何なのかをもっと早く教えてくれれば!イリアはそう思いかけてローク人達がカルナスを含め、航宙艦の外観を知らないことに気付いて首を振った。
「そういえば、ラティ達は見えていたのね・・・まさか、不可視物質!?」
彼女とロニキスは顔を見合わせる。
その推測が正しければ、目の前の艦は現在交戦中のレゾニアのものという事だ。奇襲だとすると、この至近距離では防ぎようがない。シールドを、そう命令を出そうとしたロニキスだったが通信士官の声に遮られた。
「艦長!未確認航宙艦から通信が入っています!」
「聞かせろ!」
通信士官は直ぐに命令を実行した。艦橋に無表情な声が流れ出す。最悪の事態を予想して顔を強張らせた彼だったが、その内容は実に意外なものだった。
『我々はレゾニアより使節として訪れた。我々に戦闘の意思は無い。繰り返す。我々はレゾニアより使節として訪れた。我々に戦闘の意思は無い。艦長との通信を希望する・・・』
「使節、だって・・・?」
どういった反応をすればいいのか解らずに、彼は、この艦の最高責任者は怪訝そうな表情のまま立ち尽くした。

レゾニアからの極秘使節であるという者達は厳重な警戒の下、カルナス艦と共に地球連邦本部に迎え入れられた。本部では極秘裏に会合の席が設けられ、今回の事態に関わりの深いと判断されたロニキス、イリアそしてラティクスとミリーの同席も許されたのだった。
会議室の正面の壁には高々と地球連邦の紋章が掲げられ、その母星たる地球の立体映像が鮮やかに投影されている。
この会合で、レゾニア側は地球との休戦協定を申し入れてきた。
密使達は語った、今回の地球との戦いはレゾニアの本意ではなかったのだと。それは、連邦でも噂となっていた謎の第三勢力の存在を証明するものであった。彼等の話を信じるならば『第三勢力』は高度な文明を有しているらしく、レゾニアを脅迫してきたのだという。その力の誇示は半年前の惑星イセ爆破という形によって行われ、レゾニアは従わざるを得なかった。地球へ牙を剥く・・・その目的は不明であったがウィルスや新素材───不可視物質───の技術を提供したのも第三勢力であったらしい。
レゾニアはこの休戦協定と同時に、第三勢力に対抗する為の助力を地球連邦に要請してきた。元々がレゾニアは地球連邦の傘下に入っておらず、どちらかといえばお互いがお互いを敵対視してきた間柄であったのだが、レゾニアはこの『第三勢力』には余程悩まされているらしい。多少のプライドをかなぐり捨てて密使を送り込んでくるところから、それはありありとうかがうことが出来る。恐らく連邦はこの申し出を受けることだろう。レゾニアと親密な関係を結ぶきっかけとなる機会を逃す筈がない。
そして先方の話を聞き終え、発言を許されるとロニキスは地球側の要求を切り出した。
「惑星ロークに投下した細菌兵器・・・つまり例のウィルスの宿主をこちらに引き渡して貰いたいのだが」
これこそがラティクスとミリーにとって最も大切な事だった。しかし、レゾニア人達は首を振った。
「それは無理です。そちらに引き渡したデータにもありますが、もうこの世にはワクチンも宿主も存在しないのです。ですから、惑星ロークは残念ですが・・・」
「そんな・・・!」
望みが断たれ、愕然としたラティクスは思わず机に拳を叩き付けた。休戦だろうがなんだろうが、そんなことは彼には関係ないのだ。大切なことはただの一つだけ。それが・・・。力を込めた筈なのに痛みは感じなかった。レゾニア人が更に何か言っているが混乱した頭ではよく解らない。
「一応ウィルスの出所は・・・はい、判ってはいますが・・・のもので・・・ですから今となっては何の役にも立ちませんし・・・もうどうしようも・・・」
(畜生・・・何も、何も出来ないってのかよ、俺は!)

「皆を助けにここまで来たのに・・・」
「私達、一体これからどうすればいいんですか?」
連邦本部内の喫茶店は昼時を外れていたので人も少なく、ウェイトレスは直ぐに注文されたものを運んで来た。外を忙しげに人々が通り過ぎて行くが、ざわめきは完全に遮断されていて静かである。
「まさか、ウィルスを三〇〇年前のロークから入手していたなんて・・・」
ラティクスの向かいに座ったイリアが信じられないといった面持ちでカップを取り上げ、溜め息をつく。
嫌な仕事。結局私達は先進惑星の驕りでローク人に希望を持たせた揚げ句、それを踏みにじろうとしている。彼等は私達を恨むかしら?
(当たり前よね・・・)
でも彼女は宣告しなければならないのだ。それは義務でもある。
「これではワクチンの生成は不可能・・・連邦は惑星ロークの救済作業から手を引くことを正式に決定したわ。貴方達には、私からは謝る事しか出来ない」
会合の途中から、救済打ち切りの話は連邦側の提督が洩していた。ラティクスはそれに激怒し、詰め寄ったのであったが無理なものは無理、という事か。今は既に冷静になっているラティクスにも、考えてみればどうしようもない事は解るだろう。宿主はとうに失われてしまっていたのだ。
「ごめんなさい。・・・多分、これからの貴方達の身柄は保護プログラムによって保障されると思うわ。それで、」
「不可能ではないな」
話し続けるイリアを遮り、思いがけず絶望的な状況に助け船を出したのはロニキスだった。含みのある表情でイリアを見て、ひょいと片眉を上げる。
「ただ極端に可能性が低いだけ、だろ?」
「え・・・?」
イリアは一瞬きょとん、としたが、直ぐに合点がいった様であった。途端に顔色が変わり表情が厳しくなる。
「まさか・・・惑星ストリーム!?何を言い出すかと思ったら、それは無茶です!!」
「艦に乗るのは私が何とかしよう」
ロニキスの言葉にイリアは慌てて周りを見回し、声をひそめる。
「艦長、御自分が何を言っているのか解ってるんですか?あれを使った例は未だないんです。調査も不完全ですし、第一連邦から立ち入り禁止区域に指定されているんですよ!!」
「使用例が無いといっても使い方は簡単なのだろう?君だっていい調査資料がとれるじゃないか」
「しかし・・・」
「何か方法があるんですか もし少しでも可能性があるんだったら、お願いします 」
イリアは尚も抗議の声を上げていたが、まだ何か手があるのかと懇願するラティクスを見て黙り込んだ。
その最後の抵抗とも言える訴えかける様な視線をあえて無視し、ロニキスがのんびりとコーヒーを啜る。
「決まりだな」