SO Script ACT・2


聖域からの訪問者

「艦長、この生物です」
転送室はかつて経験した事の無い事態に緊迫した空気に包まれていた。《未確認生命体》を取り囲んでいた士官の一人がたった今入ってきた艦長に報告する。そこに蠢いている物体に彼は困惑した。
「何だ・・・これは?」
「解りません。少なくとも登録されている生物では・・・フェイザーも効きません」
「そんな馬鹿な事があるのか?」
それは今は特に何をするわけではなく、ただ無意味な動きを繰り返しているのでとりあえず被害は出ていない様であるが、その時一足遅れてラティクスが駆けこみ《未確認生命体》を目にして叫んだ。
「フェルウォームだ!・・・やっぱりメトークス山で卵がついていたんだ」
「ついてきた?じゃあ、これはロークの生物なのね。でもラティ達についてきたのなら何故乗艦時にセンサーに反応しなかったのでしょう、艦長?」
意見を求められて彼は首を振る。全く宇宙とは広いものだ、常識が簡単に覆されてしまう。
「解らん。今はこいつらを片付けるのが先決だ。しかし、フェイザーが効かないとなると・・・」
何を使うか・・・別の士官と相談を始めたロニキスに、正体を知っているラティクスはとん、と長剣の鞘を叩いて笑った。
「僕達に任せてください。戦った事ありますから」

フェルウォームは孵化したばかりだということもあって、止めをさすのは簡単なことだった。
ロニキスには剣で相手を仕留めるという行為が物珍しく思えたが、今目の前にいるローク人はいともやすやすとそれをやってのける。思わず、声が出た。
「大丈夫か?」
「えぇ、これで全部でしょうか」
「そうみたいね・・・!危ないっ!」
イリアの警告も間に合わず、物陰から生き残っていた虫が転がりだしラティクスの背後から襲い掛かった。振り返りかけたその腕を鋭い爪がえぐり、大きく青緑色の血飛沫が上がる。
「っ痛ぅっ!」
痛みに顔を歪めながらも落ち着いて体勢を整えるとラティクスは剣の一振りで虫を切り捨てる。
ミリーが慌てて回復呪紋をかけようと駆けよったのだが。
「消えた・・・」
「え?」
ロニキスが信じられないといった顔で床を指す。しかしそこにはフェルウォームの死骸が微かな痙攣を繰り返しているばかりだ。何がこの地球人を驚かせているのか、ラティクスには解らない。
「君が襲われた時、その生物が突然消えたんだ。今、死骸も見えない・・・」
「え、いますよ、ここに」
「何?」
転送室の中にどよめきが走った。少なくともこの場にいる地球人達───ロニキス、自分、そして数人の保安部員達───にはフェルウォームの死骸が見えていない事を確認して、イリアはふと、ある可能性を思い付く。
「そう、君達には見えるのね・・・私達には君の血がかかった途端に見えなくなったわ」
彼女はメディカルセンターへ行きましょう、とラティクス達に声を掛け、一刻も早く自らの仮説を証明する為に逸る気持ちを押さえきれなかったのだろう、足早に転送室を後にしてしまった。
「どうしたんでしょう?」
「イリアの事だ、何か思い当たる節でもあったのだろう。我々も行った方がよさそうだ・・・ティン大尉、ここの後始末を頼む。フェル・・・フェルウォームの死骸は厳重に保管しておくように」
「解りました、艦長」

「ドクター、ローク人の体の組成で、地球人やその他の惑星の人間型生物と異なる所はありませんか?」
「そうですねえ、内臓、筋肉、神経等の基本システムは地球人と殆ど変わりませんが、一つだけ大きく異なる所が有ります」
「血ね?」
「はい。血液の組成があらゆる面で地球人と大きく異なります。色々ありますが、解り易い所では酸素を運ぶヘモグロビンもローク人は銅を基本に作られています」
ドクターの答えに、この科学士官は宙を凝視したまま考えを巡らせていた。
こうなってしまったら彼女には何も聞こえない。ロニキスは一度ドクターと顔を見合わせ、少し待ってから声を掛ける。
「イリア、何が言いたいんだ?」
彼女はようやく我に返って三人に向き直った。
「あくまで可能性に過ぎませんが、ローク人を石にする事により何か得られるのではないかと。そう考えればレゾニアが生物兵器をロークに落とした理由が説明出来ますし」
「何か・・・か」
「ええ、例えば未知の物質とか」
「・・・兵器?」
「可能性は有ります。レーダーに映らない不可視の物質・・・使いでがありますよ?」
イリアはピッと人指し指を立ててロニキスを見る。
「じゃあ」
ミリーが二人の話を遮った。
「じゃあ、武器を造る為に私達を殺しているんですか?」
「まだそうと決まった訳ではないわ。あくまでも推論よ」
イリアはそう否定したが。コロシテイル・・・確かに彼女の推論が正しくなかったとしてもレゾニアが行っているのは紛れもない大量殺人だ。『コロシテイル』───その言葉は余りに生々しく響いた。
「・・・でも、それなら納得がいきますよ」
怒りの入り交じったラティクスの声は低い。
「そう結論を急ぐな、ラティ。もしそうならばロークから石像の幾らかが消えている筈だ。探査してみよう、私は艦橋に行く」
「それじゃ、ドクター、この血液が石化することによって出来る物質から作られる物で、兵器になりそうな物をシミュレートしてみて下さい」
「博士、組み合わせは何万通りですよ?どれだけかかるか」
「やるしかないんです。でも、特に不可視物質に注意してみれば、かなり絞り込めると」
「・・・解りました。できる限りやってみます」
途方もない作業に悲鳴を上げる医師だったが、それでもコンピューターは忙し気に動き始めた。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ずっと続くと思っていたありきたりの日常の、突然の終わり。あれほどまでに待ち望んでいた退屈からの脱却が、こんなに苦しい事だったなんて思いもしなかった。
「俺が、今の日常が退屈だなんて思ったからこうなったんだ・・・」
「何言ってるの?関係ある訳無いでしょ?」
横たわったまま浅い呼吸を続けるドーンをケース越しに見守りながら、でも・・・と沈み込むラティクスにミリーは努めて明るく慰めたがその笑いも直ぐに消える。
「それより、私にもっと力があれば・・・」
法術医の娘として、彼女の心は己の無力さを残酷な程に感じている。
「二人とも、艦長が来て欲しいそうだ」
ドクターの言葉は、やるせない二人の沈黙を破って少しだけほっとさせた。

「じゃあ、やっぱり」
ラティクス達は艦橋で探査結果を知らされた。やはりロークから二〇〇〇万人程の人口が消えているらしい。
「まだ兵器と決まった訳ではないわ。でも我々に見つからない様にどうやって持って行ったのかしら?」
「確かに疑問点は幾つかあるが、これではっきりした。持ち出した石像を何らかの目的に使おうとしているのは間違い無い」
生物資源の搾取。ディスプレイの表示している結果に厳しい目を向けながら、ロニキスは苦々しく付け加えた。
「奴等が平和利用するとはとても思えんがな」
「艦長、不謹慎です。ラティ達が余計に心配するじゃないですか!」
「・・・すまん。ところで、我々は地球に向かう事になった。外交官を通して何とかレゾニアに宿主生物を引き渡して貰うつもりだ。まぁ、条約を大義名分としても交渉が難航するのは目に見えているが。君達にも一緒に報告をして貰いたいので同行して欲しい」
「僕たちが、その・・・『地球』に行くんですか?」
「そうだ」
「あの」 
ミリーが何か言おうとした瞬間、唐突にドクターからの通信が入った。
『艦長、ドーン君の容態が急変しました。直ぐにメディカルセンターの方へ!』

「重要な器官が石化し始めました。危篤状態です。一応、彼にも事情は説明してありますが・・・」
一同は再びメディカルセンターに集い、そう医師の宣告を受けた。ドーンは僅かに目を開いていて意識は在る様だ。先程まで浅くても安定していた呼吸が荒くなり、苦しそうな表情をしている。
「ドーン、大丈夫?」
泣きそうなミリーに微かに頷き、ドーンはひび割れた唇から掠れ声を振り絞った。
「・・・艦長・・・お、お願いがあります・・・」
「何だね?」
「せめて、最期は家で・・・」
ケース越しにロニキスは優しく答える。
「最期だなんて・・・君は少しの間、眠るだけだよ」
「解っています・・・でも血清が手に入らなかったら・・・」
「・・・・・・」
「お願いします」
暫くの無言のやり取りの後、ついにロニキスが折れた。ドクター、転送の準備を、と。
この病気が治るという保証は無い。そして治らないという可能性も否めないのだということを、ラティクスは感じ取った。それと同時に彼は叫んでいた。
「俺達もドーンと一緒に行かせて下さい!」
「君達は・・・」
「必ず戻って来ますから!お願いします!」
「・・・解った。その代わりにイリアを付き添わせるぞ」
ロニキスは仕方が無い、と溜め息をついた。

寸分の狂いも無く、というロニキスの指示通りドーンはきちんと自分のベッドの中に転送された。久しぶりに見る様な気がする我が家の天井を見て、ドーンはほっとした顔をする。
「実は、最期に渡したい物があったんだ」
「何言ってるの、少しの間、眠るだけよ・・・」
ミリーの慰めに微笑いつつ、もう殆ど動かない首を必死に向けてドーンは言う。
「そこの棚の上にあるオルゴールを取ってくれ、ラティ」
「あぁ・・・これか?」
「そうだ。それを、ミリーにやるよ」
ミリーは驚いた顔をする。
「これは妹さんの・・・。私、貰えない」
「貰ってくれ」
ドーンは掠れ声で更に繰り返す。小さな木彫りのオルゴールは何時捲かれた物なのだろうか。少女の手の中で小さなメロディを奏でた。
「それは、妹に、俺 が・・・」
イリアが顔を背ける。オルゴールが次第にぎこちなくなり、ついには止まるのと同じ様に、話し終えることの出来ないままドーンは冷たくなった。ふっと、唐突に彼の気配が消失する。ミリーは信じられないといった顔をし、ついでゆっくりと首を左右に振った。
「ドーン!ドーンッ!!目を開けてよぉ・・・ドーン・・・」
彼女は泣き崩れ、ラティクスも目の奥から込み上げてくるものを必死で抑えてドーンの枕元に立った。
「大丈夫、必ず俺が助けてやる」
こういう時、どんな顔をすればいいのだろう。
とてもまともにこの光景を見ていることが出来ず、床に視線を落としてイリアは自らの呼吸を整えようと努力する。中々いつものペースに戻らない。ミリーの悲鳴に近い泣き声が耳について、彼女にまでその哀しみが伝染してしまいそうだったが、今、彼女は冷静でいなければならない者だった。
「・・・辛いと思うけれど、行きましょう。彼を助ける為に」
「イリアさん・・・はい。行こう、ミリー」
ラティクスの呼びかけにミリーは頷きつつも泣きじゃくり続ける。そのまま再び光の柱が降りてきて三人を連れ去った。
だからミリーは気付かなかったが、部屋に一つ残された灰色のドーンの顔は、微かに笑っていた。

「セクターアルファのポイント〇〇一、マーク二六九、ワープ六で発進します」
カルナス艦がローク宙域を離れる直前、二人は艦橋でこれからの事についての説明を受け終えた所だった。この一日余りがまるで何年にも思えて、随分と久しぶりに肩の力を抜いたラティクスの目に飛び込んで来たもの・・・それはスクリーン越しの広大な宇宙空間であった。
星々は近い様で遠く、遠い様で近い。青いガラス玉の様なロークの端が覗き、今までそこから見えていた星空とは全く違う、遥か遠くまでが星、星、星・・・果てしなく続く空間は無限という表現がぴったりで、見ていると吸い込まれてしまう気がする。
「ミリー見てご覧、綺麗だよ」
うっすらとピンクに色づいた星雲、青白い炎を上げる明るい星、赤く年老いた巨星。聖域の名に相応しい、ここは正に神々の庭であった。
「ほんと・・・」
ミリーの表情から一瞬悲しみが隠れ、代わりに驚きの感情が瞳に光を戻した。ただ地球人が宇宙、と呼称している空間を見つめて彼女は呟く。
「星の海、みたいね・・・」