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太陽の様に明るい照明、空中を移動する床。部屋一つとってみても目にするもの全てが不思議で、そんな場合ではないと解ってはいても好奇心に胸が踊ってしまう。
「本当にすごいですねぇ・・・」
「貴方達から見れば、そうなのかもしれないわね」
ラティクスとミリーはイリアに伴われ迷路の様に入り組んだカルナス艦内を歩いていた。
「とりあえず大きな施設を案内するわ。ここから近いのは転送室ね」
初めにラティクス達が着いた場所が転送室であった。転送士官に転送の原理を説明されても何が何だか解らない二人であったが、転送士官は特に怒りもせず丁寧に話をしてくれた。『箱』が一体何なのかを教えて貰った(どうやらコンピューターという名前の機械であるらしい)ラティクスは今度は精一杯の感謝の笑みを浮かべる事が出来た。
エレベーターポッドという空中を上下に移動する床を使って他階へと移動する。フェザーフォルクでもないのに高い天井から下を見下ろすことが出来る。これもラティクス達には驚きだった。
そうやって他施設へ向かう途中で、何人もの乗組員と擦れ違ったり話をする事が出来た。彼等の表情や仕草は全くラティクス達とは変わらず、イリア達と自分達が同じ『人』であるという事にぼんやりとだが納得を覚える。彼等との話の内にロニキスがここの最高権力者であるということや、イリアが博士号という資格を持つ才女であるという事なども知ることが出来た。
『カルナス』というこの艦には実に様々なものがある。転送室の次に立ち寄った場所は、ホロデッキという長期の艦内生活でのストレスを解消する為の立体映像を使用した運動施設。
イリアはここで色々な地球のスポーツの映像を見せ、またラティクス達が興味を引かれたものに関しては体験させてから、同じフロアのもう一つの大型施設を二人に紹介することにした。
そこは運動することを目的としたホロデッキと同じ位に広々とした、天井の高い部屋だった。
「ここは何ですか?」
「リフレッシュルーム。さっきのホロデッキと同じ様に航宙中のストレスを和らげる為の部屋よ。ホロデッキは肉体的に、ここは精神的にね。ここでは皆故郷のイメージなんかを立体映像で再現してリラックスするわ」
「そんな物が必要なんて私、わからないなあ」
「実際にここで半年、一年暮らしてみると解るわ。人の心はそんなに強いものじゃないのよ」
部屋は幾つかに区切られ、各々にソファが据えられている。ゆったりとした造りで座り心地が良さそうに見えた。
「やってみる?」
「はい!」
やるやる、とミリーはイリアの教える操作方法に従ってソファに取り付けられた機械をいじる。すると一瞬照明が消え、再び明るくなった時辺りは一変していた。
「本当にクラトスの森だわ・・・すごい」
緑が広がり空には雲が流れる。確かに今まで部屋だった空間に再現されたのはロークの風景だった。
「ホロデッキの装置と同じなんですね」
「ええ、大体似た様な物かしら」
ソファに座って本物と殆ど変わらない映像の緻密さに感心し、見とれている内にラティクスは強い眠気を覚えた。考えてみれば昨夜は眠っていない。今までは緊張と興奮で持っていたが、そろそろ肉体的に限界の様であった。
「ミリー、俺、眠くなってきたんだけど・・・」
「ラティも?実は私も」
ミリーも小さく欠伸を洩らした。一度瞼を閉じるともう開かない。二、三分後には二人は共に安らかな寝息を立てていた。
「あら・・・?眠っちゃったのね」
気付いたイリアはとりあえず二人をそっとしておく事にした。二度とこの故郷に戻れない二人の為にせめて良い夢を、と呟き立ち上がるとリフレッシュルームを後にする。その後ものどかな風景は変わることなく鮮やかな木々の枝葉を風に揺らしていた。
どの位の時間が経ったのだろうか。
ミリーがふと気付くと照明は薄暗くなっていた。使用時間が過ぎた為だ。辺りに人影は無くとても静かで、温かな感触に隣を見るとラティクスが肩にもたれかかっていた。
何か幸せだなあ、とぼんやりと思ってからイリアは一体何処に行ってしまったのだろう、とミリーは急に不安になってそっとラティクスをソファの方へ寄り掛からせ、リフレッシュルームの扉を開けて通路に首を出す。誰もいない。
(誰もいないのかしら?)
ラティクスを起こすのも悪い気がしたのでミリーは一人でイリアを探しに行くことにした。
だが、一度イリアに誘導されて通っただけの道はそうそう覚えられるものではない。こういう時に限って誰かに会うことは無く、エレベーターポッドに乗って数階を移動した時点ですっかり迷ってしまうこととなった。
とりあえず上階から来たという事は覚えていたのでとにかく最上階を目指す。登れる所まで登ってミリーはとん、とポッドから降りた。しかしここもやはり同じ様な造りでどちらに行ったらよいのか解らない。確かに案内用らしき金属プレートがそこここに取り付けられているのだが、勿論ここの文字はミリーに理解出来るものではなく、迷っているので今更戻ることも出来ない。ミリーは心細く半ば泣きそうになりながら何か見覚えのあるものはないかと見回した。背後にある扉は転送室のものの様な気がしないでもないのだが。だがそちらに歩きかけて彼女はもう一つのエレベーターポッドを見つけた。上に行く表示のみしかない。一瞬どうしようか迷ったが、ここならば又戻って来られるだろうと乗り込んでボタンを押した。電子音を発して上昇する。次に到着したのは大きな扉が一つだけある部屋だった。
やはりここも違うのか。今頃ラティクスはどうしているのだろうかとミリーは彼と離れたことを後悔しながら溜め息をついた。このままずっと戻れなかったらどうなるのだろう。
とにかく人を探さなければならない。頑張るぞ、と自分自身を励ましてミリーは扉を開けた。
まず目の前に広がったのは漆黒の空間。それは天井の高く、比較的広い部屋の正面一杯に広がっているスクリーンの映像であった。しかし目を奪われたのは僅かな間。直ぐに微かな人の声を感じ取って視線を下げた。
人だ。周りに広がる数多のコントロールパネルと、その前に就いている乗組員。その全てを見渡せる丁度中央の位置───つまりはミリーの目の前───に立っていた人物が振り向いておや、という顔をした。
「ミリーじゃないか。どうしたんだ、こんな所に一人で。イリアはどうした?」
ロニキスであった。どうやらミリーの乗り込んだのは艦橋への直通エレベーターであったらしい。
「よかったぁ、もう一生誰にも会えないかと思っちゃいました」
ミリーはほっとしてロニキスに駆け寄った。
「ここは何なんですか?」
「艦橋さ。艦を動かす所だ。しかし眠っているというからてっきりイリアが部屋を割り当てたのだと思ったんだがなあ。まぁ、そろそろ呼ぼうと思っていたんだ、ドクターから連絡が入ったから」
「治ったんですか?」
「さあな、判らないが」
溢れんばかりの期待の込められた瞳で見上げられて居心地が悪いのを誤魔化す様にロニキスは難しい顔をしてみせると前面のパネルに手をついて通信機のスイッチを入れる。
「イリア、ラティとメディカルセンターまで来てくれ。ミリーはこちらにいるから心配しなくていい」
『ミリーちゃんが・・・?解りました』
ロニキスの声に、何処からかそう答えるイリアの声がした。
「さて、行こうかミリー」
「今、何処から聞こえたんですか、声」
「あぁ、コミュニケーターの事か。通信機の一種でな、これを使えば離れた所にいる人間といつでも話すことが出来るんだ。いつか使わせてあげよう」
又、不思議な物を見つけてしまった、と感心しているミリーを艦橋の乗組員達が見てくすくすと笑っている。ロニキスがこら、と目で注意するのだが。
「え、あ、あらやだ、私ったら。それじゃ、お騒がせしました!早く行きましょう、ロニキスさん!」
「あ、おい、一寸待ってくれよ」
笑い声に気付いたミリーは耳まで真っ赤になると、ロニキスの手を引っぱり慌てて艦橋を後にした。その勢いにロニキスは引きずられる様について行く。シュンッと扉が音を立てて閉まると、素朴なローク人に振り回される切れ者の艦長の姿をたった今目撃してしまった乗組員達はもはや笑いを堪え切れず、当事者がいないのをいい事に心行くまで笑い転げたのであった
「どうだったんですか?」
ラティクス達が入ってきたのはミリー達の少し後の事であった。イリアはミリーを見て、見付かって良かった、とほっとした顔をする。休んですっかり元気になったラティクスは一刻も早く結果を知りたいのかどこか落ちつかなげに見える。抑えるようにロニキスが椅子を勧めた。
「そう急かさないでくれよ。今からドクターが話してくれるから」
「あ、はい」
ラティクスが黙るとその隣ではミリーが同じ問答をしたのか、大人しく座っていた。
それから他愛もない言葉を数回程やりとりしている内に不意にロニキスが立ち上がったのでそちらを見ると、ドクターの白い服が近づいて来ていた。彼はせかせかと四人の前に立つと一つ咳払いをする。しかし単刀直入に切り出した。
「えー、分析の結果病原菌は発見できました。その正体も解りました。・・・ですが、はっきり申し上げますとこの病気を治療するのは現在の地球医学では不可能です」
「そんなにすごい力があるんでしょう?ちゃんと調べたの?」
意外といえば意外な言葉にミリーは思わずドクターに詰め寄り訴えた。彼は困ったようにミリーを見、そしてロニキスを見て、彼が何故か顔を僅かに背けているのを見ると溜め息を一つついて再びミリーに視線を戻した。
「・・・・・・。お嬢さん、非常に高度な医学力があるからこそ逆に無理だと、解る事もあるんですよ」
ドクターは言った。
この病原菌は物凄いスピードで自らを変化させ、如何なるワクチンも直ぐにその効力を失ってしまう為に治療の術が無いのだと。それはつまりラティクス達がここまで来たのは全くの無駄であったのだと、宣言されたのも同じであった。
「じゃあ、メトークスの薬草はどうだったんですか?」
「薬草の方も分析はしました。しかし、確かにあれは強力な解熱、解毒作用、そして数種の免疫系強化物質を豊富に含む持つ優れた薬ではありましたが、このウィルスには感染前か遅くとも直後に投与して生存確率が数パーセント上昇するかしないか・・・といった程度の効果しか期待出来ません」
「そんな・・・」
望みの糸は、全て絶たれたかに見えた。だが、可能性という物は何時でも存在するものだ。
「一応・・・方法が無い訳ではありません」
「本当ですか?」
「このウィルスの組成を見る限り、これは天然ウィルスです。ですから最初に保菌していた生物、つまり宿主を発見し、血液を入手すれば免疫血清が作れますから」
「助かる、いえ、助かるんですか?」
「はい」
「あの、でも二、三時間で石化してしまうんですよ、その生物を探す暇なんてありませんよ」
ラティクスの問いにドクターはぬかり無し、とばかりに笑う。だが次に飛び出した言葉はやはり彼には理解不能のものであった。
「奇妙な話ですが、石化しても分子構造はそのまま保たれているんです。ですから血清さえ手に入れば元に戻すことも可能でしょう」
「それって・・・」
「あぁ、ラティ達は別に理解出来なくても大丈夫よ。とにかく元に戻せるっていう事だから」
「だが簡単な話ではないな。敵対しているレゾニアが我々に宿主を教える筈が無い」
「そうですね。でも、一番の疑問点はその生物化学兵器を惑星ロークに使用した事でしょうか?」
「ローク?」
「君達の住む惑星につけた名前さ。しかしイリアの言う通り、確かにローク人を石にしたところでレゾニアには何の利益もない・・・」
沈黙した二人にラティクスとミリーは彼等が何を考えているのか解らず、二人を見比べる。ドクターも何か考え事があるらしく一言も話さない。
と、その時、耳障りな電子音が鳴り響いて何かが起こった事を告げた。
『転送デッキに未確認生命体発見!繰り返す───』
「何?」
「何だ?」
大音量の警報に驚くラティクスとミリーは地球人二人を見るが、二人とも凍った様に動きを止めている。
「未確認、生命体?」
「有り得ん事だ、イリア。行ってみよう!!」
緊急事態の発生にそれではドクター、とロニキスは後も見ず足早に部屋を出て行った。ラティクス達の事は完全に忘れている。
「今まで未確認生命体が艦内に侵入した事など一度もなかったのに・・・」
慌ててそれを追いかけようとしたが、医師の呟きがひどくラティクスの耳に残った。