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「それは・・・どういう事ですか?」
ドーンが掠れ声で問う。
「先程の未開惑星保護条約というもののせいなのだが、要するに我々の存在を知り、文化に触れる事が条約に反するという事だな。一緒に行く時点で君達は我々の側の人間になる、という事だ。だが、今ならばまだ我々との出会いも、ただの夢物語として済ませてしまえる・・・どうするかね?」
(我ながら何と意地の悪い)
ロニキスは自分の言葉に嫌悪を持ったが、表面上はあくまで無表情に選択肢を提示した。目の前の三人には恐らく寝耳に水の衝撃が走り抜けたことだろう。
「俺は・・・この人達と一緒に行くぜ。ここにいてもどうせ石になっちまうだけなんだ」
ドーンは直ぐに結論を出した。彼に選ぶことが出来るのはその道だけだったのだから。反対にラティクスとミリーにはどちらを選ぶのも同じ様に辛い事だった。
「私には、お父さんや皆と別れるか、ドーンと別れるかなんて決められない・・・」
ある意味でこれは究極の選択とも言える。仮にミリー達二人がここに留まっていても、何も問題は無いのだ。もし異邦人達の言うことが本当ならば、待っているだけで奇病は治る。ミリーの心は揺れ、そして途方に暮れた。
ラティクスの心は既に定まっていた。
「・・・・・・ミリー、俺達も一緒に行こう」
「ラティ・・・?」
見上げる少女の迷いは彼にもよく解っていたが、それ以上に彼には大きな決意があった。
「ここに残っていても俺達には悔しいけれど何も出来ない、そうだろ?確かにクラトスの皆ともう会えなくなるのは辛いけど・・・あぁ・・・俺も母さんと二度と会えなくなるのは・・・辛いけど・・・でも、何もしないで見ているだけなのは嫌だ。このままじゃいけないんだ!それにドーンを一人で行かせるなんで出来ない。皆で行こう、ミリー」
ミリーはそれから暫くじっとうつむいて何も言わなかったが、やがて頷いた。
「俺のせいで、ごめんな」
「違うのドーン・・・ドーンのせいじゃない。私も何もしないのは嫌だから、今出来るのはドーンと一緒に行く事。私、行くわ」
「・・・ありがとう、ミリー」
「何言ってんのよ。いつものドーンらしくないわよ?」
少しだけ無理の見える笑顔を浮かべてミリーは小首を傾げ、三人の気持ちが少しだけほぐれた。
「決まったみたいね」
「はい」
「それじゃ、一刻も早く行きましょう。艦長?」
「ああ、今通信を開いている」
ロニキスはまるでその結果を予想していた様だ、彼女にそう感じさせる程の素早さで彼は既にカルナスとの回線を開いていた。多分科学班や医療班、そして転送室にこちらの状況を説明しなければならないだろうから、もう少し時間がかかるだろう。
「・・・そういえばあなた達の探していた薬草っていうのは病気に効きそうかしら?」
イリアはふと思い出してラティクスに尋ねた。
「俺達も全然判りません」
「この場所に生育しているの?」
「ええ」
「そう・・・それならサンプルを採取して行きましょう」
ミリーが薬草の場所を教えるとイリアは細長い不思議な容器にその一個体を納める。その間にロニキスは通信を終えていた。
「イリア、用意は出来たか?カルナスと連絡がついたからそろそろ行くぞ」
「はい、艦長。・・・・貴方達、少しだけ目をつむってて頂戴ね」
「え?」
疑問の声を上げる間も無く三人を光が覆った。
ラティクス達が知るはずもなかったが、体が一度原子レベルにまで分解されて再構成される感覚というのは実に妙なものであった。瞼の外が明るくなったと思うと体中の全ての部分が身じろぎする様な不思議な衝撃が走り抜け、そして、全ての感覚が無くなった。
それはほんの一瞬の出来事であったが、それでもいつ終わるのか判らない恐怖にミリーは無意識の内に悲鳴を上げていた──────。
空白の時間が終わった。
「ミリー、ミリー!」
数度ラティクスに呼びかけられてやっと自分に通常の感覚が戻っている事に気付く。途端にミリーは力が抜けてへたり込んでしまった。
辺りは見慣れぬ色彩に溢れていた。
ひんやりとした広い床にはつややかな銀色の円盤が更に円を描く様にはめ込まれ、一行はその上に立っている。空気は初夏だったロークよりも幾分乾いて床と同じ様にひんやりと漂っていた。耳を澄ますと何処からか、低く何かの振動する音もする。
全く今までにいた世界とは異なる場所で、ラティクスはぐるりと周囲を見回した。
正面右手には大きな金属の箱があり、透明な板の貼られた場所には色とりどりの線や図柄が映し出されている。その前に先程の二人───ロニキスとイリア───と同じ奇妙な格好をした女性が座っていた。その椅子からしても鈍く光る不思議な材質から作られている。女性は箱の表面に沢山取り付けられた出っ張り(としかラティクスには解らなかった)の上に目にも止まらぬ速さで指を走らせ、それに反応して箱は聞いたこともない種類の音を立てた。
ラティクスがじっと見つめているのに気付いた彼女───ここでの役職名は転送士官という───は、彼に下から上までさっと視線を走らせて目が合うとにこっと笑ったが、やや遅れてラティクスがぎこちなく微笑み返そうとした時にはもう、『箱』に向き直って彼女自身の仕事に戻っていた。
「ここは一体・・・それにどうして・・・」
「これが私達の艦だ」
「船・・・?」
それは海の近くで育ったラティクスの持つ船のイメージとは全くかけ離れたものだ。それに、空の上は海になっているとでもいうのだろうか?ロニキスと呼ばれる男性に尋ねたい事は沢山あった。
「やっぱり、神様なの?」
ミリーはようやく立ち上がっておずおずと科学士官を見た。
「神様ではないわ。私達は貴方達よりも少しだけ進んでいる、ただそれだけなの。貴方達もいずれこういう力を手に入れることが出来るでしょうね」
イリアの言うことはいちいち解らない。結局彼等が何者なのか、ラティクスにはいまいち把握できていなかった。
「話は後にして早くメディカルセンターに彼を連れて行こう」
ロニキスが急ぎ足で『箱』のある方の壁へと歩いていく。イリアもそれに続き、ラティクス達についてこいと手を振ったので、慌ててそれを追いかけ転送士官に一礼するとその部屋を後にした。
「床が動いてる!」
ラティクス達はメディカルセンターへと続く長い通路にいた。床は左右二つに区切られて二方向にゆっくりと移動している。天井は高く、仰ぐと遥か上方に様々な鉄骨が整然と伸びているのが見えた。
「すごい、見た事の無い物ばかりだ」
ひたすら感心する彼等を背にロニキスは彼等の緊張が解けたことに安堵を覚える。
「そういえば君達の名前を聞いていなかったな」
「あ、俺はラティクス=ファーレンスです。ラティと呼ばれてます」
三人は順番に二人の異邦人に名乗る。が、名乗りながらもドーンはもはや膝をつき苦しげに喘いでいた。
「艦長、彼の症状が悪化しています」
「うむ、そろそろ着くだろう。・・・ドーン君だったね、立てるか?」
「・・・はい。まだ・・・」
廊下が終わった行き止まりに大きな扉がある。他と例外ではなく自動的に開いたその先がメディカルセンターだった。
「これは?」
透明なガラスケースの中のベッドにドーンは横たわっている。ケース内は薄緑色に発光し、彼は一見落ち着いたかに見えた。
眠ったのか眠らされたのか、ラティクス達の話し声にも全く反応しない。
「驚くのも無理はないけど、これが私達の医療手段なの。これで暫くはドーン君も大丈夫よ」
ロニキスは少し離れた所で真っ白な衣服に身を包んだ医師に再度これまでの経緯を説明する。
「それではドクター、後は頼んだぞ」
「はい」
「ドクター、出来ればこの植物の分析もお願い出来ないかしら?薬草らしいわ」
「分かりました、シルベストリ博士・・・これは、現地のものですか」
「ええ、そうよ。万が一ということもあるから」
「はい、任せて下さい」
イリアからメトークスの薬草を受け取ると、ドクターは早速コンピュータに向かい、まずはドーンから採取した病原菌の解析を始める。その間、ラティクスとミリーは手持ち無沙汰になってしまった。
「あの、ロニキスさん、俺達はどうすれば?」
「そうだな、今君達がここにいても仕方はない。折角だから艦の中でも見て回るか?」
彼にはまだやらなければならないことがあるらしく、一瞬考えるとイリアの方を見た。大方自分にローク人の案内をさせるつもりなのだろう。またこの人は勝手な事を、と彼女は艦内規約を思い出す。
「艦長、それは規則に違反します」
「まあいいじゃないか。それに今更それもないだろう。私は艦橋に行くから君が案内してやってくれ」
「あ、艦長・・・もう!」
やはりそうだった。イリアが抗議の声を上げる間もなく、ロニキスは身を翻しセンターから出て行ってしまう。人の都合などまるでお構いなしである。
だが、船の中では艦長の命令は如何なる条約や規則よりも絶対だ。
イリアが気分を害した様に見えたのでミリーは何だか悪い気がしてきた。
「あの・・・すいません。何かご迷惑かけたみたいで」
「いえ、そんな意味じゃないのよ。単にあの人が人の話を聞いていないっていうだけ。まあね、折角だから色々見てみる?」
「いえ・・・あんまりそういう気分じゃあないんですけど・・・すいません」
ドーンが苦しんでいるのに、自分達だけが観光客よろしくうろつきまわるのはとても気が引けた。ミリーとラティクスは顔を見合わせ、お互いに気の進まないことを確認する。
「そうねえ・・・やっぱり貴方達には気分転換が必要みたいね。行きましょう」
口ごもる二人をじっと見てイリアはさらりと言った。どうやらロニキスに押し付けられた仕事を積極的にやる気になったらしい。
「でも」
「いい?一番良くないのは、何もする事が無い時に必要以上に落ち込むことなの。今、ドーン君にしてあげられることは何も無いわ。ふさぎ込むと何もかもが悪く思えて疲れるでしょ?だから行きましょう」
ね、と彼女がドクターに同意を求めると、彼も大きなマスクで覆われた顔を縦に振って肯定した。
「本当に、いいんですか?」
「ええ。それが一番いい事よ。・・・さ、大体の物は見せてあげられるわ。何か見たい物とかあったら言ってくれるといいんだけれど」
でもわかるわけ無いわよね。イリアはローク人が興味を引かれそうな場所は何処だろうかとカルナス艦の設備の一つ一つを思い出しながらこっちへ、と手を少し挙げた。