SO Script ACT・2


聖域からの訪問者

曲がりくねる山道をドーンを気遣いながら辿って、ようやくラティクス達は山頂に到着した。
「ドーン、大丈夫?」
「そんなに心配するなよ、まだ石化が始まったわけじゃないんだからさ」
ほぼ数分おきに尋ねてくるミリーにドーンはまるで何でもないという風に笑ったが、その顔は次第に生彩を欠いていく。
「早く薬草を・・・」
山頂は強風の吹き上げる岩肌が剥き出しの場所で生育しているのは丈の低い植物ばかり。星明かりの中で薬草を見つけるのにはさして時間もかからなかった。
断崖絶壁の縁で薄紅に揺れる花。それが万能薬として名高い薬草の目印だ。
「私が取ってくる!」
喜び勇んでミリーは衣を翻し、薬草を摘もうと駆け寄った。
しかし、少女が四、五歩も行った所で、突然青白い光が辺りを覆ってその足を止めさせる。
モンスターかっ?とっさに目を固く閉じながらもラティクスは武器に手を掛ける。せめて耳をじっと澄ますとジリジリ、ともバチバチ、ともつかぬ耳障りな音がした。おそるおそる目を開いてみると、光は最初の印象程に強いものではない。闇夜に慣れた瞳が突然の明るさに対応出来なかっただけだったのだろう。目が慣れると崖のやや手前に青白い二本の光の柱が出現している事が判った。
驚きが過ぎ去ってみれば光の柱が天空にそびえ立つ様は不思議で美しい光景であったが、やがて音が収まるにつれてそれぞれの光の中に何かが出現してきたのが見て取れた。
完全に光がひく。
そこに立っていたのは、地球連邦から派遣された二人の調査員であった。

「おや、ここに人はいない筈ではなかったのか?」
二筋の光の内、向かって右手に立っていたロニキスは、いきなり出現した(様に見えたであろう)自分達に怯えた視線を向けているローク人達に困った様に、隣に問いかけた。
「つい三十分前に探査した時には誰もいなかったのですが・・・」
イリアも戸惑っている。確かに先程カルナス艦から調査した時には人型の生体反応は無かった。探査プログラムはより精度の高いものに書き換えてあるので間違いは無い。ここの時間はまだ夜明け前であることもあり、人がここを訪れる事はないと踏んでいたのであるが。
(ローク人って夜行性なのかしら?)
もしそうだとしたら面白いわね、と思いながらも今はこの状況にどう対処するのかが先決だ。このまま方々で自分達の事を触れて回られては、ただでさえ限られている時間での活動が益々しにくくなってしまう。
「まあ、見られたからには仕方ない。彼等にも協力してもらおうじゃないか」
どうするべきかを思案していた彼女よりも早く上官は結論を出してしまった。
あまり常識的な意見とは思えなかったが、いささかのんびりとも聞こえる口調であっさりとそう言われてイリアはとっさに答えを返すことが出来ず、その間に、ロニキスはラティクス達に向かって一歩踏み出した。それ呼応する様にミリーが一歩後退る。
「お前達は誰だっ 」
ミリーを背に庇ってラティクスが叫んだ。いきなり光の中から現われたのだ、魔物である可能性は十分すぎるほどにある。
「あなた達も薬草を取りに来たの?」
ラティクスの後ろからミリーがおそるおそる問う。
ロニキスは困った様に眉を寄せて、穏やかに言った。
「そんなに怖がる必要はない」
だがローク人達の警戒が解けないのをみて溜め息をつく。
「・・・と言っても無理だな。私の名はロニキス=J=ケニー。何から説明するか・・・」
「どこから現われたんだ?」
当然といえば当然の問にイリアが説明しようと進み出ようとした。が、
「近づかないで!」
ミリーがヒステリックに叫んで身を固くする。
未知な物に対する過剰反応にイリアは立ち止まり、打つ手無し、とばかりにロニキスに向かって肩を竦ませ、どうにか彼等を怯えさせない様に言葉を紡いだ。彼女はこんな時にどの様な単語が人の興味を引くのか心得ている。
「私の名はイリア=シルベストリ。私が艦長の代わりに説明します。先に断わっておきますが、私達はあなた達の味方よ」
「・・・本当?」
「そんなわけない!こんな怪しい奴等が味方なわけないだろ!」
身を乗り出したミリーをドーンが制する。ラティクスはどうにか落ち着こうと深呼吸をして目の前の女性を見つめた。向こうも彼のことを見つめている。暗くて瞳の色はよく判らなかった。
「・・・俺達は、薬草を採りに来ただけなんです」
素朴なローク人に見つめられて、イリアはどう答えようか一瞬考えこんだ。彼女の上司の言う通り、ここはこのローク人達に協力してもらった方がよいのかもしれない。問題はあるが。
「病気を治すなら、この薬草よりいいものがあるわよ」
彼女は迷った。けれども彼等は困っているのだ。ならば、その最善の方法をとるまで。
イリアの言葉にラティクス達は驚愕した。
「貴方達は一体・・・?」
「少しは話を聞く気になったかしら?」

少しの間ラティクス達三人はこの突然の味方(?)の言葉に従うべきか否かを相談したが、結局の所メトークスの薬草でこの奇病が治るかどうか確信は持てなかったし、その場合クラトスの青年達にとれる手段は残されていないのである。
「話だけなら・・・」
それが、ラティクス達の答だった。
「きっとすぐには信じられないと思うけれど」
科学士官はどう話せばよいのか分からない、といった風に目を軽く閉じ思案して、これから話そうとしている事に滑稽さを感じたのか僅かに肩を竦めた。
「私達は遠い所から貴方達を助ける為に来たの」
ローク人は多少混乱した表情を浮かべている。
「・・・それなら、何故もっと早く来てくれなかったんですか?」
「私達は『未開惑星保護条約』というもので、発展途上国の人々には接触をとらないと決めているのよ」
「発展、途上・・・?」
意味の掴めない単語ばかりで首を傾げるラティクスにイリアは苦笑しながら、後方に立つロニキスを見る。
彼は先を、と目で促す。
「私達は空の上から・・・、他の星から来たのよ。今回の事も特例なの」
「空の上?・・・他の星?」
「ひょっとして、聖域の神様なの?」
「私達は神様ではないわ。貴方達と同じ様な『人』よ」
ミリーの言葉をやんわりと否定し、イリアはくるりとターンした。
「尻尾は無いけれどね」
「あ、ほんとだ!」
妙に感心する彼等にあえて返答せず、ここで顔を引き締めるとイリアはラティクス達にとって驚くべき事実を語り始めた。
「特例と言ったけれど、本来貴方達の星は条約によって私達からは完璧に切り離されていた。それは私達の政治的状況や、経済的状況・・・要するに植民活動等によって貴方達の生活を侵さない、つまりある意味で条約に守られていたという事でもあるのだけれど、まぁ、これは私達の一方的な言い分でしかないわね。とにかくそうやって今までは貴方達は私達の存在すら知ること無く過ごしてきた筈よ。ところがつい最近、私達と敵対する勢力《レゾニア》が未開惑星保護条約を破ってこともあろうにここに蔓延している伝染病の原因となった生物兵器を撃ち込んだ・・・」
「それじゃあ、そのレゾニアっていう奴等のせいで皆が石に?」
「その通りよ」
「そんな、許せない・・・」
ミリーが肩をわななかせる。当り前だ。父親が、友人がその伝染病の餌食になってしまったのだから。それも自然にではなく、意思ある者の手によって意図的に。
「私達はその伝染病の調査と治療の為に訪れたの」
イリアはミリーを痛ましそうに見る。そうして話が一段落した所でロニキスがゆっくりと近づいてきた。
「だから、我々は君達を助けに来たという訳だ。君達が想像もつかない方法でね。君達に時間が無い様に、私達にも又、時間が無い。私達に協力してくれないか?」
「協・・・力?」
「私達はまずローク人を知らなくてはならない。つまり君達の体の構造やその組成などをね。それに、彼はどうやらレゾニアのウィルスに感染している様だ。彼の症状を調べれば治療法の手がかりが掴めるかもしれない」
ドーンは立っているのも辛そうで、長剣の鞘に寄りかかってやっと体を支えている。これ以上ドーンを放っておく事は彼の死を意味することになるだろう。
いつしか夜は白々と明け始めていた。山の頂上からは海が見えて、水平線の上の空はその濃紺色を次第に失っていく。太陽が顔を出すのももう直ぐだ。
長い長い夜が終わる。
「少し・・・考えさせて下さい」
今日の光の最初の一筋が射し込んだ。その希望の光を最初に受け入れたのは少女だった。
「私はまだ信じられない。けれど、病気を治せるなら・・・」
ロッドを固く固く握り締めてミリーはお願いします、と頭を下げる。ラティクスにも聖域から来たという得体のしれない者達の話をすんなりと受け入れることは難しかったが、かといって他に選択肢があるわけでもなかった。ただ自らの直感を信じてみようと地面から顔を上げる。
「俺も、余り信じられない。でもここにいる友人を治せるのなら」
ドーンは?と問うと小さく頷いて協力の意思を示す。
「ありがとう。まだ治るかどうか判らないけれど、私達と一緒に来てワクチンを作る事が出来れば・・・」
「空の上に行くんですか?」
「ええ。まぁ、そういうことになるわね」
そこまで話してイリアは顔を曇らせた。彼女はまだ最も重要な事を話していないのである。これは最大の問題であったが、だが条件を提示しなければ地球人達は彼等を騙すことになってしまうのだ。
どう切り出そうか迷っている彼女を見てロニキスが『そのこと』についての説明を始めた。
「さて、一度君達が我々と一緒に来たらこの惑星には二度と戻ることは出来ないだろう」