SO Script ACT・2


聖域からの訪問者

満天の星空にうっすらと照らし出されてメトークス山への道は意外に明るい。
日中の疲れもあって三人のペースはややゆっくりではあったがよく慣れた道は歩き易く、ミリーの頑張りには全く目を見張るものがあった。幾度かモンスターに襲われたが戦い、或いはやり過ごしてさした問題も無く一行はメトークス山へとさしかかる。
山はごつごつとした岩石の露出する岩山で、風の運んできたわずかな土壌に草が生えている場所だ。しかし水は豊富で岩の隙間のあちこちから吹き出す清流のせせらぎが耳に心地よい。ここがクラトスやクールの水源となっているのである。
何かがきしる音がする。
なだらかに整備された道に、光沢のある外骨格を持つ物体が数個横たわっていた。
「何かしら?」
「多分フェルウォームだな。どうする、ドーン」
「避けて通れないか?」
首を伸ばして窺ってみるがフェルウォームは広範囲にわたって転がっている。僅かに隙間が無い訳ではないが、気付かれずに通るのは難しそうに見えた。フェルウォームは鈍重そうに見えて結構好戦的な魔物なのだ。だが、だからこそ戦闘は出来るだけ避けたい事であった。
この忙しい時に。ラティクスは苛立たしげに銀光を走らせる。
「とりあえず行ってみて、気付かれたら戦おう。出来るだけ時間を取られたくない」
足音を忍ばせてそろそろと近づくとフェルウォームはくぐもった音を立てた。一匹だけではない。暗がりのあちらこちらからまるで会話をしている様に音が交わされる。
道の端、岩壁に張り付いて音を立てない様に三人は進んでいるが、フェルウォームの背中が迫ってくるにつれて緊張してきた。正面からぶつかるのとはまた違う緊張である。ラティクスやドーンが岩の出っ張りに長剣を引っかけたりミリーがうっかり小石を蹴ったりしてその音が静かな夜の中で響いてしまう度に、三人はびくっと身を竦めて立ち止まった。
虫の声が次第に大きくなる。動きもこころなしか活発になっている様な気がする。
「これ、絶対気付かれてるぜ、ラティ」
「何だか俺もそんな気がする」
どうやらその予感は正しかったらしい。やがてフェルウォームはよい餌を見つけたとばかりに大きく口を開けてのそのそと近づいて来た。こうなってしまうと仕方がないので武器を持ち直して散開すると三人は戦闘体制に入る。巨大虫の方もどうやら見逃してくれる気は無い様だ。
ラティクスは一番大きいフェルウォームの一匹と向き合った。
踏み潰そうとのしかかってくるフェルウォームを右に左に跳んで避けながら、隙をみては固い殻に剣を突き立てるが刃が通らない。カァンという金属音が虚しく響くばかりで、何らかのダメージを与えられた様には見えなかった。
「継ぎ目だ!」
ドーンのアドバイスに従い、ラティクスは攻撃を避けながら目を凝らすが何分暗く、おまけに相手が動きまわるのでよく見えない。剣の先を殻の表面に滑らせてようやく探り当てる。
もう一度突き刺すと今度は意外に深く刃は滑り込んだ。苦痛にのたうつフェルウォームから振り落とされぬ様必死にしがみつきつつ、ラティクスは更に剣に全体重をかける。だんだんと腕から力が抜けそうになるが、落ちたら最後暴れる巨大虫に潰されるのを避けることは出来ないだろう。ラティクスはとにかく何も考えずにただ全力で剣にしがみつき続けた。
剣はどうやら虫の重要器官を突いていたらしい。傷から体液が吹き出し、外骨格の上に大きな流れを作っていくにつれて虫の動きが緩慢になってきたのでようやく武器を引き抜くことが出来た。そのまま動かなくなったフェルウォームには目もくれずに飛び降り、ドーンと、ロッドの先を使って善戦しているミリーの方へと加勢に向かう。まだ数匹残っている様だ。暫く戦ってみると、どうやら襲おうと体を持ち上げた時に比較的柔らかい内側を狙えばかなり楽に倒せるということが判明。再び一体切り倒し、ま、こんなもんかな、とドーンが片目を瞑った。
それから数分後、モンスターは一掃されていた。
「フェルウォームの卵はきちんと落としておけよ。残ってると後で家の中で孵化しちまうからな」
ドーンが自分の服をパンパンと叩いて見せる。
「そうね。どう、私、付いてない?」
「あぁ、大丈夫だ」
「ドーン、背中に付いてるぞ。取ってやろうか?」
「いや、自分で取れるよ。ほら」
一通り衣服をはたいて卵を落とすとフェルウォームの死骸を避けながら更に山道を登って行った。
山道は基本的に一本道で迷うことはない。
メトークス山にはフェルウォームの他にもここに至るまでに戦ったキラービーやリトルバニー等が出没してラティクス達の行く手を阻んだが、泉に設けられた休息所を活用しつつ、三人は順調に進んでちょっとした広場にさしかかった。
その間の戦闘での、ドーンのいつもとは違う辛そうな表情が気になっていたラティクスは少し歩調を緩めて遅れがちな彼を待つ。却ってミリーの方が身軽に先の方に立っていて、やはりラティクスの少し前で足を止めてこちらを向いていた。
「ドーン、お前大丈夫か?」
「何がだよ」
「すごい辛そう。ひょっとしたらさっきの戦いの傷、深かったの?」
「そんなことないさ。気のせいじゃないのか?」
ミリーはこちらに走ってくるとヒールをかけようとしたが、力の温存の為にとラティクスがそれを止め、先程倒したリトルバニーからの戦利品、ブルーベリィを放る。傷とは違う何かがあるのではないかとラティクスは直感的に思ったがはっきりとした事は何も分からないのでとりあえず憶測は口に出さないことにした。
「まだ傷が残ってるんだろ、ちゃんと治しとけよ」
「あぁ、ありがとう」
ドーンはブルーベリィを受け取り口に入れると何気なく歩き出そうとしたが、急に体が沈みこんだ。ドーンは力を込めて支えようとするが、かなわず膝をつく。
「どうしたの、ドーン?」
「な、何でもない」
「大丈夫?」
ミリーはドーンのこの様子をやはり怪我が治り切っていないせいだと解釈し、呪紋をかける為に彼の傷を確認しようとした。が、ドーンは異常な程大袈裟に飛び退く。
「触るなっっ!」
そう一括されてミリーは一瞬惚けた様になり、それから我に返って怒り始めた。
「何よ、心配してるのにその態度は」
「いや、そうじゃなくて、・・・俺が言いたいのは何でもないから心配するなって事だ。親父さんの事だけでも大変なんだから、他の事に気ぃ回してたら疲れるだろ?」
ドーンは薄く笑って立ち上がると、今のは傷が痛んだせいだと言い、それも回復薬が効いてきてもう大丈夫だからと平気な様子で先を急ごうと促した。ミリーはまだむっとしていたがドーンがひたすらに謝るとようやく機嫌を直した。
だが、そのやり取りを見ていてラティクスは自分の直感が正しかった事を確信する。普段のドーンならばこんなにミリーに謝らない。それに、今はドーンという人間そのものの雰囲気が弱々しく見えた。回復薬は渡した。決して怪我のせいではない。だが、それならば何がドーンを蝕んでいるのだろうか?
蝕んでいる。
その言葉の響きにラティクスははっとした。どうしてこんな簡単な事にもっと早く気付かなかったのだろうか。答は初めから目の前にあったのだ。
「ドーン、お前まさか・・・病気に?」
「・・・・・・」
口に出すのが、ドーンの運命を決定してしまう様でためらわれたが、これにドーンはもう隠し通す事は出来ないと判断したらしい。ゆっくりと、小さく頷く。ミリーもラティクスの言葉に全てを悟って何とも言えない、いや言い様の無い顔をした。
「やっぱ解っちまったか・・・あぁ。マルトスさんからの伝書鳩から感染したらしい」
既に数日が経っている。あと一日もすれば彼の石化は始まるだろう。今は、恐らく相当の高熱が出ている筈である。
「どうして話してくれなかったの、ドーン」
「話してどうなる事でもないだろ?皆に余計な心配かけさせたくなかったからな」
感染の事実を知った時、どれほどの苦悩をしたのだろうか。今はただ淡々と自分の死を青年は語る。
実際、メトークスの薬草が奇病に効くのかどうかには正直疑問があった。紋章法術の全く効かない病気に薬草が使われた記録は無い。それでも僅かな可能性、全ての可能性に賭けるしかない絶望的な感情が静かな表情の下にはあった。
絶望的、という意味ではそれは三人共に共通した見解だった。ただ何かをしていないとその時が来た時後悔すると解っていたからここまで来たのだった。見て見ない振りをしてきた事実は足音を立てて近づいてきている。
「家に帰った方がいい」
「いや、石化は始まっていないからこのまま行ける。行かせてくれ、ラティ」
それ以上ドーンに反対することはラティクスには出来なかった。
「行きましょ、きっと治るわよ。きっと」
ミリーは努めて明るくロッドを振った。
まだ現実を見つめるには早いので、もう少しだけ目を逸らしていてもいいのだろう。