SO Script ACT・1


奇病の影

「ラティ、又遅刻!ドーンは先に入っちゃったわよ」
何故か人の勤務時刻までチェックしているミリーにお叱りを受けつつ寝坊したラティクスは駐屯所の扉を開けた。廊下では待っていてくれたのか、ドーンが壁に寄り掛かって立っていた。
「遅刻だぜ、ラティ」
「ご、ごめん」
何で俺は寝坊ばっかりするんだろう、とラティクスは悩みながら部屋に入る。
その部屋では所長が難しい顔で机を睨んでいた。
「あれ、所長。どうかしたんですか?」
「おお、ラティか。困ったことになった、これを見てくれ。ついさっきクールの方から届いたのだがね」
どうやら睨んでいたのは手紙らしい。ラティクス達もそれを覗き込む。手紙は暗褐色のインクで短くこうしたためられていた。
《至急、救援を送られたし。クール村にて奇病発生。高熱に悩まされている。
クール村村長》
「これは・・・早く行ったほうがいいんじゃないですか?」
「しかしそうは言っても今は自警団の方にも割ける人員がいなくてなぁ」
昨日の盗賊騒ぎの後始末はまだ済んでいない。その上病気ともなれば素人が行っても全く役に立たない。医術の心得のある者が必要だ。
無論、ラティクス達にも手の出しようが無い。
「そうだ、メトークス山の薬草なら」
だが名案を思いついたらしく、ミリーがポンッと手を打った。
メトークス山の薬草。
メトークス山はここからクール村を越えた更に北に位置する山である。そこだけに生えるという薬草は大抵の病に効果を発揮する万能薬として珍重されているものだ。
「あれなら病気に効くかもな」
「そうか。よし、今から直ぐに出発しよう。所長、いいですよね?」
「ああ、それはいい考えだが・・・君達が行くのかね?」
「駄目ですか?」
「いや、そういうわけではないが、あそこは危険だ。やはりここが一段落してから法術の使える者をやるか、せめてもっと大勢でメトークス山には行ったほうがいい」
所長の言うことは最もなことであった。だがラティクスは下がらない。
「でも一刻を争う事態なんですよ、方法があるのならやるべきです」

しばらく押し問答が続いたが、普段は何事にも従順な彼が強硬に反対した為に所長も長いヒゲを引っ張りながら、とうとう彼の意見を通した。どちらも無茶な事を言っているわけではないので険悪な雰囲気ではないが、心配そうに見ていた他の二人は口を挟めずにいる。
「ふむ・・・ま、ラティクスがそんなに言うのなら・・・。確かにクールは危機的状況だ。こんなに色々重なることがなければ若い君らを行かせなくてもよかったんだがな・・・」
「いえ、ありがとうございます。皆もいいよな?」
ラティクスが了解をとる。こうした事のリーダーシップをとるのは昔から何故かラティクスであった。人徳なのか、どうなのか。
「勿論行くさ」
「クールの人達が困っているんだもの、グズグズなんてしてられないわ」
異論の唱えようがあるはずもない。
「じゃ、決まりだな」
「そうね」
「いや、それは私が行こう」
とんとん拍子に話は決まりかけたが、不意にはっきりとした声がラティクス達の間に割って入った。
「お父さん!」
「マルトスさん!」
ミリーとドーンの声が重なる。そう、そこに立っていたのはミリーの父、法術医マルトス=キリートであった。
「どうしてここに?」
「さっきこの話を聞いてな。所長、これは私の仕事です。奇病という話ですが、多分何とかなるでしょう」
マルトスは落ち着いた目で室内を見廻しながら静かに言った。
「しかしマルトスさんの所も色々と後片付けがあるでしょう」
「いえ、大したことはありません。何せこいつがフラフラしていられる位なんですから」
「フラフラしてなんかないもん!」
ミリーがふくれて言い返すが、笑って取り合わない。
所長は突然のマルトスの出現に戸惑った様であったが、少しの間思案した後に頷いた。
「お忙しい様ですが、行ってくれますか。やはりラティ達をメトークス山に行かせるのは気が進まなくてなぁ」
「はい、勿論です」
「では頼ませてもらうが・・・」
「お父さん、一人じゃ、もしもの事があったら危ないわ」
思わず声を上げたミリーにマルトスはぽん、と彼女の頭に手を置いて優しく言った。
「ミリー、そんなに心配するな。私は子供に心配される程情けないか?」
「そ、そんな事ないけど・・・」
「大丈夫だ、明日には帰ってくるさ。それにおまえ達がメトークスに行くほうがよっぽど危険だぞ、あそこは魔物の巣なのだから。なに、法術で直ぐに治るだろう」
「だがマルトスさん、この辺りで奇病の発生など聞いたこともない。十分に気をつけるのだぞ」
「分かっています」
一度手紙を読み、所長に一礼するとマルトスは入ってきたのと同じ様に、あっという間に駐屯所から出て行ってしまった。
「お父さん・・・」
ミリーは嫌な予感がするとでもいう様に父親の消えたドアをじっと見つめていた。
「ミリー、心配ないさ。直ぐに帰ってくるよ、マルトスさん」
ラティクスがそう声を掛けるとやっとそちらを向いてこくり、と頷いた。だがその瞳にはまだ不安の陰が残っている。
「マルトスさんはこの辺り一番の法術医だ、彼に任せれば安心じゃ」
所長もミリーを落ち着かせる様にそう言って、彼女に椅子を勧めた。

今日のこの小さな出来事が、これから始まる大事件のほんの先触れであるなどと気付く者はここには誰もいなかった。
そう、創造神トライア以外には、誰も。