SO Script ACT・1


奇病の影

「やあ、助かったよ」
「これが仕事ですから」
ラティクスと村人のそんな会話。『これが仕事ですから』、なんて格好良いじゃない?、などと思いながらミリーは印を結んで呪紋を唱えた。
「ヒール!」
翳した掌から黄金色の光が溢れ出し傷口に降り注ぐ。
「ミリーの回復呪紋は良く効くなあ。才能はあるんだからもっと修業すればいいのに・・・」
ドーンは先程までかなりの裂傷があった二の腕を見遣る。そこには健康そのものの肌があるばかり。
「ドーン、今何か言った?」
「いや何も」
「そう。はい、次はラティよ。早く見せて」
ミリーは通常の戦闘では余り戦力になるとは言えないが、というかそもそも戦闘要員ではないのであるが、法術〜紋章法術〜という特殊技能を持っていた。
ミリーは父譲りの能力である『マナの祝福』によって様々な法術・・・呪紋を操ることが出来る。もっとも、彼女は机にかじりついているよりも外で遊んでいる方が好きな性分だったので法術師としては未だ見習いの域を出ていない。が、それでも彼女の呪紋は十分に仲間の役に立つものであった。
「もう、二人とも無茶するんだから。特にドーンは本当に無茶しすぎよ、・・・気持ちは解るけど、でも、もっと自分を大切にしなきゃ駄目じゃない。本当に心配したんだからね」
治せる怪我で済んだからよかったけど、と別の傷の手当てに入る。
「ミリーの言う通りだよ、ドーン。俺だってさっきはヒヤッとしたんだぜ」
そう口々に言われてドーンは思わず苦笑。細い目がますます細くなった。
「あぁ、ラティには本当に助けられた。今度から気をつけるよ」
でも次があっても自分はやはり同じ事をするのだろう、ドーンは心の中でそう思う。

「おや、もう帰っていたのか」
夕方、自警団所長は若い団員三人組が駐屯所に戻って来ているのを認め、声を掛けた。
「あ、所長」
「仕事が手間取って少し遅くなってしまったが、聞いたぞ。今日は大活躍だったそうじゃないか」
「いや、ま、まあ」
「もう、ラティったら照れちゃってぇ。所長、本当に二人共すごかったんですよ〜。もうドーンなんか敵のボスに捨て身で攻撃してたんですから!」
ミリーはまだ昼間の興奮が冷めきらない様子で身振り手ぶりを交えて戦いの様子を話し始める。それをうんうんと一通り聞き終ると所長は椅子の背もたれに寄りかかってほぅ、と溜め息をついた。
「そりゃあ、後始末が大変だったじゃろう」
「いや、そうでもありませんでしたよ。後の方は他の人がやってくれましたし」
実際、今日は戦いそのものよりも後始末に忙殺された時間の方が長かった。
ならず者が壊した庭先の壷や窓硝子の破片はあちこちに飛び散り、頑丈な扉が傷だらけにされた所もある。何より大男が倒されて残党はあらかた逃げ出し、村には負傷者と死者のみが残されていた。死人を村外れに埋めることには皆依存はなかったが、負傷者の扱いに関しては多少揉めた。殺してしまうべきであるという少々過激な意見もあって一時は皆それに引きずられかけたりもし、結局冷静にその場を仕切っていたマルトスの提案によって簡単に傷を癒して倉庫に閉じ込めておき、後で役人にでも突き出そう、という結論に達するまでに村人達は随分頭を悩ませた。だがもう一つ困ったのが血まみれのドーンとその鎧である。何しろ吹き出した血をもろに浴びてしまったので鎧は惨憺たる状態。それを洗い落とすのにも中々に時間が掛かってしまった。
「何だかんだ言って一寸筋肉痛気味ですけどね」
ドーンがそう首を回すとバキバキッと骨の鳴る音がし、うわ、すっごい音、とミリーが妙に感心する。
「そうじゃろうな、随分な大立ち回りだったらしいんだから。三人共疲れているだろうからそろそろ家に帰りなさい」
そろそろ交代が来る筈だから、と所長は土産だというプラムアップルを幾つかくれて三人を送り出した。

「お茶が入ったわよ」
ラティクスの母親がトレーに湯気の立つカップを載せて三人にそう声を掛けた。
「有難うございます」
こぼさぬ様気を付けながらミリーが受け取る。
「ゆっくりしていってね」
ラティクスの母親は何時でも優しい。そのおっとりとした物腰からは女手一つで家庭を支えているとはとても感じられない。
「しかし、今日の盗賊は楽勝だったな」
「何嘘言ってるのよドーン。一番危なかったの、あなたじゃない?」
ミリーはけらけらと笑いながらトレーを置く。
「そうだったっけか」
「とぼけないでよ、全く。・・・はい、お茶」
「おっ、有難う」
ドーンとミリーの二人は帰り道の途中ラティクスの家でお茶をご馳走になっていた。
だが明るい二人とは対照的に、ラティクスは物思いにふけっている様であった。
ミリーが首を傾げる。
「ラティ、どうしたの?元気無いわよ」
声を掛けられてもラティクスはああ、と心ここに在らずという感じで生返事を返すばかり。
「最近何時もこうなのよ」
母親は息子を心配そうに見て小さく溜め息をついた。
「直ぐに治りますよおばさん。それにこいつ元々結構ぼーっとしてるし」
彼女の心配を軽くしようとドーンが明るく言うと、少しだけその表情が晴れた。

「暇ってことは、平和って事だから、か・・・」
ミリー達が帰った後、ラティクスは床に入りながら呟いた。
彼にだって周りの皆が自分のこんな態度を心配している事位は解っている。けれども平和ということ、つまり変化の無い日常というものはエネルギーの有り余っているこの青年には退屈過ぎたのだ。が、この不満は解消される見込みの無い物であり、それ位の事は彼にも解っていた。
もしも彼がドーンの様に平和のありがたみを知っていたならばこんな不満を持つことは無かっただろう。だが今のラティクスにとって、何もない日常というものは苦痛だった。殉職した父の事を思い出す。そして日頃の己自身の口癖も。
(『父さんの分も頑張るから』・・・か。俺、本当に頑張ってるのかな?)
そんな悶々とした思いを抱えつつラティクスは眠りに落ちた。