SO Script ACT・1


奇病の影

「ほーんと、いいお日様」
ミリーの声に、外に出たラティクスは思わず目を細めて頭上に手をかざす。太陽は天頂を少し回った所だった。
駐屯所は村のちょっとした高台に位置するので、ここから村が一望出来るのだ。当然眺めはよく、買い物をしている婦人や走り回る子供達がはっきりと視認出来た。
今ここにいるのはラティクス達三人だけである。子供まで刈り出された昔程ではないにしても、この時期農業に携わる者達は非常に忙しい。それに加えクラトスはさして大きな村でもないので治安の問題も全く無く、ここに余り人がいるのも意味の無い事であった。
筈なのだが。
眼下から何かが耳をうった。
「・・・何だ、今の?」
「悲鳴・・・じゃない?」
ミリーが不審気にラティクスを見上げた。彼もそれに小さく頷く。
「あそこだ!ほら、川の所の・・・橋の近く!」
高台の縁の方までドーンが走って行って指をさす。
「どこだっ?」
そう、後を追ってラティクスは見た。
村の南の入り口から侵入して川辺に散開する、武装した男達と追われて逃げ惑う幾人かの村人達。
「あれは・・・」
ラティクスの考えを裏付けるかの様に再び、はっきりと叫び声が聞こえた。それは明らかに駐屯所へ向けて発せられたものだろう。
「と、盗賊だぁっ!!」
三人は顔を見合わせた。その表情が瞬時に緊張に引き締まり、各自の武器に手が掛かる。
「また村を襲うなんて・・・許せない・・・!!」
「よし、行くぞっ!」
「ああ!」
駆け出すと、遠目に住民達が慌てて家に入り内側から錠を下ろすのが分かった。
普通、村人達は武装していない。殆どする必要がないからである。村の外の魔物は農具で十分に対処出来るものであったし、村が襲われる事もそう多い事ではない。だから使うかどうかもわからない重い剣や盾を持ち歩くよりは肥料や収穫物をより多く運んだ方が効率的なのだ。
そして有事の際には一時的に自警団が敵を食い止めている間に必要に応じて避難するなり後から武装して加わるなりすればいいのである。
もっともこの場合は、今の時間村にいる殆どの人間が主婦や幼い子供など、全くの非戦闘要員なので純粋な避難であると言えるが。
住民の一時的な避難作業が迅速に行われているのにドーンはほっと胸を撫で下ろす。
これならば、まだ怪我人は出ていないだろう。
金髪の青年の胸中を昔の出来事がよぎったが、今は頭を振って追い出す。あれも、確かこんな夏の日だった。

《盗賊団》。真っ当に生きている人々から非合法に物資を略奪する、社会に適応出来なかった、或いはしようとしなかった者達が作り上げた武装集団。世界各地に存在するがその一つがクラトス周辺にもあった。大抵は素人が単に武装している程度、というだけできちんとした備えさえあれば、村の自警団で十分追い払うことが出来る。大概がごろつきの集まりなので二、三人腕の立つ者がいれば大した事もなかった。よって、ラティクス達でも十分に対抗できる相手の筈である。
しかし、かと言って決して侮れる相手でも又なかった。現に数年前の襲撃でクラトス側の住人にかなりの被害者が出た事はまだ記憶に新しい。
今は亡きドーンの最愛の妹もその被害者であった。
だから彼は自警団に入り少しでも村の平和に貢献しようとしていた。それは周知の事実でもあった。

自分達に向かってくる人影に盗賊の一人が怒鳴り声を上げた。
「誰だ、お前等!」
「盗賊団等に名乗る名前なんか無い!お前達、この村に入ってきた以上容赦しないからな。逃げるなら今の内だぞっ!」
三人と盗賊は川辺に対峙する。相手は二人。いずれも凶悪そうな顔をした男達である。
ロングソードを慣れた手つきで抜き放ち、ラティクスは語気鋭く言い放った。自分達より年下の、まだ成人もしていなさそうな少年に大きな口を叩かれてみるみる賊達の顔色が変わる。
挑発だ。
ドーンはゆっくりとラティクスより幅広、肉厚な大振りの剣を抜いて彼の隣に立ち、ミリーには目で木の横に隠れるように指示を送る。
少女がきちんと安全圏に入ったのを見届け、ドーンはひたり、と眼前を見据えて剣を構えた。
味方は恐らく村外れの農地に出払っているのでこの場での加勢は期待出来ない。
ラティクスとドーンは互いに目を合わせ、頷いて男達に向かって突進した。
ギィンッッ!
金属同士のぶつかり合う鋭い音が響き渡った。ミリーの表情が固くなる。
ドーンのロングソードを受け止めたのは一振りのダガーだった。しかし余り手入れされていないのか所々赤黒く錆びついている。
刃を合わせた時にそれを見て取ったドーンは警告を発した。
「ラティ、こいつは傷がつくと厄介だぞ」
「あぁ」
そうは言ったものの、決着は直ぐについた。元からの実力が違ったのである。
ラティクスがソードの柄で一人を殴り倒すのとほぼ同時にドーンがもう一人の腹を薙ぐ。
どう、と折り重なる様にして賊は崩れ落ちた。
「やったねっ!」
戦闘の終りを見届けて、ミリーが飛び出してきた。幼馴染み二人に怪我が無いかどうかを確かめる。幸い両者共に掠り傷一つ受けていなかった。
ドーンは剣の血糊を素早く賊の衣服で拭うと鞘に収める。ミリーへのささやかな配慮でもあった。
だが、ほっとした空気が流れたのも束の間の事。
「よくも俺の手下をやってくれたな」
聞こえてきたガラガラと耳障りな野太い声は、あからさまな怒気を孕んでいた。
どうやら他の賊が今の戦いを目撃し、慌てて首領格の人間を呼んで来たらしい。
ミリーは自分がここにいては邪魔になると判断したのか二、三歩下がって二人を見た。大丈夫?とその目が言う。二人は小さく頷いた。
「情けねえ。たった二人の小僧にてこずりやがって」
何人かの取り巻きを従えてゆっくりとやってきたそいつはがっしりとした体格を分厚い鉄板をリングで繋ぎ合わせただけの鎧を着込んでいて、いかにも、という感じの髭面を歪めて吐き捨てた。ドーンよりも背が高く、横幅はラティクスの二、三倍程はありそうだ。
見覚えのある顔だった。ドーンが激しい視線で睨み付ける。視線で人が殺せるというのならこの男はとうに死んでいることだろう。彼はラティクスにだけ聞こえる様に囁いた。
「奴だ」
ラティクスははっとしてこの友人を見つめ、そして囁き返す。
「そうか・・・無茶、するなよ」

戦闘は楽なものではなかった。
三対二と数の上では相手のほうが勝っていたし、流石に盗賊団の首領というだけあって大男の強さは先程倒した相手とは比べ物にならない。鋲を打った、その体に見合う大きな棍棒を振り回す相手に二人は攻めあぐねた。下手に手を出せば、剣などいとも簡単にはね除けられる。刀身を痺れる様な振動が襲い、ラティクスは何度か武器を取り落としそうになった。
「やあぁっっ!」
暫くして手下二人は何とか戦闘不能にさせたものの、いきり立った大男は更に力に任せて得物を振り降ろしてくる。直撃こそ受けなかったが棍棒の鋲に引っ掻かれて二人は手足に沢山の傷を負い、流れ落ちる血が手を滑らせ、動きを鈍らせた。
相手に中々決定的な傷を負わせることが出来ない。
「はっ!」
ドーンが高く跳び両手で剣を振り下ろした。防御をまるで考えない捨て身の攻撃。
「がぁっ!」
剣は見事に鎧の繋ぎ目に滑り込み血潮を吹き出させた。が、致命傷には未だ至らず。
苦し紛れに振り回された棍棒がドーンのがら空きの背中を襲う。だが彼には避けようがなかった。
「!」
割って入ったラティクスのロングソードが間一髪で弾き飛ばす。どすん、と大きな音を立ててそれは地面を転がった。
「なにぃっ!?」
得物を奪われた大男は不自然な程に狼狽し、どういう訳かふっ、とドーンと目が合う。
白目が黄色がかり、充血したその眼。
不潔でいやらしいそれをドーンは冷ややかに見返し、言った。
「容赦はしない。昔、お前も容赦しなかった」
両手に力を込め、渾身の力を振り絞って剣を捻り込む。
その時ドーンには相手を倒すことしか頭の中に無かった。怒りが怒りを呼び、益々両手に力が籠る。とめどなく流れ出る青黒い液体。ドーンは更に柄を半回転させ、倒れ込みながらひたすら体重をかけて押さえつけ・・・。
声にならない叫びを上げて大男はもがいていたが、やがてはた、と動きが止まった。


「やったか?」
そう駆け寄ってきたラティクスに問われて柄を握り締めたまま放心状態だったドーンはやっと我に返った。
「あ、ああ、そう・・・みたいだ」
力を入れすぎて白くなった手が剣から離れない。彼の鎧には返り血がべっとりとへばりついていた。