惑星ローク。
銀河の中心からやや外れた場所に位置するこの惑星は地球連邦によって定められた一規則、『未開惑星保護条約』に該当する、環境的条件の地球と極めて似通った緑豊かな場所だ。
条約によって保護されている事からも解る様にロークの文明は地球からしてみればまだまだ未熟なものである。実際、この星の人々は星の外、宇宙の存在すらも把握してはおらず空は聖域という信仰の対象ですらあったのだ。
だからロークはこれまで異星文明と接触したことは無い筈であったし、これからもその様な事は無い筈であった。
否、地球連邦はそう思い込んでいた。
1
「暇だなあ」
窓を通り抜けた風は温かく、柔らかく鼻をくすぐる。その中に様々な植物の匂いを感じ取ってドーン=マルトー十九歳は大きく伸びをした。一八一cmというやや大柄ながら人なつっこい顔が特徴的な青年である。
ここはクラトス村の自警団の駐屯所、石造りのこぢんまりとした建物の中だ。まあ自警団、と言っても時折ちょっかいを掛けてくる盗賊を追い払う程度の小規模なものではあるが。
彼は、ここに詰める自警団員の一人であった。
「なぁ、暇だと思わないかラティ?」
「暇って事は、平和って事だから」
ドーンに同意を求められたもう一人の青年、ラティクス=ファーレンスはぼんやりとした感じで答えを返す。薄青い、空の色の髪と瞳が印象的で、ドーンとは同い年である。この青年の父親はかつて自警団のリーダーであったが殉職し、現在彼はその父の後を継ぐ様に自警団に所属して母との二人暮しを営んでいる。素直、誠実、そして中々腕が立つと、村での評判も良い。
古木から切り出した机に頬杖をついて虚空を見つめるそんな友人の様子にドーンははぁ、と溜め息をついた。淡く、麦藁色に近い金の頭髪をばりばりと掻きむしって一呼吸。
「ラティ、お前、最近変だぞ」
「そうかな?」
「あぁ・・・。あ、お前まさか」
「何だよ」
「い、いや、別に何でもない」
ドーンは慌てて手をひらひらと左右に振るが、ラティクスはそれを気に留める風もなく、再び空中に視線を戻した。内心の同様をさとられずにほっとしながらも、ここ数日五月病の様な友人の有様をドーンはただ呆れて眺めていた。
彼等(つまりはドーンとラティクス)はフェルプール族の幼馴染みである。フェルプール、というとその近縁に当たる現在はめっきり数の減ったレッサーフェルプールのより進化した形だと考えられているが、そのいずれもが猫族の特徴を持った(我々地球人から見れば)亜人種である。やや尖り気味の耳朶と体毛の生えた尾を持ち、通常の生活様式は文化水準の程度の差はあれど人類と基本的に違う所は無い。惑星ロークの代表的種族の一つである。
ドーンはラティクスの様子に何か思い当たる節でもあったのか、暫く落ち着かなげに目をあちらこちらに移していたが先程暇潰しにいれた冷たいハーブティーを一気に飲み干すと、意を決したように口を開いた。
「なぁ、ラティ。お前ミリーの事、どう思ってる?」
「え?」
「友人として忠告しておくが、ミリーの事だったら止めておいた方がいいぞ。何せ・・・」
ミリー=キリートは、ドーンとラティクスの関係と同じく彼等の共通の幼馴染みの少女である。彼女の父マルトス=キリートはこの周辺でも名高い法術医であった。その父に倣い、彼女自身も法術を勉強している。
「大体ミリーはな、お転婆でおっちょこちょいで、嫁になんかしたら絶対苦労させられるタイプなんだ。それに人の気持ちに疎いくせに早とちりして勝手に思い込むもんだから・・・」
きょとん、とするラティクスにドーンは滔々と話し続ける。どうやらラティクスの様子をミリーへの恋煩いとでも勘違いしたらしい。
よって、ラティクスにこの話は全く通じていなかったのだが、その彼の訳が分からないと固まった表情に変化があった。パタンッと音を立てて少女が扉を開いたからである。
淡い薔薇のピンクの髪が軽やかに踊った。
大きな瞳が万物に対して向けられた好奇心の光を宿して煌めいて、その少女が大層活発的な性格であろうことを思わせる。服装はごく典型的な年頃の娘のものながら片手には持ち主が紋章術の使い手である事を示す杖。彼女が話題のミリー=キリートであった。
が、ドーンはその事に気付かないのかミリーの問題点について語り続けている。
「こないだなんかマルトスさんがぼやいてたぜ、あの性格がもうちょっと何とかならないかってさ。そうそう知ってるか、その時に聞いた話なんだけどさ・・・」
ミリーの目が三角になった。肩を怒らせてつかつかとドーンの背後に歩み寄り、そして一発ポカッと目の前の無礼者に拳骨をお見舞する。
「痛っ!」
「誰・の・話?」
「ミ、ミリーじゃないか。いつの間にいたんだよ」
「もう、目を離すと何言うか分からないんだから」
いきなり話題の主が現われ、てきめんドーンは狼狽した。
「いや・・・その・・・」
ドーンは慌てて弁解を始めるがしどろもどろでてんで文章になっていない。
「そんなに口が悪いと女の子に嫌われるわよ!」
「・・・・・・はい」
ミリーは憮然としてその前に仁王立ちとなっていたが、長年の付き合いからドーンの口の悪さとその裏に悪意の全く存在しない事を熟知している為にそれ程怒っているという様子ではない。
「・・・もういいわよ。それよりそんな事言ってる暇があったら仕事仕事!!」
どうやらその為に彼女はここに来たらしい。今までの話題はそこで終って、元気を取り戻したドーンが早速軽口を叩いた。
「こーんな田舎町でやることなんて無いって」
「見廻りでも行ってくればいいでしょ。ほら、私も一緒に行ってあげるから」
ドーンの態度に呆れたのか何なのか、とにかくぷんぷんと怒っていた顔を引っ込めてミリーは窓の外を指した。
青く澄み渡った空の下、クラトスはなだらかな山々の連なる地方。はるか遠くに盛り上がった地平線は青と緑の境界線でもある。
「何もないさ、平和なんだから」
ドーンはそうぼやきながらも半ば自警団員化しているミリーに睨まれてはかなわない、とばかりによいしょと立ち上がって強ばってしまった体を一度伸ばした。ラティクスもそれにつられて立ち上がる。
「これ、持ってく?」
「別にいらないよ。何が起こる訳でもなし」
ミリーが引き出しからスタンダードな回復薬として用いられている薬効のある木の実、ブルーベリィを取り出したがドーンがぱたぱたと手を振ると、ま、それもそうね、と再び仕舞い込む。
「でも武器だけはきちんと持って行ってよ、いざって時に丸腰でした、じゃ何の為の自警団だか分かんないんだから」
念を押されてラティクスも苦笑した。実は一瞬それを考えてしまったのだから。