SO Script ACT・0


予兆
時は宇宙歴三四六年。
最近の科学力というものはまことに進んでいるものである。彼は艦橋に設けられた彼自身の席、艦長席にゆったりと腰を掛けてしみじみとそれを実感していた。椅子は一見メタリックカラーのゴツゴツとした造りであるが、流石に計算され尽くしているだけあって座り心地はすこぶる良い。
この位置から見下ろす様にして彼が地球連邦から深宇宙探査船として与えられた艦のメインスタッフ達が持ち場に就いて各々の仕事を行っている。この艦がこうして何もない(と言っては語弊があるが)空間を航行していられるのも彼等あってこその事。このシステムを造り上げた者もそれを動かす者も、皆、優秀だ。艦は低い唸り声を発しながらも滑らかに進み続けている。
現在この艦は探査任務を遂え、帰途についていた。艦の内外は共に問題も無く艦長としての雑務もあらかた片付けてある。
(暇だからこそこの様な事を考えてしまうのだな)
そう、彼は母星・地球の風景を思い起こしていた。
空気は濁り、水も、風も淀んだ決して住み易いとは言い難い灰色の街。今回の任務で立ち寄った緑豊かな惑星とは全く正反対とも言える地に足のつかない営み。
けれども何故だろう?空間の真っただ中にいるとその星がとても懐かしい。
ホームシックではない。恐らくそれは船乗りが大地を恋しく思うのと同じ、人間の本能の様な物なのだろうか。

「艦長、コーヒーは如何ですか?」
隣から声が掛けられた。それにより彼は現実に引き戻される。
「有難う、いただくとするよ」
彼はそう横にたたずむライトブロンドの美しい女性士官を見上げて答え、カップを受け取った。艦内に人工的に発生させた重力によって黒い液体は柔らかな湯気を立ち上らせている。が、カップに口をつけた途端、突然緊急事態発生を告げる電子音が鳴り響き、その動きを凍りつかせた。
「艦長、未確認の巨大なエネルギーを発見しました」
即、乗組員の一人が状況を報告する。
「何処だ?」
「セクターガンマ、マーク三〇一、ポイント二〇九です」
「レゾニア領域か?・・・スクリーンに映せ」
緊迫感が艦橋を覆った。
広大な宇宙空間が目の前に大映しにされる。閃光が走る。
「あれは・・・惑星イセか!?」
信じられない光景だった。かつて惑星のあった場所で超巨大爆発が起こっている。眩しくてとても直視することが出来ない。そしてぼんやりと見ている暇は無かった。何時如何なる時も沈着冷静に対応するよう徹底的に訓練されたクルー達は直ぐに為すべき仕事を開始した。
「爆発の際の巨大なエネルギー波が本艦に接近!回避不能、本艦到達まで約45秒です!」
「シールドしろっ!」
「了解」
一体何が起こったというのか。遥か前方で発生した光る雲を中心として放たれた衝撃波が僅かなオーロラ色を伴って迫ってくるのをスクリーン表示が無情にカウントダウンして行く。シールドが間に合わなければ小さな探査船など跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。
「前方シールド、展開完了」
「後方シールド、展開完了」
「現在のエネルギー出力では防ぎきれません!」
「兵器の待機分もまわせ!いや、生命維持系以外は全てだ!防御を最優先にしろ!!」
「兵器設備チャージ分をシールド出力にまわしました。船首砲及び光子魚雷は使用不能」
「居住区域電力87%、作業区域電力36%をカット、シールド出力にまわします」
「エネルギー波接触まであと5秒、4秒、」
「全シールド展開完了、出力安定。このまま保持します」
「総員、対ショック用意!」
見る限りでは緩やかな波紋。虹色の衝撃波はゆっくりと拡大しつつ迫って来た。45秒とはこんなに長い時間だったのか、するべきことは全てやった、と彼は妙な感慨に浸る。後はただその時を待つだけ。
「3秒、2秒・・・来ますっ!!」
星一つを粉砕したエネルギーは半端な物ではない。圧倒的な力に呑み込まれて探査艦は木の葉の様に揺れた。艦全体が振動する音は身体の底からの恐怖を呼び起こす。艦の周りに張り巡らせたシールドが果たして人の命を守れるのか、いや、それ以前に艦の形を守り切れるのか。
時間にして約十数秒後。
次第に揺れが収まる。
艦は満身創痍の様相で、それでもしっかりとそこに在った。沸き起こる安堵の声、そしてそれに混じって艦の破損箇所が次々と報告され始める。
「何が起こったんだ・・・?」
決して軽いとは言えない損害状況が飛び交うのもまるで耳に入らない様子で、彼は呆然と惑星イセの残骸を見つめていた。
コーヒーカップは床で粉々に砕け、手には火傷を負っていたがそれにすらも気付かずに・・・。