White Tale



 シルヴァラントは雪に包まれた町だった。
 この冬の大陸を統治する王に謁見を済ませた俺達は、雪中行軍で消耗した体力を回復する為に数日間、この町に逗留することを決めた。
 部屋の中の暖かさとは裏腹に、外気は身を切る程に冷たい。防寒具なしではとても歩けたものではない寒さだ。
 それでもこの白い町は不思議と美しかったので、俺は外に出ずにはいられなかった。
 先刻降り始めた雪が、通りに既につけられていた足跡を隠していた。王城の近くですら、薄暗い夕方はその寒さの為に人通りが殆どない。
 俺は白い息を吐きながらゆっくりと、このシルヴァラントの町を歩いた。




「?」
 一瞬、何かが見えた気がした。
 それは城壁に沿って立つ高い建物の前のことだ。
 大きな針葉樹が建物の周りに小さな林を作っている。林の中は薄暗いこの周囲よりも更に暗く、人の気配も無論無い。普段ならば、気にも留めずに通り過ぎるのだろうが、一人でこんな町を歩いていたら静かな気持ちになってしまうものだ。
 気が付くと、足が向いていた。

 大樹の陰は雪から守られていて、冷気も幾らかやわらいだ感じがする。通りからはそう外れていない筈だが、そしてここは高い建物へと続く小道であるのに、辺りの雰囲気が不可思議なものに感じられて俺は戸惑っていた。
(さっきのは何だったんだろう・・・)
 気のせいだったのか?いや、しかし・・・
「おや、こんな所を人が通るなんて珍しい」
 はっとして振り向くと、今通り過ぎた場所に深い緑色の織物を被せた小さなテーブルと、そこに置かれた小さなランプ。そして真白く豊かな髭を蓄えた老人がいた。
「驚いた様じゃのう」
 老人は驚いた俺の顔を見て、さも可笑しそうに笑った。
「あれ、ずっとそこにいたんですよね?」
「ああ、いたよ」
 違う、と思ったが、かといってどこかに隠れていた様子はない。俺は話題を変えることにする。
「そこで何してるんですか?」
「さぁ、何をしとるんじゃろうか?」
 とぼけた老人である。
 その時、テーブルの上に置かれた小さな木札に気が付いた。
「ここ、お店なんですね。トラ・・・イエンブレム・・・売り物ですか?」
「ああ、これさ。創造神の力を呼び込むお守りだ」
 老人の指したのは三角形を象った薄青く光る紋章だった。今までに見たことの無い意匠のものだ。
「へえ・・・これって、幾らなんですか?」
 答えを聞いて、一瞬凍りついた。城が丸ごと買える、いやそれ以上の値段である。
「じ、じゃあこのサンタブーツってのは?」
「こいつは優れものじゃぞ、何と買った人は誰でもサンタクロースからプレゼントがもらえるんじゃ♪」
 俺が慌てて指した隣に置いてある赤いブーツだったが・・・流石にトライエンブレムの半分程の値段ではあったが、大金の半分はやはり大金である。
「売る気、無いんですね」
「いや、売るさ」
「じゃあなんでこんな値段・・・」
「神の加護と純粋な子供の心に無理矢理値段を付けてみたらこうなったのぢゃ♪」
 老人は全く飄々としたものだ。俺は頭を抱えたくなった。






「・・・っていう人がいたんですよ」
「そいつは面白いな」
「面白いですかぁ?」
「ま、世の中色々な人がいるということだな。それより、その創造神の紋章というのが気になる・・・」
 この世界に来てから紋章術を習い始めたロニキスさんは才能があったらしく、その術の強さは宮廷紋章術師を父に持つヨシュアと遜色無い。どうやら変な人よりも売り物の方に興味がある様である。
「サンタクロースですか・・・懐かしいですね」
 マーヴェルさんが何かを思い出す様に目を細めた。彼女が昔話をするのはとても珍しいことだ。
「昔はお人形とか、術に使うロッドを貰いましたわ」
「そのサンタクロースって、何なんですか?」
「あら、知りません?シルヴァラントに伝わるおとぎ話ですよ。年に一度、いい子達にプレゼントをくれるおじいさんの話です。そう、単なるおとぎ話だと言う人もいます。でも、実際に送り主の判らない品が子供の枕元に置いてあるっていう事が結構あるんですよ。ほら、ドゥルスのレミアちゃんが話してたでしょう」
 俺はシルヴァラントに来る前に立ち寄った小さな村の事を思い出した。ドゥルスは常に魔物の影に脅かされている村だ。一人また一人と住人の減っていくあの村でのたった一人の子供が、レミアであった。
 すぐ目の前も見えない猛吹雪に見舞われて俺達が転がり込んだのが、レミアの家だった。すぐ側に宿屋があったと判ったのは吹雪が収まった翌日の昼である。
 そこで、滅多に無い客を迎えてレミアは大はしゃぎだった。
 彼女は俺達の話を聞きたがり、そして沢山の事を話した。その中に、今年は銀のハーモニカを頼むのだという話があったことは、彼女が余りに熱っぽく語っていたので記憶にある。
「あ、・・・あの子が言ってたのはこの話のことか」
「ハーモニカなんて、かなり高いなものじゃないか」
「ええ。だから、頼むんですよ。勿論、100%くれるわけじゃないですから。純粋な思いでそれを願った時、奇跡は起こるもの・・・結構いい話だと思いません?」
 その口調とは裏腹にマーヴェルさんの顔がとても寂しそうに見えるのは何故だろうか。どう返していいのか困ったその時、丁度よくミリーが話に加わってきた。
「何の話?」
「サンタクロースの話だよ。ミリー、知ってたか?」
 客の少ない宿屋の談話室はほぼ貸し切り状態である。
「知ってるわよ。そろそろプレゼントの日だってルシオに聞いたもん」
 ルシオとはこの宿屋の息子である。どうしてなのかミリーと仲がよい。ルシオはドワーヴンブーツ欲しいんだって♪、と彼女は言いながら上階から降りてきたヨシュアにも意見を求めた。
「ヨシュアさんもサンタクロースって知ってるの?」
「サンタクロース、ですか。何でまたそんな懐かしい話題が・・・まあ、子供の頃にしか見えないものもありますからね。エリスが人形とか、術に使うロッドなんか貰ってたなあ・・・彼女の方がいい子だったんですよ」
 あれ、マーヴェルさんは何と言ったっけ?
 俺の中で何かが引っ掛かった。
「そういえば、マーヴェルもこの辺の生まれなんだな」
「え・・・」
 思い出した様なロニキスさんの言葉にマーヴェルさんの表情が硬くなった。
「あ、いや。マーヴェルは自分のことをあまり話さないからな。随分打ち解けたな、と思っただけさ」
 ロニキスさんは何かマーヴェルさんのことを知っているのだろうか。彼はマーヴェルさんの何か感情を殺している様な態度の扱いが上手い。
 今の言葉にマーヴェルさんの表情が和らいだ。そして、ヨシュアが驚いた顔をする。
「え?マーヴェルさんもシルヴァラントの生まれなんですか!どの辺ですか?」
「南の・・・ヴァンの国境の方ですわ」
「僕は父がここで働いていたので、この町のすぐ近くに住んでいたんです。じゃあ多分、同じ頃ですね・・・真紅の盾が来たのは」
 ヨシュアは顔を曇らせた。
「・・・あ、すいません。暗い話をしてしまって」
「ヨシュアさん、どこかに行くの?」
 彼が外套を纏まとっているのが気になっていたミリーが聞いた。
「ええ。真紅の盾に追われてからは、ここに戻ったことが無いんです。父の知人ならば、ひょっとしたらエリスのことを知っているかもしれないと思って。この前の謁見の時は慌ただしかったから、もう一度城に行こうと思うんです」
「そっか。故郷なんだよね」
「ここに来て、本当に色々な事を思い出しました。父も、母も、・・・エリスのことも」
 シルヴァラント。そこが深い思い出の地であることを、俺は知った。





 そして・・・悲劇が起こったのはヴァン城での謁見の日。


 大きな振動が城全体を襲った。
「な・・・一体何事だ!?」
 王の言葉に衛兵達が駆け寄るが、現在何が起こっているのかなどわかるはずがない。ただ、大気を震わせる唸り声の様な音だけが、この揺れが地震でないということを示していた。
 永遠に続くかと思われた揺れは、しかし徐々に収まり、床は元の平静さを取り戻した。
「ロニキスさん、これは・・・」
「私にも解らん。しかしこの感じからすると何かが爆発したような・・・いや、そんなことがある筈が無い。これだけの揺れは高等紋章術でも無理だ」
「じゃあ」
 どうして、そう問おうとした時ミリーが急にしがみついてきた。
「ラティ、あれっ!」
 悲鳴に近い声で指さす先に、影があった。

 瞬間的に魔物だと判断した。ミリーを後ろ手に庇って剣を構える。
 影は音もなく床の上を滑り、予想に反して少し離れたところで形をとった。女と蜘蛛の融合物とでも言える魔物は、その瞳に喜色を湛えてこう宣言した。
 お前達が幾ら魔界に刃向かったとしても、勝ち目は無い。
 我らが王は絶大な威力を持つ兵器を開発し、手始めに村の一つを潰してやった。
 これでお前達の敗北は決定的だ。せいぜいこの恐怖におののいているがいい!
「王、たった今ドゥルスが爆音と共に完全消滅したとの報告が入りました!生存者は絶望的とのことです」
「何だって?!」
 一瞬、目の前が真っ暗になった。
 寂れていたとはいっても、ドゥルスには人が住んでいたのだ。
「なんて事をっ!」
 俺が剣を振るう前にイリアさんが桜花八卦掌を撃ったが、魔物はすんでのところでかわし、高笑いと共に再び影へとその身を変えて姿を消した。
「降伏を勧告するでもなく、ただ自軍の優位を誇示しに来ただけなんて趣味悪いわね」
「そんなことを言ってる場合ではないぞイリア。しかしこれはまずいことになったな」
「その通りだ諸君」
 王は逃げた魔物の追跡と討伐を臣下に命じると、俺達に向き直った。流石は人の上に立っているだけあって、いち早く取り戻した冷静さには揺らぎが無い。
「非常事態となってしまったが、先程話した通り諸君等に各国家の王が託した紋章と今し方我が国が託した紋章。これらを持ってパージ神殿へと向かうのだ。真実を知る者には、必ずや真実の瞳が与えられるであろう。あれをこのヴァン・イ・イルやアストラル、ムーア、シルヴァラントに使われれば我々は魔物への対抗拠点を失うことになる。いかんせん時間が無い。頼んだぞ」
 俺は今すぐにでもドゥルスへと駆けつけたい気分だった。何が出来るわけではないだろう。しかし、この目でしっかりと確かめたかった。
 だが、事態はそれを許さない。だから、ただ深々と頭を下げることしか出来なかった。





 俺達は今、再びシルヴァラントを目指している。
 パージ神殿深層部で驚愕の「真実」の一片と真実の瞳を入手することは決して容易いことではなかった。だが、勿論不可能な事ではなかった。
 俺達は死を賭した戦闘を幾度となく繰り返しながら旧異種族の遺跡を彷徨った末にその目的を達し、ついに魔界への扉を開く地へと向かうべくこの道を辿っているのだ。
 以前と同じだった。同じ様にこの道の途中でかの村を経たのだった。
 ちらちらと舞う粉雪は本当の寒さの中でしか見ることが出来ない。
 灰色の空から途切れなく落ちてくる羽の様なそれらは、見事に哀しく無残な地を覆い尽くしていた。風が音を立てて地を駈ければ大きく雪煙が立つ。
 何もなかった。
 俺が立つのはかつてドゥルスのあった場所だ。唯一残った村の入り口を示す門を前にして、俺は、ひょっとしたらこの門の先の空間は切り取られて何処かへ持っていかれてしまったのではないかという疑問すら抱いた。それ程までにここには何もなかったのだ。
「畜生、本当に何もねーじゃないか!」
 シウスが寒さで嗄れた声で吐き捨てた。
「これでは生存者もなにもあったものではないですね・・・酷い」
 ヨシュアが痛まし気に目を伏せる。
 ミリーが飛び出して門を抜け、かつては人が生きていたそこへ、積もった雪に足を取られながら走る。そして立ち止まった。
「嘘でしょ・・・?どうしてこんなに何も無いの?私達、場所を間違えてるのかしら」
 俺はミリーの後を追ってやはり村の中心と思われる場所に立ち、ぐるりと辺りを見回した。三方向を崖に囲まれたこの地形は見間違えようもない、確かにドゥルスのものだ。
「ミリー、確かにここだよ。ここが、ドゥルスだ」
 ミリーは信じられないといった風に(俺だって信じられない)ふらふらと歩いていき、首を振った。誰よりも優しい彼女はこの光景にショックを受けたのだろう。
「今日はここで野宿する?」
「あ、イリアさん。・・・そうですね、今夜は吹雪きそうですし」
「艦長達が今、よさそうな場所を探してるわ。崖の隙間に風のしのげる場所がありそうだって」
「イリアさんはこういうのって平気ですか?」
「平気って・・・平気なわけないじゃない」
「そうですよね。すいません変なこと聞いて」
 彼女は俺を凝視して、俺の思いを看破したらしい。
「ああ、そういうこと。私達の文明は多分、もっと危険な兵器を持っているんじゃないかってことよね」
 外套の襟を掻きあわせた。
「持っている。必要とあれば艦長はそれを使うことが出来るわ、勿論場合によるけれど」
「人って、こんなにあっけないものなんですか・・・こんな、こんなのって酷いじゃないですか」
 イリアさんに言っても仕方のないことだということは解っていた。ただ、彼女の冷静さに無性に腹が立ったのかもしれない。
「弱者に価値が無いなんて、私は思わないわ」
 俺は肩をそっと押された。
「さあ、行きましょう。ミリーちゃんも一緒に・・・風邪を引くわ」



 その夜、俺は寝ずの番をかって、焚火の炎を見つめていた。とても眠れなかった。
「ミリー、寝た方がいいよ」
「なによ、ラティだって眠れないんでしょ?」
「うん、まあ・・・」
 ミリーが毛布を被ったまま隣に座った。
「それに寒くて寝られたもんじゃないわよ。ここの方がいいわ」
 それきりどちらも口を開かなかったので、枯れ木のはぜるパチパチという音だけが聞こえる。吹雪くかと思われた雪は、夜中にはすっかり止んで上には嘘のような満天の星空が広がっていた。
「ラティ」
「何?」
「絶対に魔王を倒そうね。許せない」
「当たり前だろ」
「うん。・・・ねえ、明日さ、レミアちゃん達のお墓作ろう。この村の人達みんなの」
「そうだな。せめてお墓くらいないと浮かばれないもんな」
 墓と言っても何も入るものは無い。だが、形ばかりのものでも無いよりは随分とましだろう。ヴァンやシルヴァラントの調査隊はそこまで気が回らなかった様だから。
「あ、そうだ。今夜ってさ、サンタクロースの来る夜なんだよ。知ってた?」
「サンタクロース?」
 そんな話をしたこともあったかもしれない。ひどく昔の事に思えるけれども。
 ミリーは少し笑って先を続けた。
「そ。こんな夜に鈴のついたソリをトナカイに引かせて来るんだって。真っ赤な服を着たおじいさんが」
「じゃ、そのサンタクロースってのは還暦なんだな」
「・・・それ、ひょっとしてボケてる?」
「・・・うん」
 氷よりも冷たい視線を投げ掛けられるかと覚悟したが、予想に反してミリーはけたけたと笑いだした。
「そんなに可笑しいか?」
「うん、可笑しい。よかった、ラティがいて」
「どうして」
「なんかね、怖かったんだ。私達って自分よりも強いものには、本当に取るに足らないものなんじゃないかって。そしたらドーンやお父さんのこと思い出しちゃって・・・同じことだから。でも、そんなこと関係ないもんね。私は私で、ここにはラティがいるんだもの」
 そうか、ミリーも俺と同じことを考えていたのか。謎の第三勢力、彼らから見れば俺達は単なる資源に過ぎない。そして地球・・・あの星にとって、俺達の存在は一体どれ程の価値を持つものなのだろうか・・・。
 そう、自らの価値は絶対的なものでなければならない筈なのに、俺はそれを他に求めていた。だから怖かった。
「実は俺もさ。俺は強くないから、どうしようもなく怖くなる」
 イリアさんみたいに強くないから、その言葉は口に出さなかった。

 その時、ある気配を感じた。
「誰だっ!?」
 キュッキュッと雪を踏み締める音が近づいてきたかと思うと、雪明かりでぼんやりと明るい中にある人物が顔を出した。
「あなたは!」
「こんな所におるから誰かと思ったらお前さんか。奇遇じゃのう」
「それはこっちの台詞ですよ。なんでこんな所にいるんですか?」
 そこにいたのはシルヴァラントのあの老人であった。
「ラティ、誰?」
「おや、可愛い子じゃの。彼女かい?」
 老人にからかう様な声をかけられて顔に血が上る。ミリーにはあの変な人だよ、とだけ囁いた。
「・・・と、とにかく火にでも当たって下さい。寒いでしょう」
 しかし老人は首を振った。
「今夜は時間が無いので遠慮しておくよ。ありがとう」
「こんなところで一体何をしているんですか?」
「さぁ、何をしとるんじゃろか?」
「からかわないで下さい」
「まあそんな怖い顔で睨みなさんな。年寄りはもっと大切に扱わないとのう」
「睨んでませんってば。それで何してるんですか?こんな夜中に危ないじゃないですか」
 俺の追求に、老人は真っ白な髭をしごきながら困った顔をした。
「いや・・・この村のレミアという女の子を訪ねてきたんじゃ」
「あ・・・でもこの村は・・・」
「解っておるよ、お嬢ちゃん。ここにはもう何も無い・・・それは解っていてもなあ・・・どうしても立ち寄らずにはいられなかったんじゃよ。それだけじゃ」
「じゃあ、レミアちゃんのおじいさんなんですか」
「いや・・・そういうわけでも無いのじゃが・・・ひょっとしたらお前さん方、レミアを知っておるのか」
「ええ、まあ」
「そうか・・・あの子を覚えている者は皆いなくなってしまったかと思ったが・・・本当に奇遇じゃなあ・・・」
 老人は泣き笑いのような顔で一人ごち、俺達に向き直ると懐から一つの箱を取り出した。
「もしよければ、これを受け取ってもらえんじゃろうか?」
「これは?」
「儂があの子にあげようと持ってきたものじゃ・・・もうどこに持っていけばよいのかわからなくての。あの子を知っている者に受け取って欲しいんじゃ」
「え・・・でも俺なんかが貰っていいものじゃあ・・・」
「いや、その方があの子も喜ぶじゃろうて」
 老人は厳かに、その箱を差し出した。俺はそれを受け取っていいものかどうか迷ったが、隣のミリーが小さく頷く。
「貰ってあげようよ。その方がレミアちゃんが喜ぶっていうなら」
「・・・じゃあ、いただきます」
「ありがとう」
「開けてもいいですか?」
 老人は目で肯定した。
「これは・・・!」
 簡単な包装の中から出てきたのは雪明かりに輝く銀のハーモニカであった。
「ハーモニカって・・・これってサンタクロースの・・・」
「・・・知っておったのか。これはな、あの子が今日貰うはずだった儂からのプレゼントじゃ。生きておればの」
「でもおじいさんは」
「赤い服を着ていなければソリも無いと?当たり前じゃよ、そんな格好をしたらすぐに見つかってしまう。儂はそれほど派手ではないのでの」
 さっきの会話を聞いていたのだろうか、老人、サンタクロースは可笑しそうに笑った。見慣れたあの笑いだ。しかし今、俺とミリーは信じられないものを見ているのである。
「じゃあ、儂はまだ仕事があるので失礼させていただくとするよ。本当にありがとう。お前さん達の行く道に創造神トライアのご加護があらんことを」
 そしてサンタクロースはもう一度柔らかい笑顔を見せると、瞬きした次の瞬間にふいとかき消えた。
「消えた・・・」
 改めてみれば、足跡一つ残ってはいない。
「俺達、夢見てるのかな、ミリー」
「ラティ、そのハーモニカ貸して」
 ミリーは俺から夢ではない証拠にしっかりと感触のあるそれを受け取ると、「ちゃんとあるわ」、そっと唇を当てた。柔らかい音が流れ出す。
「やっぱり夢じゃないんだよな」
 銀のハーモニカの音は雪に吸い込まれて響き渡りはしなかった。ただ、静かに小さな曲を奏で続ける。耳を傾けていると哀しさと言い様のない怒りがないまぜとなて心を満たす。まだ小さかったレミア。あの子に開かれた未来は果てしないものだった筈だ。
 曲が終わった。
「ミリーって音感あるんだな」
「なによ、悪い?」
「いや」
 そうだ、俺達がとるに足らないものかもしれないなんて、どうして思ってしまったのだろう。この村の一つの幸せを消す権利が、誰にあるというのだろう?あれは決して消されてはならないものなんだ。
 俺は許さない。もう二度とこんな事を起こさせはしない!

 空には星の海が、静かに広がっていた。




-------翌朝、俺はうつらうつらとしている所をシウスに起こされた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。火は?」
「平気だ。それより眠かったら交代しろよ、・・・って、ミリーに交代させたのか?」
「ミリー?いや、違うけど」
「じゃあ、なんでそこに座ってんだよ。風邪引くぞ」
 シウスはミリーを呆れたように見る。
「そうだ、これ、お前のじゃないか?さっき蹴っ飛ばしちまったよ」
 差し出されたのは手のひらに収まる小さな革袋。「俺の?」心当たりのないままに開くと転がり出たのは三角形をあしらった青い紋章。
「トライエンブレム・・・」
 お前さん達の行く道に創造神トライアのご加護があらんことを。
 そう、老人は言っていた。
「それ、何だ?」
 これ・・・これは・・・。
「多分、サンタのプレゼントさ」
「はあ?」
 俺は白銀に輝く朝日の中で、ミリーを起こしにかかった。

-Fin-



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