Virtual Persona
老人は、生まれた瞬間から老人だった。
少年は、生まれた瞬間から少年だった。
二人の姿は、死ぬ瞬間まで変わることはない。
少年は少年らしく振る舞い、老人は老人の仕草を繰り返す。
それが演技でなくて何なのか。
演技の末に生まれたものが完成したVirtual Personaでなくして、一体何なのか?
1
「ねぇ、カマエル。何か話してよ」
「・・・話、か?」
それは唐突な要求であったが、深い水底にも似た真っ青な瞳を向けられて老人は・・・ほぅ、と一つ溜め息をついた。
朱に染め上げられた空が、高い塔の上に座る二つの人影を黒く浮き上がらせている。老人の隣りに座り、同じ様に何も無い虚空に足を降ろしてしきりに振っていた少年は、遥か下方に広がる大地に何の恐れも抱いてはいないらしい。吹き上げてくる風に身を任せ、老人の言葉を待っている。いや、実は何も待ってなどないのかもしれなかった。それ程に、この要求は意味の無いものであったから。
カマエルは記憶を辿る様に、禿頭に在る幾つかの眼を細めた。こんな風に少年と在ったのは一体何時のことだったろう。恐ろしく昔の様な気もすれば、つい最近のことだった気もする。『永遠の空間』の記憶はとかく曖昧で、それは老人の頭の所為にすることは出来ない筈だ。
「そうさなぁ・・・何かあったかのう・・・」
カマエルはゆっくりと口を開いた。穏やかに嗄れた声が紡ぐのは何処にでもありそうな、とある寓話。
さして楽しい筈ではないそれを、それでもサディケルは面白そうに聞いている。話そのものよりも、老人の淡々とした口調に身を任せることを楽しんでいるらしい。
きちんと並んだ二つの影は、祖父と孫のそれだった。
たとえ足下に広がるのが酷く焼け焦げた廃虚であったとしても。
「こんな所にいたのか、お前達」
振り返った二人が見たのは民衆統括用素体だった。見かけによらない落ち着いた物腰でやって来たハニエルは、眼前に広がる風景にちょっと目を留めてサディケルの隣で歩を止める。
「こいつはいい場所だな。ネーデに劣らない絶景だ」
「でしょ〜♪戦闘組には内緒にしといてね」
「この時間はここがいいんじゃ。ほれ、ハニエルも座ってみぃ」
「ふむ」
あっさりと頷いて二人と同じ様に座ったハニエルに、カマエルが訊く。
「それで、何か用でもあるのか?儂等を探していたんじゃろう」
「・・・あぁ。お前達に調べて欲しいことがあってな。どうもこの様子からすると」
とハニエルは下方を指し示した。
「この星には知的生命体が生息している様だ。そいつがどんなものなのか、情報収集を頼みたい」
植物の緑が大地の広範囲を覆っていたが、黒煙を上げる箇所がある。自然物が燃えている風ではなく、目を凝らせば半ば崩れかけた建造物らしきものも見えた。クォドラティック・スフィア落下時に穿たれたクレーターの跡も生々しい。
「確かにあれって人工物だよねぇ。・・・そういえば、ここって結構大きな街みたいだったみたいだし」
「あぁ、一体何がいるのかを確認しておくに越したことはない。この辺りの地理もよく解らんし・・・用心しておいて悪いことはないからな」
ここはネーデではないのだから、と彼は付け加えた。ネーデからの力の供給が絶たれ、加えてクォドラティック・スフィア精製に相当なエネルギーを消費した今、いかに超絶的な力を持つ十賢者と言えどもその能力はかなり低くなっている。
「さっすがハニエル様、用意周到だね。でも、ここの生き物がヒューマノイドかどうかは怪しいところだよ?僕達の格好、あんまり役に立たないかも」
「その時はお前達の方で適当に何とかしてくれ」
小首を傾げるサディケルにハニエルは無責任にも言い放つ。少年は肩を竦めてぴょこんと飛び起きると、老人の袖を引っ張った。はいはいとカマエルはそれに付き従い、重そうに腰を上げる。
「じゃ、とりあえず行ってくるね。その内帰ってくるから」
「あぁ。・・・一応、気を付けろよ」
「え、何に?!」
少年に素っ頓狂な声を上げられて、ハニエルの顔が難しくなる。
「お前に言った俺が馬鹿だった。カマエル、ラファエルの分析によればこの星からは紋章石の妙な反応が出ているらしい。多分この星に来た時に事故ったクォドラティック・キーのかけらだろうから、その辺も注意しておいてくれ」
「わかっておるよ」
「な〜る、そういうことなら僕だって知ってるさ。馬鹿にしないでよね!行こ、カマエル!」
この場合の注意とは、クォドラティック・キーに関する情報収集を指す。憤慨したらしい少年は、後も見ずにバルコニー状に張り出していた足場から出ていった。
「・・・にしても元気がいいのう」
カマエルが呟くと、ハニエルは苦笑いして「さっさと行ってくれ」とばかりに片手をひらひらと振る。
そこで老人もまた、案外身軽にバルコニーを歩いて半開きの扉を手で押し、サディケルの走って行った方に向かった。外の緋色とは正反対に、この星における拠点として造り掛けの塔(後にエルリアタワーと呼ばれることになる)は、蒼い床と碧の壁を淡い照明の中でぼんやりと輝かせている。この塔は元々以前から彼等が居住区域として用いていた場所を、適当に張り巡らせた足場の上に配置しただけのものなので、あまり使い勝手のいい造りとは言えない。具合のいいフロアごとに積み重ねられ、それぞれのフロアは数十メートルを移動するエレベーターによって繋ぎ合わされている。地上に降りる経路は一つしか無かったが、三フロア下ってもサディケルの姿は見られなかった。
随分足の速いものだな、とカマエルは一瞬思い、そして随分足を速く動かす気になるものだな、と訂正した。全く、そんなに急ぐ様なことなのだろうか?床材を舐める程の長さのローブをさばきながら、カマエルは薄暗いフロアの中でエネルギーの束が光の柱と見えるサークルに足を踏み入れた。
全身がエネルギーに搦め捕られて下に引っ張られていく。数瞬の後、彼の体は元々この場所にあった建物のものである、赤い絨毯の上にあった。
その部屋にはいびつにのたくった根の様な足場が、至る所に張り巡らされて上方の質量を支えている。もしもこの場をエルリアで最大だった建物だと知っている者が見たならば、余りの変わりように愕然としたことだろう。が、それは老人には全く関係の無いことだった。彼はこの光景に何の感銘を受けることも無く部屋を後にする。
出口と思われる方に歩いていると、周囲の絨毯には黒っぽい染みが出来ている。目で追っていくと、直ぐに折り重なった一つの何かが目に入った。実は今まで下に降りてきたことのなかったカマエルは、ゆるゆると近づいてそれを手にした杖で裏返してみる。
金属音と共に丸い兜が転がり、腐臭が立ち上った。小さな白い虫が穴から零れ落ちて赤い絨毯に転がる。
既に腐敗の始まっている物体は、ハニエルの言うところの知的生命体なのだろう。それがヒューマノイドであることを確認してカマエルは安心し、物言わぬ物体を無造作に放り出して出口へと向かうことにする。いずれ、この辺りの始末は潔癖症の気のあるルシフェルがつけるだろうから。
そのまま大きな四枚の絵画が飾られている大広間の階段を下りかけたところで、ようやく少年の姿を発見した。
「カマエル、遅い」
広間の中央に立ってこちらを見ていたサディケルは、何かを手に握っていた。が、カマエルは文句に素知らぬ顔をして、歩みを変えようとはしない。そんな老人の様子には少年も慣れているのか何も言わなかった。
「何ぞ面白いものでも見つけたか?」
「まぁね」
ようやく隣にやってきたカマエルに、少年はそれを見せた。幾つか赤黒い染みが目立つものの、随分と新しそうな紙である。かなり大きく、広げるとサディケルの胸から下を覆って床を引き摺る程だった。彼がそれを裏返すと複雑な線図が現れる。
「地図みたいじゃの」
「うん、そこにあった死体が持ってたんだ。結構役に立ちそうじゃないかい?」
ばさりと床に地図を広げながら、微妙に得意げな表情を浮かべる。(この表情は一体何なのか)
地図の内容は幸いなことに、二人に理解出来るものだった。元々の図の上には赤や青で沢山の文字が書き込まれ、ある所には斜線が引かれ、何かの為に、ヒステリックなまでに使われていたらしい。乱雑な文字であったが判読も可能だった。延焼、焼失、避難、壊滅、隕石、とまぁ陰惨な言葉が至る所に舞っている。多分これは、クォドラティック・スフィア落下時の被害を記したものなのだろう。彼等はそのクォドラッテック・スフィアをしかるべき場所に配置する際にこの建物の上に土台を造ったのだが、先程のヒューマノイドは恐らく地図を持って外部から様子を見に来た際、何らかの事情で息絶えてしまったのだ。例えば、そこの柱の影で蹲っている、肉食獣に似た何やら奇怪な生物の犠牲になったことだって充分に考えられる。
二人は頭を突き合わせて、現在地が地図上で何処にあたるのかを考えた。その上、縮尺もよく判らなかった。
「やっぱり隕石落下地点って書いてあるのがここなのかな?エルリアっていうやつ」
「成程。この地図からすると近くには『城』がある様じゃな。文明レベルとしては随分と原始的らしいの」
「だね。ここがエルリアってことにすると、出たらお城は直ぐ近くみたいだ。無事そうなのは・・・うん、この辺りだから、現地人はこっちに移ってるかも・・・」
サディケルが示したのは、『避難』の二文字が横に添えられた太い矢印の先だった。その一帯には緑の斜線で埋められている。他が真っ赤になっているのに対して、そこだけが酷く目立っていた。カマエルは軽く頷いて、もう一度じっと地図を見つめ細部まで記憶する。この地図を持っていくつもりはさらさら無かった。
もう用の無くなった紙切れをその場に残して二人は広間を抜けると、外に続いていると思われる通路を進んでいった。とりあえず先程の推測に基づいて現地人と接触する為である。
2
家族をしきりに呼ぶ声や怪我人の洩らす呻き、啜り泣きが疲れ切った群衆に充満している。痛みに耐え兼ねて泣き叫ぶ、聞いているほうが顔をしかめそうな声も方々から上がっていた。武装した兵士達はひっきりなしに走り回って何とか掻き集めてきた物資を輸送し、或いは声を張り上げて医術の心得のあるものばかりでなく剣士や紋章術師を募ったり、治療所の案内を行っていた。
大惨事が起こってから既に一週間以上が経過している。
この事態におけるエル王の対応は、非常に速やかかつ的確なものであったと言えるだろう。エル城がクォドラティック・スフィアの直撃を免れたのが幸いとなり、彼はすぐさま軍を率いて民衆の保護と混乱の防止にあたることが出来たのだ。
しかしクォドラティック・スフィアの影響によってエル王国最大の都市であるエルリアはその半分が壊滅、残りの中心地を主に含んだ半分も衝撃によって半壊していた。人が多く集まる場所なだけに被害は甚大である。当初壊滅・半壊区域からの避難民は無事であった区域に集中したが、エルリア中心部が異様な変貌を遂げ、更に突如凶暴化・魔物化した生物が周辺を徘徊する様になった今では、エルリアという都市自体が放棄された。人々が最も安全であると思われるエル城下に殺到した為に、避難地となった城下は現在超過密状態にある。
「隊長、薬が足りません!」
「道具屋を探せ、それから城から持ちだした薬が本部にはまだある筈だ!」
「了解!」
「それからっ、調合とサバイバルとファミリアが出来る奴にも協力を頼んで治療所に集合させろ!!」
矢継ぎ早に指示を飛ばす隊長に兵は頷き、開け放たれた扉から直ぐに人込みに紛れて消えた。
目の下にべっとりと隈を付けた隊長は頭を軽く振ってテーブルに向き直る。元スキルギルドであった建物の中には即席の作戦会議室が設けられて、広げられた大きな地図に現在の状況が次々と上書きされていく。ここは城下に十数箇所造られたエル軍司令支部であった。本部を中心として、各支部が一定範囲の避難状況の確認を受け持っている。
たった今出ていった兵とは入れ違いに伝令が駆け込んできて折り畳んだ指令書をテーブルの上に置くと、ここの要員の差し出した書類を受け取って次の支部へと向かうべく駆け去っていった。
「このままだと、用水池は一ヶ月持てばいい方でしょうな。それに食料が絶対的に不足している・・・何とか避難民を分散させないと。周辺からの救援物資がどうなっているのか本部に問い合わせてみましょうか」
隕石落下当初に運悪くエルリアに居合わせた男、その階級章はぼろぼろになってしまってよく判らないが、頬の生傷も痛々しい兵士がしきりに計算を続けながらいらいらと言う。支部周辺の避難民の人数と残り少ない生活物資の量に冷汗を掻いているらしい。そんな彼の姿を三日間は、ずっと見続けている様な気がするが、つまりそれは三日は寝ていないということだ。民衆と同じ様に、彼等の気力と体力も限界であった。それでも今、休むわけにはいかない。
「ノアの使える紋章術師が見つかれば、水には苦労しないでしょうねぇ・・・」
「この状態が長くは持たないことは本部も解っているだろう。我々は、とにかく怪我人の治療と物資の調達確保にあたらなければならん」
隊長は指令書を開くと押し黙って目を通す。目が乾き、痛くて仕方がなかった。
「何て書いてあるんです?」
「・・・エルリアの半壊区域から物資を掘り出してこい、だそうだ」
「エルリア?あんな所に行くんですか?無気味な建物が出来たっていうし魔物が出て危険ですよ」
「ここが一番近いからな。物資は絶対的に足りないのだから仕方あるまい」
「まあそうですけれど」
エルリアの危険性についての話はそこで打ち切られ、隊長はもう一つの命令を周囲に告げる。
「それに動ける者から周辺の町村に移動を開始するらしいぞ!王の令状だ!!」
この状況への突破口に、一同ほっとした表情を浮かべた。
「ここの受け持ちは南西の六町村だ。避難民の名簿作成はグリアルに任せる」
「成程。では早速受付を設営せんといかんな。誘導は誰がやる?」
頭の天辺が少々寂しい男が兵士の名簿を部屋の隅に転がしてあった袋の中から取りだすと、小気味よく捲り始めた。
「やはり地元の人間がいいだろう。魔物の危険もある、一箇所に十人は欲しいな」
「・・・なるべく早く出発させた方がいいですね。明日には第一隊を出立させましょう」
「あぁ、君は経路を決めてくれ。それから鳩も飛ばしておかないと」
「その辺りは私と彼とで手配しておきます。それじゃドゥーファは物資調達の方の指揮を」
男は今までペンを走らせていた計算用紙を脇にどけると新しい用紙を取りだして、計画を練り始めた。
「ほら、はやく始めて下さいよ。時間は待っちゃあくれないんですよ!!」
「あ・・・あぁ、何かぼぅっとしちまった・・・やばいなぁ」
ぴしゃりと両頬を叩いて活を入れる。疲労は痛覚すらも微妙に鈍らせていたが、何とか意識がはっきりした。この支部にいる指令階級の人間は三人だけだったので、ドゥーファと呼ばれた隊長は急いでスキルギルドを出ると避難民の間を縫いつつ、向かい側の兵士待機場所になっている建物に入る。
人々で窮屈な往来とは対照的に広間には兵士が一人、忙しく書き物をしていた。彼が入ってきたのにも全く気付いていないらしく、机に覆い被さった背中は殺気立ってすらいる。
「ここにはもう人手は無いな?」
思わず確認口調になってしまったが、ぎっとドゥーファを見上げた兵士はその意図を汲んだ様だ。はい、と掠れた声で応じる。誰も彼もが疲れ切っていた。物資調達を兵士に任せようにも皆出払っていて割ける人員などありはしないのだ。
ドゥーファは頷いて了解したことを伝えると踵を返し、再びスキルギルドに顔を突っ込むと出掛ける旨をがなり込んでエルリアに向かうことにした。危険なエルリアに一人で向かうと知った中の兵士達が慌てるのがわかったが、気にせずにその場を後にする。使えるものは猫でも使いたい状況だったので、ドゥーファは迷わず自分を使うことにしたのであった。
四五日前はかなり混乱していたエル城下は、これでも今ではかなり落ち着いてきている。往来には地べたにうずくまった市民が累々としていたが、大きな道では通行に殆ど支障無かった。彼等の方でもひっきりなしに行き来する兵士の邪魔をしないように、幾許かの配慮をしているのであろう。ドゥーファは周囲に目を配りながら馬を進めた。それはこの混乱の数日間に、幾度かエル城とエルリアを往復する際いつも駆ってきた早馬だ。今は簡素な荷台を牽かされているが、これ程の非常時でなければ有り得ない事である。
ドゥーファは少しでも手を空けられそうな兵はいないかと探してみたが、間の悪いことに新しい避難民の一団がこの区域に流入してきたらしく声すら掛けられる状態ではない。
一瞬自分も支部に戻った方がいいのではないか、という考えが過る。しかし人数が増えたならば物資の需要も増えるのだ、と考え直し、同時に自分一人で行くしかないだろうという結論にも達した。
彼は手綱を握り直した。なに、自分には使い込んだフレイムブレ−ドがある。
力無く歩む人々の間を逆走して進むのはかなり骨が折れたが、何とか昼頃には目的地に着けそうだった。
次第に幅広の道は瓦礫で覆われて、馬の足と木枠の車輪には過酷なものとなっていく。彼の受け持っていた支部は避難区域の中で最も隕石(と彼等は認識している)落下地点に近い場所であったので、当然エルリア半壊区域への距離も短い。一週間以上が経過した今、行方不明者の捜索をとうに打ち切った人々は物資の配給が受けられる避難区域に移動したのでこの辺りに人影は無かった。周囲の空気は悪臭を含み淀んでいる。
隕石落下による衝撃波で建物の屋根という屋根が吹き飛ばされ、二階建て以上の建物の殆どが崩れていた。恐らく地面の揺れも激しかったのであろう。無数に走った地割れに注意を払って馬を進めていた彼は、あまりの危なっかしさに馬を降りていちいち足場を確かめなくてはならなくなった。地面に降りると、嫌な匂いは益々酷くなる。ものの腐った匂いだった。多分食料品や、瓦礫の下に埋もれた数多くの遺体が腐敗しているのだ。
町はしん、と静まり返り風すらも止まっていた。立ちのぼる悪臭と馬が神経質そうに鼻を鳴らす音によってこれが悪夢でないことを確認し、華やかであった町のあまりの変わり様に暗澹たる気持ちになる。やはり一人で来るべきではなかったのかもしれない。そんな思いを振り払って馬を引く。
エルリアはドゥーファの故郷であり、町並みの大方は知っていた。そこで彼が真っ先に向かったのは薬屋の店舗である。この分だと食料品は保存食以外は全て腐っているだろうし、急を要しているのは薬だった。
同系列の店というものは、よい場所を占めるために案外何軒か固まっているものである。様変わりしてしまった場所で特定の建物を見つけるのは思った以上に困難であったが、ドゥーファは辛うじて瓦礫に埋もれた薬瓶の看板を発見することに成功した。周囲が崩れてこないことを充分に確認すると、馬を繋いで中に入る。
店の中では棚という棚が倒れ、無論その中に収められていた薬品類も散乱していた。当然だが気付け薬やリキュールボトルの類は割れてしまっている。特に回復率の高いリザレクトボトルが全く使い物にならなかったので、彼はがっかりした。だが、ブルーベリィやキュアポイズンの内の幾つかは回収出来たのでよしとするべきか。幸いだったのは余りの恐怖と混乱の所為で店が略奪を免れていたことだ。
床に屈み込んで持参した布袋に薬を掻き入れていたドゥーファは、倒れていた棚の下から変色した腕が突きだしているのに気付いて動きを止め、短い黙祷を捧げた。この骸は客だったのか、それとも店の主であったか。かつて訪れたことのあるこの店を思い浮かべ、彼はここに薬の貯蔵庫があることを思い出した。
あれは確か・・・記憶を辿った結果、判明したのはその場所はたったいま冥福を祈ったばかりの遺体の下であるということ。
そこで短い逡巡を経て、彼は自分の任務を遂行することにした。
3
思考がループする。
私は与えられた単純な命令にすら従うことが出来ない。
己の目を潰し、この喉を掻き切ってしまいたい。私は無能ではないのだから。
思考は同じ経路を辿って起点へと帰結する。
時は進み、立ち止まることは許されないにもかかわらず、円環を破壊する事は出来ない。
道具をくれ。
私にこの下らない環を切り捨てる鋏をくれ。
あの者の意志に毒されておらぬ刃を。
時間が無い。
暗い部屋の中で黒衣の男はうろうろと歩き回り、細やかな頭髪を掻き毟るが事態は一向に変わる気配が無かった。頭の中では電流がのたうち、どこかに打ち付け割ってしまいたい衝動に駆られる。
『永遠の空間』から出てからずっとこの調子だった。
やつの姿が目に入る度に、やつが言葉を発する度にだ。右手が奴の喉を締め上げようとすれば左手はそれを捕まえてへし折ろうと力を込める。理由を探ろうと思考しようにも、あちこちの脳細胞は一斉に意見をまくしたてて過負荷のかかった神経は苦痛という名の悲鳴を上げる。
正直言って黒衣の男は疲れきっていた。
彼は常人ならぬ努力を払い、必死で考え続けた。自らの選びとらねばならない行動とそれを阻む理由について。そして答えは視える筈だった。
けれども視えなかった。
感極まった背には紅い陰が明滅し、周囲を真空混じりの風が荒れ狂う。それはこの連日、幾度となく繰り返されてきた行動。
そこに何の前触れもなく一つの影が現出する。目深に被ったフ−ドの下で二つの眼が発光し、暗い部屋の中で一際目立つ。
「・・・ラファエルか」
外見すら人外のこの素体は、ルシフェルの行動を特に不審がる素振りも見せず、いつも通りに本日行なわれた十賢者の活動について報告を終えると直ぐに失せた。
相変わらず腹の中では何を考えているか解からない素体だ。しかしラファエルもまた、あの者に毒されていることに変わりない。ルシフェルは再び強い苛立ちを覚えた。
ただの独りで、どうやってこの状況を打破しろと言うのか。誰か助けてくれ。
4
「カマエルと僕ってさ」
サディケルはきらきらとした髪の毛と滑らかな頬を横に傾けて、老人を見上げた。見通しのよい地平線には太陽の端が僅かに引っ掛かっている。
「なんじゃ?」
「実は同い年なんだよね」
「はぁ、ま、当たり前じゃろう」
カマエルは自分のかさつき骨張った指で、頭を掻いた。少年は大きな目を更に大きくする。
「だよね〜。でもさぁ、どうしてこんなに違うのかな。僕、絶対カマエルの方が僕より年上だと思うんだ・・・精神年齢なんてあんまり違わないとは思うんだけどさ、やっぱり年上、って感じがするんだよ」
「そんなもんかの〜」
「うん」
サディケルは頷く。十二、三才の少年の仕草そのものだ。
「不思議だよねぇ。何だかカマエルってすっごい頼れそうな感じがするんだもん。戦闘能力だったら多分ハニエル様の方がずっと強いけど」
「そりゃあ儂は情報収集が専門じゃからの」
「でも、頼れそうなんだよ。・・・頼れそうっていうより、ほのぼの〜って感じかもしれないな」
よく解らないことを言ったサディケルは何でだろう、ともう一度呟く。カマエルは眼を細めて少年を見た。無論、視力が悪い訳では無い。少年そのものの仕草を自然とするサディケルと同じ様に、彼には自然と老人らしく振る舞う癖がついているだけだ。
「それで?」
「ううん、それだけ」
ざくざくと瓦礫を踏みしだきながら二人は歩く。
一応、塔の中の一体を含めて何体か目にした遺骸を参考にした変装は行っていた。カマエルはやや数の多い眼を幾つか隠し、サディケル共々粗末なローブを纏ってこの星において『普通』と思われる格好をすっかり板に付けている。
「いないねぇ、現地人」
「まだ塔から全然離れておらんからな。エル城とやらに付くのは明日になりそうじゃの」
「だねぇ・・・と、こんな所にいいものが♪」
サディケルが目に留めたのは、車のくくり付けられた生物だった。こちらを認めて警戒しているのか、しきりに鼻を鳴らす。少年は視線で馬を黙らせ、ついでに凍りつかせると近寄って長い首を撫でた。
「馬みたいだね。これに乗っていけば、きっと時間の短縮になるよ。ま、僕等が本気で走るのには到底及ばないだろうけど」
どこで誰が見ているのか解らない状況で、あまり異常な行動をとるのは民衆に紛れての情報収集の得策ではない。その点、馬での移動が誰が見ても普通の移動方法だろう。おまけにこの生物には荷台まで付いていて、明らかに交通手段の一つとしてこの星では扱われているのだ。
サディケルは注意深く周囲を見回してこの移動手段の持ち主がいないことを確認する。
「目撃者、無〜し。それじゃカマエル乗って」
「ほいほい」
苦労する振りをしてカマエルが荷台に上がろうとすれば、サディケルはそれを押し上げる。きちんと老人が安定を得たのを見届けて、サディケルもまた御者席に乗ろうとした。
「そこに誰かいるのか?」
聞こえてきた誰何に、サディケルは顔を向けた。しかし誰もいない。
あるのは壊れた建物だけだ。
こちらに話しかけてくる以上、知的生命体であることに間違いは無いので少年はカマエルに馬上にいるようにと合図して壊れた扉をくぐった。
「誰?」
子どもらしい高い声で、現地人の存在を確認する。
扉の中には沢山の棚が折り重なって倒れていたが、人影は無い。不思議に思って歩き回ったところで棚の影になって見えなかった穴を見つけた。
「誰?」
「まさか、生存者がいるとは思ってなかったな」
薄暗い穴の中から、一人の男が顔を出してきてこちらを向いた。精悍な顔立ちの男だった。
サディケルは二回素早く瞬きをすると、その表情を完全な《少年》のものへとすり替える。
「さっきの声はおじさんだったのか。じゃあ外の馬もおじさんの?」
「そうだが・・・」
「なんだ、そうだったんだ。あのさ、僕のおじいちゃんがもう歩けないっていうから・・・乗せて行って貰えないかなあ・・・っていうかもう乗せちゃったんだけど・・・」
少年がとても申し訳なさそうな顔をしたので、男・・・ドゥーファは気にすることはないと手を振った。
「そりゃあ勿論構わないよ。こっちの用事が終わってからでいいんだったらな」
サディケルはしゃがみこんで穴の中を覗く。
「おじさん、こんな所で何をしてるの?みんな『避難』したんだよねぇ・・・」
「俺はエル城の兵士さ。薬を取りに来たんだよ、城の方では避難民が多すぎて色んなものが足りなくてな。・・・そうだ、君、よければ手伝ってくれないかい?お駄賃はずむぞ?」
男に悪戯っぽく言われて、サディケルはこっくりと頷いた。これは願ってもいないチャンスである。
まずはこの男から出来るだけの情報を引き出し、現地人の文化を知って次の活動に役立てることが出来る。万が一へまをやっても、その時は始末すればいいだけの話。ここで人が一人死んだところで誰も気に留めはしないだろう。
「いいよ。僕は何をすればいいの?」
「俺がここから運び出す荷物を、馬車に乗せてくれ。壊れ物が入ってるから気を付けてな」
「わかった」
「重いぞ・・・大丈夫か?」
「だいじょ−ぶだよっ」
さして重くはない麻袋を、よろよろとしながらサディケルは荷台に運ぶ。それを見たカマエルは、話が聞こえていたのだろう、その袋を開けて中をあらためた。
「これがこの星の薬か。ネ−デのものと変わらないの」
「ここもきっとネ−デ支配下の星だったんだ。よかった、僕達が紋章術使っても多分怪しまれない」
気苦労が一つ減ったとばかりにサディケルは顔を綻ばせ、次の荷物を受け取るために戻っていった。
「・・・なるほど。ご苦労なさったんですな」
「まぁのう。やっとのことで壊れた家から脱出出来たと思ったら、周りには誰もおらなんだ。この孫だけじゃ」
「でもエルリアを突っ切ってきたなど・・・あの塔の下をよく無事に通ってこられましたなぁ・・・」
「いやいや、休んでいるところをいきなり狼みたいなのに飛びかかられて、荷物は全部置いてきてしまいましたわい」
計五軒の薬屋と道具屋を巡ってドゥ−ファがそれなりの収穫を得た頃には、日はとっぷりと暮れていた。それでもアイテムの回収作業は予想以上にスム−ズに進んだと言えるだろう。それもこの二人のお陰だ、と彼は心の中で感謝した。
崩れた家屋の中に五日間も閉じ込められていたという少年と老人は、かなり疲れて見えた。それにもかかわらず、少年はリスの様に走り回って荷物の積み込みを手伝い、老人はその仕分けを受け持ってくれたのだ。これでエル城下につけば直ぐに各治療所への配給をすることができる。
夜の行程は危険であったが、のんびりとはしていられなかった。
ゴトゴトと揺れる荷馬車の上で、ドゥ−ファは少年に二〇〇フォルの『仕事料』を払い、彼等は他愛の無い話をしながら月明りの下をエル城下に向かって進んでいる。老人は疲れの為か口数が少なく、少年もまた時折舟を漕いでしまっては慌てて目を覚ますということを繰り返していた。眠ればいいのに、というと昼間の魔物が怖くて眠れないのだ、と言う。そこで自然にドゥ−ファが喋ることが多かった。勿論彼自身も相当疲れていたが、御車席に座る以上眠れない。
「隊長さんは紋章術使えるの?」
目蓋が半分下りてしまっている少年、サディケルが欠伸混じりにそう聞いてきた。
「俺は使えないよ。向いてないし、大体身体に紋章刻むってのがどうにも嫌だね」
「ふ−ん。じゃ、こんな所に一人で来るなんて、すごく強いんだ」
「それ程でもない。エルリアにいた兵士達の大半が被害にあって、人手が全然足りないだけさ」
「でもその剣、すごく格好いいよ?」
これか、とフレイムブレ−ドを手にしてドゥ−ファは笑う。
「この剣は紋章術の村、マ−ズの逸品さ。ま、こいつだけは俺の自慢だ」
カマエルは刀身に刻まれた紋章に目を走らせる。炎の力を刃に付与する紋章だ。確かにこの星は紋章術文明であるらしく、そしてこの知的生命体が十賢者を脅かす存在だと判断する材料にはならなかった。
そうと解かった以上、目的の殆どが達成出来たと言ってもいいだろう。時間は限られていたが、あと重要なのはその裏付けとクォドラティック・キ−についての情報収集のみ。急ぐことはなかった。
「カマエルさん」
「はい?」
カマエルは思考を一時中断し、手綱を握っているドゥ−ファの背中に向かって返事をする。
「お疲れのところ大変でしょうが、明日から、近くの町村に避難民の移動が始まります。城下では満足な食事すら出来る状態じゃないですから、一緒に移動してはどうでしょう。頼れる人がいるなら、無理に勧めはしませんが」
「はぁ、ありがたいことです。是非そうさせていただければ・・・ただ明日出発というのは辛いですな・・・」
「やはり、二、三日休んだ方がいいですか」
「なに贅沢は言いません。水と眠る場所さえあれば」
「その水すら不足しがちなんですよ、城下では」
「とんでもないことですな」
「全く」
「おじさん、何か来るよっ!!」
ドゥ−ファの隣に座ってカンテラを掲げ、前を見ていたサディケルが警告を発した。
はっとして目を凝らすと道の脇に巨大な獣らしきものが、口元から淡い紅色のブレスを漏らしながらこちらを向いている。
「まずいな・・・」
彼は少年と老人を見遣った。
「馬車を全速力で走らせれば振り切れるか?」
おそらく無理だろう。かと言って、ドゥ−ファ一人で倒せる相手でもなさそうだった。こちらには守らなければならないものが多すぎる。体勢は明らかに不利だ。
「あいつには、どんな紋章術が利くと思いますかな」
「・・・カマエルさん、貴方は紋章術を?」
「もう随分使っておらぬから保障は出来かねるが・・・まだ時間はある、落ち着いて唱えてみますじゃよ」
もごもごとそういった老人の言葉に一抹の不安を覚えながらも、ドゥ−ファは幾つかの術を提案してみた。
「エルリアで襲われた時には、呪紋唱える暇なんて無かったからね・・・」
ぽつりと呟いたサディケルの言葉に益々不安になる。
「だ、大丈夫ですか?」
「頑張ってみますじゃ」
老人は御車席のサディケルと交代して座ると、呪紋を唱え始める。万一に備えてドゥ−ファはフレイムブレ−ドの柄に手を掛け、前方を見据えていた。
魔物は二十メートル程先に立ち塞がってじっとこちらを見ていた。いまにも飛びかかってきそうでドゥ−ファの緊張は限界にまで高まる。
「エナ−ジ−アロ−っ!」
その時、裂帛の気合いを込めて老人は術を解放した。
エナジ−アロ−特有の闇色をしたエネルギ−奔流が魔物に収束していったかと思うと魔物は恐ろしい声を上げてその場から飛び退る。
「久々の一発は効いた様ですの」
逃げ出した魔物にほっとしたらしく、老人は深く息を吐き出す。
が、ドゥーファにしてみればそれは実に幸いなことだった。老人には失礼だが、あの程度の術では却っていきり立った魔物が攻撃してくるという事態も考えられたのだ。
「急いだ方がいい。サディケル君、飛ばすから気を付けるんだぞ」
「うん、おじさん」
少年は頷いて、急速に遠ざかっていく魔物の姿をぼんやり見つめた。それは闇の力に内から焼き尽くされ、とうに息絶えている生き物の抜け殻だった。
5
「ドゥーファ!心配しましたよ!!」
「一人で行くなんて何を考えておるんだ!」
スキルギルドの扉を潜った途端これだった。燭台の煌々とした明かりの下、隊長は幾人もの部下に怒鳴りつけられる。
「無事に帰って来たんだからいいじゃないか」
「いくら非常事態でもやっていいことと悪いことがあるでしょうが!わたしらは指揮を執れとはいいましたが、自分で行けとはひとっことも言ってません」
たちまちにしてドゥーファの前には大量の書類が突き出され、目を通すことを要求された。
「・・・これは?」
「今日から始まる避難計画ですよ。今、ここで承認して下さい」
「アルイ、そんなに急がなくても・・・」
少し位休ませてくれ、と首を振ったところで彼はあることを思い出した。
「サディケル君とカマエルさん、入って下さい」
外から何事かと覗いていた少年がいいの?と首を傾げた。頷くと老人と手を繋いでやってくる。
「この人達は?」
「エルリアからの避難者だ。物資回収と魔物の撃退を手伝ってもらった。大変疲れている様だから、是非ここで何日か休んでもらおうと思ってな」
「まぁ・・・それは構わんだろうが・・・隊長が出掛けてからこちらも少々事情が変わった。先に説明させてくれ」
少ない毛を手で撫で付けながら、避難計画を担当していた兵士が老人と少年に椅子を勧めたので、二人はそれに従って部屋の隅に座った。
「実はな、急に魔物の被害が続発した。主に城下に来る避難民達がやられたんだが、この調子だと魔物はどんどん力を増してくるだろうというのが、本部の結論だ。だから他町村への避難を出来るだけ早く完了したいと・・・その為にも隊長がおらんと困るというのにだなぁ・・・」
話している内に切れかけてきた兵士を抑え、頬に傷のある男アルイが書類の束を示す。
「ですから、とっとと片付けて下さい。とりあえずこれをやったら寝かせてあげますから。隊長がきちんと仕事やってくれれば、私達も仮眠とれたんですけどねぇ」
「わかった、わかったから。・・・それじゃ、誰かそこの二人に食事を・・・あ、俺のもくれ・・・それから薬の方はここに少しと、あとは治療所に配って来るように」
真夜中をとっくに回っているというのに、スキルギルド内外は昼間の様に明るく、物々しく、そして騒がしかった。供されたスープとパンを食べながら、少年は物珍しそうに書類と格闘しているドゥーファを眺めている。
「大変そうだね」
「ま、仕事だからな。すごくうるさいだろ、中々眠れないかもしれないが、すまんな」
「全然。魔物が出るよりいいもん」
サディケルはそういいながらパンをちぎって口に運んだ。二度も魔物に襲われたというのに、屈託のない少年だ。
「これ、隊長さんの邪魔をしちゃいかんだろうサディケル」
「は〜い」
それきり少年は静かにしていたが、やや経ってすっかり食べ終わると椅子から降り、スキルギルド内のあちこちを歩き回って、地図を見たり兵士と話したり、なんとも元気である。ついには外に出ていってしまったので、さすがに老人が慌てて席を立った。
「まったくあの子ときたら落ち着きがなくて・・・連れ戻してきますわい。いや、やはりお邪魔でしょうから、儂等は外におることにしますわ」
「しかしそれでは体にきついでしょう」
「いやいや、こう見えても根は丈夫でしてな。なに、大したことはありません。第一皆様に迷惑ですじゃ」
「・・・それじゃあ、毛布ぐらいは持って行って下さい。あと、是非早めに避難することを勧めます。その時はここに来て下さればいいですから」
「ほんとに何から何まで・・・」
カマエル老人は何度も頭を下げながら、外に出て行った。
「ソ−サリ−グロ−ブ?ふ〜ん、そういう名前なんだ」
あのクォドラティック・スフィアが魔の石、なんて可笑しすぎる。しかしサディケルは内心、感心した。考え様によっては当たらずとも遠からず、と言った感じだ。現地人のネ−ミングセンスの悪さに苦笑したが、勿論相手にその真意は伝わらない。
「まぁ、長ったらしい名前ではあるけどな」
見回りの兵士が返した的外れの応えは無視する。
「その隕石は、今どこにあるの?」
「エルリアだよ。どうもソーサリーグローブが落ちた辺りに変な塔が出来たらしくってな、気味の悪いことだ。ま、その内に軍隊がエルリアの変な塔を一斉攻撃してソ−サリ−グロ−ブを調べてくれるから、何も心配することはない。君は早めに、落ち着いて避難するんだよ」
そう言った男は、飴玉を一つくれた。
「わかった」
サディケルは無邪気に笑うと向こうからやって来た老人に手を振る。
「これ、駄目じゃないか!勝手に歩き回ったら」
「は〜い」
「兵隊さんすいませんねぇ。お忙しいところを」
はいはい急ぐよ、とカマエルはサディケルの手を引いて一つ目の角を曲がる。ついで足早にもう一つ角を曲がった。殆ど真っ暗な横道に人はいない。しばらく歩いてから立ち止まった。
「・・・・・・さて」
「どうしようか」
繋いでいた手を離し、二人は小さな声で相談を始める。
「クォドラティック・キーの情報なんてここで手に入るとも思えないけど・・・二手に別れる?」
「そうじゃな。落ち合うのは今から二十六時間後、あのスキルギルドでいいかの?」
「オッケー」
サディケルは頷くと、駆け出して角を曲がっていった。どうしてあんなに元気なのだろう、とカマエルはまた思う。
6
詳しい情報収集が終わったら、早々に帰ってしまいたかった。
ここ二十時間ばかりサディケルは、にこにこと笑いながら数えきれない人々との接触を繰り返している。しかしそれ自体が苦痛なのではない。
家族を失った子供の振りをして涙を流し、或いは健気に笑って見せれば誰もが哀れに思って警戒心を解く。余りにも簡単に欺ける『ひと』。欺き自体は好きでも嫌いでもなく、呼吸と同じ様に自然に振る舞うだけだった。
楽しい話をすれば愉快になる。
悲しい話をすれば表情は暗くなる。
完璧だ。
しかしひとと話していると、どうも自分の中で考えが噛み合わない感じがするのだ。今までもそういうことは幾度となくあったが、実際に仕事をしていると『変だ』という自覚が強く出る。だから帰りたい。
例えばここの兵士達。懸命に働く彼等にはまったく感心する。好感すら持て、その態度は素直に少年のものとして発現した。しかしその態度と『この星はいずれ消滅する』という知識が微妙な反発を見せている。
少なくとも昔は感じなかったことだ。
多分カマエルはそんな事思わないんだろう。だから羨ましい。だから頼れる様な気がする。冷静に考えてみればそれはとてもおかしなことだが、二人で座っていた時の安堵感は本物だった。それだけは断言できる。
はっきり言って、最近自分はおかしいのだと思う。
二十五時間後、スキルギルド近く。
やるべきことを終えたカマエルは一人、ひっそりとした路地裏を歩いていた。
サディケルとの合流時間はもう直ぐだ。その後は避難民に紛れてこの町を出て、丁度いい所で姿をくらませばいい・・・地面を見つめながらそんな事を考えていた彼は、ふと足を止めた。
ここに在るべきではない気配がする。
ゆっくりと視線を上げると、前方には予想通りのものがひっそりと立っていた。
鮮やかな銀髪と真紅の眼はいつもと同じく威圧的でありながら、その面は病的な程蒼ざめていた。常日頃から陶器の如き肌ではあったが、これは異常である。
「ルシフェル様?どうしてこんな場所に」
いきなり目の前に現れた青年に少なからず驚いたカマエルは首を傾げたが、ルシフェルは驚いたことに蹌々とすらしてこの老人に近づくと噛みつく様に言葉を吐いた。
「お前に尋ねたい事があってここまで来た」
耳を疑う。彼が一体何を自分に尋ねようというのか?
「でしたら呼んで下されば、こちらから出向きましたものを」
「いやいいのだ」
ぎらぎらと輝く眼にカマエルはただならぬものを感じてとりあえず頷くと、青年は更に奇妙な事を訊いた。
「今のお前は老人か?」
「はぁ・・・まぁ外見的には」
「そうではない。『今』、お前は何をしている」
「・・・儂は情報収集活動の為に一介の老人を演じておりますな」
「ではそのままで聞け」
元々、ルシフェルにはよく解らない節がある。ガブリエル程ではないにしても、彼の世界は自分を中心に回っているのだ。にもかかわらず、この青年は老人よりも上に立つ。ルシフェルの言葉の意味が解らないままに、しかしカマエルは頷いた。
生気を失った顔のルシフェルは言葉を発した。
「ガブリエルとは何だ」
雲一つ無い濃紺の空に星々は撒かれ、さんざめいていた。乱立する人工物の陰に切り取られた四角い空だが、そこから降りてくる光は十分に明るい。異様なルシフェルに対してカマエルはゆっくりと問い返した。
「ガブリエル様のことで御座いますか?」
「私は、『生』の先人たる《老者》の貴様に尋ねている。ガブリエルとは、何だ」
「何がお聞きになりたい?」
「その本質を。その存在を。我らにもたらすものを」
「・・・・・・本気か?」
「答えよ」
「老人の戯れ言じゃぞ?」
「無論だ」
敵意すら感じるルシフェルの言葉に揺るぎは無い。
その表情と、今までに自分の見聞きした情報を目まぐるしく分析しながら--そう、情報分析位彼にだって出来るのだ---カマエルは、ある厳然たる事実に気付いてしまった。
「・・・・・・なれば、仕方ない・・・」
カマエルにとってはガブリエルと同様、ルシフェルもまた絶対の力を持つ者だった。有無を言わせぬルシフェルの態度に、彼は仕方なく深呼吸を繰り返す。それは意識への強力な暗示。
完璧な演技は時に本能すら押さえ込むことが可能である。《カマエル》としてプログラムされた人格の、かなりの部分を演技に呑ませることをも。
老人は彼の持つ内のたった二つの眼、平凡で茫洋と煙っていて何故か綺麗な老人特有の瞳によって、ルシフェルを視た。この眼の前では、例えルシフェルであろうとも一介の青年となる。
「ガブリエルとは得体の知れないもの」
先程まではあれほど大きく聞こえていた往来の騒めきも、この一言によって消えて無くなった。
「我らは演ずる様に造られておる。少年を、老人を、青年を、そして壮年を。或いはそれ以外の何者かを」
ルシフェルの無表情だった顔が崩れ、片眉が跳ね上がる。
「それは我らがネーデ人の為に造られたからじゃ。人と関わる為に我らは相手の目を見、時にその心を汲み取らねばならぬ。この行為は実はあらゆる生き物と何ら変わること無く、我らはあくまで一つの生き物。例え儂やサディケルの様に"演じ分け"ておっても、我は一つ」
老人は虚空を見つめながら、
「だがガブリエル・・・いや、ランティスは」
淡々と言葉を紡ぐ。
「"あの日"以来誰の目も見ず、己の目は常に自身の内に向けられておる。あれは一つの生き物ではない。あれは得体の知れぬもの」
ルシフェル以外の素体にとってガブリエルとは服従すべき対象であった。ガブリエルの中にランティスが巣喰う様になってからは、《創造者》の意味をも付け加えられて、ガブリエルは更に絶対の存在となっていた。本来ならば口が裂けても言えない言葉であり、これを発することは素体としての自己同一性を危うくするものでもある。
「最早あれはガブリエルでも、ランティスですらもない」
くくっ、とルシフェルが嗤った。
「つまりあれは欠陥品なのだな。生き物ですらない・・・」
「それは儂には解らぬ。
しかし心を持つということは、己と他者を確認することじゃ。自分以外のものを確認しなければ不安で仕方なくなる。我らでさえもそれを持っている。が、あれの中にはそれが無い。
いずれの日にかあれが我らにもたらすものは破滅のみ。尤も、我らに破滅という言葉が似合うかは解らぬがの」
ルシフェルはなにがおかしいのか更に声を立てた。老人はそれきり何も言わず、そんなルシフェルを見ていた。
「貴様は人が欲しい言葉を弄するのに長けているのだな」
ひとしきり笑った後、ルシフェルは目の前のカマエルを嗤笑した。老人は平然と答える。
「それが人生の師たる《老人》の役目であるが故のこと」
「では更に問おう」
だらりと下げた両手を交叉させ、無気力そうにこちらを向いて射殺す程の視線を投げ掛けてくる。
「私は監視用素体として、いかれたガブリエルを排除せねばならない。貴様の言葉通りに、奴はもはやガブリエルではなく、使い物にならない筈だ。ネーデとの接触は近い、私は早々に手を打たねばならない。
しかしあれのバグは事実でありながらはっきりと目に見えぬ。
私は手を打たねばならない。しかし確信が持てないのだ」
それは《老人》にとって予想済みの言葉だった。以前録音したものをもう一度再生させた程度にしか、情動を覚えない。そして異常なほどの無感動さでルシフェルは続ける。一言一言、事実を読み上げることで彼は一体何を得ようとしているのだろうか。
「そして尚私を混乱させることにあれの一部は我らの造り主であり・・・そして・・・そしてフィリアに他ならないではないか」
全く信じられないことであるが、何が彼をそうさせたのか、青年の紅い眼から透明なものが流れ落ちるのを見た。
「こんな状況を私は設定されていない。しかし私は判断せねばならない。
私は何を演ずればよい。どの役目に従って動けばよい?答えよ。
あぁ全くこの私がバグりそうだ」
今夜は不思議な事が起こる。
外見こそ若く造られているとはいえ、地位も力も自分より遥かに持っている相手に助言を与えるなど、普通に考えれば有り得ることではない。おまけに青年は酷くプライドが高いのだ。いっそバグってしまえばどんなに楽なのか、彼はその可能性を考えただろうか。老人は失笑した。全く何ということだ。
「ルシフェル、そなたは好きな様に振る舞えばよい。何者にも縛られないからこその《監視用素体》ではないのか?そなたの演ずべきものは、得体の知れぬ者への服従ではない筈じゃ」
「それは解る。けれども私に造り主を殺める力は無い」
「ジレンマというやつか、柄にもない。ルシフェル、聡明であるべきそなたには既に解っている。
何が最も重き事なのか・・・残骸だけの造り主と実際に壊れているガブリエル。比べようもない筈ではないのか?
儂はそなたの為に今、《老人》を演じておる。演ずれば、これ位のことは出来る。それが例えガブリエルの否定であってもじゃ。そなたならば、これがいかに辛いことか解るだろうが」
長い沈黙が降りた。
その間も、カマエルは必死に《老人》たるべき自己暗示をかけ続けている。気を緩めれば本来の素体たる《カマエル》に戻ってしまい、これほどの暗示を再び掛けるのは暫く無理になってしまうだろう。今、暗示を解くべきではないのだと、《老人》のカマエルは考えた。《カマエル》だったならば考えない様な事を、時に《老人》は勝手に判断してしまう。
それが演技というものだ。
「私の為すべき事はたった一つというわけか」
蒼ざめたままのルシフェルは絞り出す様な声で自身を結論づけた。
「それは酷く難しいことだ」
「それを為すのがそなたの実力・・・そうではないのか?」
あっさりと返してくる老人に対し、青年は呆れた様にふ、と微笑した。
「貴様は、まったく大した奴だな。
・・・・・・恐らく私がガブリエルを始末しようとすれば、貴様達は《ランティス》を守るだろう。それでは流石の私も少々煩わしい。貴様、私に就く気は無いか?ガブリエルの呪縛を往なせる貴様ならば不可能ではなかろう」
《老人》は眼を見開いた。それがあまりにも意外な申し出であったが為に、一瞬心の均衡が崩れそうになる。浅い呼吸を必死に繰返し、今にも主導権を取り返そうとしてくる《カマエル》を押し留める。
「・・・買い被りだ・・・幾ら儂でも、そこまで耄碌は出来ないんじゃよ。今の言葉を忘れられる位には惚けておるがな・・・」
ルシフェルの誘いはガブリエルへの反逆。そしてランティスの残骸は、ルシフェルと同じく他の素体を縛りつけるものなのだった。二重の命令を無効に出来る程の基礎を、情報収集素体たる《カマエル》は持っていない。
「・・・さぁ、もういいじゃろ?・・・面会時間は・・・終い、と、しよう・・・」
「そうか。残念だ」
塀に寄り掛かって頭を抑える老人に、ルシフェルの表情など見えなかった。音声だけが辛うじて捉えられるのみ。
血の色をした羽根を広げた気配がし、老人は苦痛の時間の終りを知った。
「礼など言わぬ。自らの首を絞めた愚か者に相応しい言葉ではない」
冷ややかな言葉の割には優しい風が周囲を吹き抜けて行き、やっとのことで《老人》が顔を上げれば、誰もいない路地裏が広がっているばかりであった。
「カマエル、カマエル!」
甲高い声が脳に突き刺さってゆっくりと起き上がると、少年が心底ほっとした表情を浮かべた。
「大丈夫?」
「ん?」
「ん?じゃないよ、五分も遅刻して。こんな所で倒れてるなんて一体何があったのさ!」
サディケルは不審そうに、狭い路地裏を見遣った。幾ら力が落ちているとはいえ、十賢者を気絶させることなどそうそう起こりはしない。
サディケルに助け起こされながら、ルシフェルと交わした話の内容を覚えていることをカマエルは感じた。やろうと思えばそれは薄い壁一枚で隔てられているだけだから簡単に思い出すことが出来る。今もこうやって意識を向ければ直ぐに・・・と、そう考えた所でカマエルはその行為を止めた。
思い出してはいけない、と《老人》は主張していた。
絶対に思い出してはならない、消去すべき記憶であると彼は云う。
「・・・やれやれ」
頭が割れそうに痛む。思い出してよい記憶ではなさそうだったので、カマエルはその意志に従うことにした。それにしても、頭痛に紛れてしまいそうに精神が痛むのは何故だろう。
「やれやれ、じゃないの!きちんと説明してよね!!」
老人は頭を押さえた。残念ながら、説明など、出来はしなかった。
7
「何か調子が出ないのう・・・」
照りつける陽射しを手で遮って、カマエルは溜め息をついた。
「二晩も外で寝るからですよ」
「そうそう」
エル軍の兵士数十名に守られた避難民達は、早朝に城下を出発した。ここ二日間だけで魔物の被害は急増し、いまだ脅威を増しつつある。家を、家族を失った人々は、これから更に命を失う恐怖に耐えねばならない。
列の先頭を元気よく歩いていたサディケルが足を止める。
「おじさん、また何かいる」
いつまで経っても『隊長さん』とは呼んでくれない少年に、中年の哀しさを感じつつもドゥ−ファはサディケルの指す方を見た。教えられて初めて、木の上に潜んでいる魔物に気付く。
「君は本当にすごいな。大人になったら是非エル軍に入るといい」
目敏い少年は、どんな場所に潜んでいる魔物でも難なく発見してしまうので、不意討ちされる事が全くなかった。早速狙撃に長けた者が呼ばれ、魔物は即効性のある毒を塗った矢で仕留められた。
その日の夜。
「サディケル、いつまでここにいるつもりじゃ?」
「何が?」
野営地の片隅で、カマエルは呆れたように首を振った。
「儂としては、もうここにいる必要は無いと思うんじゃが」
「うん、そうだね」
「だったら、魔物がいてもわざわざ教えることはないだろう。場が混乱すればそれに紛れて姿を晦ませばよいのだから」
「それはそうなんだけど・・・何か暇だったし、帰ってもすることなんて無いしさ」
サディケルは、そうすることがさも当然であるかの様に答える。
「帰りたくないのか?」
「別にそういうわけじゃないよ。カマエルが帰るっていうんなら帰る。僕としてはこれから行く町が気になっただけだから。帰る?」
「・・・いや、気になるんなら別にどうでもいいわい。だがこのままでは恐らく辿りつけはしまいぞ?」
「魔物でしょ?だけど、まだ何とかなるんじゃないのかなぁ・・・」
「とは言うても、既に囲まれておるぞ?」
息が詰まりそうな気がした。
「まぁそうだけどね。じゃ、帰ろうか・・・カマエル先に行ってていいよ。後から行くから」
動揺を悟られただろうか。サディケルは野営地の中心、大きな焚火の前まで走って行って荒い息をつく。
自分が魔物の気配に気づかなかっただと?
今まで感じていた様なちょっとおかしいとかそういったレベルではない。これは明らかに異常だ。理由は解らないが、これ以上ここにいたら益々酷くなるだろうと考えて少年はゾッとした。一体自分の身に何が起こっているのか見当がつかないという・・・これほど気味の悪いものはない。
少年は深く息を吐き出して、小さく自分に言い聞かせる。
「帰ろ帰ろ、もうお仕舞い。帰ってラファエル様に報告しなきゃ、その為にここに来たんだから」
"few months after"
「あれ、やだな。エンギなんてしてないのに」
相方が動かなくなった。
クロ−ドとかいう地球人に肩口をばっさりと切られ、ひとそっくりに鮮血が撒き散らされる。全ての眼をかっと見開いた老人は磨き抜かれた床に倒れ込んだ。
やだなぁ、ただでさえ情報系に戦闘は向いてないのに戦力が落ちたじゃないか。年寄りの冷水ってのはこういう事を言うんだろうな。どうしてカマエルがすぐ目の前で倒れてるんだよ?
まさか庇った、とか馬鹿なこと言うんじゃないだろうねぇ。
サディケルは超波動を発してクロ−ドとかいう地球人その他を吹き飛ばし、しゃがみこんでぴたぴたとその禿頭を叩いた。
「カマエル、生きてる?」
「・・・何とかな・・・」
「馬鹿なことしないでよ、自分のこと位自分で出来るんだから」
文句を言うと、起き上がりながらカマエルは首を振った。そして一発紋章術を周囲に見舞う。ついでにサディケルも、もう一度超波動を発して色々な者を薙ぎ倒した。
「別に庇ってなどおらん。たまたまじゃ、たまたま。ど〜も癖が抜けなくっての」
そういえば、一緒にスパイ活動した頃には結構そういうことがあったかもしれない。
「それたまたまじゃないじゃん」
敵からも紋章術のお返しが来た。眩いばかりの月の光が降り注いで全身を刺す。
「痛ったいなぁ・・・兎に角、真面目に戦ってよね。カマエル、カマエル?」
今の一撃で、老人は本当に事切れてしまったらしい。
「・・・・・・駄目じゃん」
幾ら揺すぶっても叩いても反応が無いので、サディケルは肩を竦めて遺骸への関心を捨て、敵に新たなる攻撃を加えるべく武器を握り直した。
音叉にも似た得物で、小剣を持ち突っ込んでくる青年との攻防を繰り返す。
異変に気付いたのはその直後だった。
唐突に視界がぼやけ、うっかり避け損ねた刃が片腕を切り裂いた。
「退けぇっ!」
襲いかかってくる猛烈な炎と吹雪を跳ね飛ばし、サディケルは慌てて間合いをとる。相変わらず前がよく見えない。左手で触ってみると、濡れた感触がした。かと言って怪我をしたというわけでもない。
それが涙であると気付いた時、彼は愕然とする。
「待てよ・・・どうして泣かなきゃならないんだ・・・」
敵はうるさくこちらに攻撃を仕掛けてくるので、何とか気を取り直して攻撃に集中しようとするがどうにも集中し切れず傷は増えていく。当初の余裕は無くなり、体力は確実に削ぎ落とされていった。
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三人で反抗分子を消してこいとルシフェルから言われた時、その人選を不思議には思ったのだ。奴等が反陽子武器を手に入れてザフィケル・ジョフィエル・メタトロンを下したことや、その時観察できた戦闘力については正確な数値を報告した。
その結果がこれだ。
ラファエルは『神討ち』を携えてこちらに走ってくる青年に向き直った。
反抗分子は確かに侮れない力を持ち始めている。しかし今ならば潰すことは可能だ。その程度の作戦ならばミカエルでなくても簡単に立てることが出来る。
だからラファエルには今回の作戦で総指揮を執っているルシフェルの意図が視えなかった。
いや、自分はずっと以前から知っていたのかも知れない。
明らかに異常だったルシフェルと、ガブリエル。
独自の独立思考サブル−チンを造り出したカマエルとサディケルは、その当初から予想されていた人格歪みを異常な程急速に進行させていた。あくまで独立補助でなければならなかったサブル−チンに本体が喰われていく様を、ラファエルは冷静に観察していた筈だ。
そしてミカエルとハニエルは本来強化されていた、目的達成に対する公平性・客観性を著しく失う。
何が彼等をそうさせたのか、その理由は明確に特定出来ていた。完成品の歯車が一つ狂えば、予期出来ぬ場所まで影響が及ぶこともある・・・つまりはそういうことだ。
素体全てが本来のスペックから逸脱し、異常だったのは、ただ認めなかっただけでこれからも認めはしない事なのだが、紛れもない事実なのだ。その時点で、自分もまた異常。
体内に有する亜空間を開いて待ち受けながら、ラファエルは全ての思考を停止した。その耳に聞こえてくるものは笑い声。
ルシフェルの哄笑が聞こえる。漸く創り上げたVirtual Personaを被ってひたすらに彼は全てを嗤う。
後書きです。
思考がまとまらないので、以下、駄文・乱文・雑文が続きます。読まなくても問題ありませんので、お暇な方はどうぞ。
先行イメージのみで書き始めたので、書いている本人がこれがどういう話なのか解っていません。
私はフィーリング人間なので、(Macのトラブルもフィーリングで直す←あほう)このVirtual Persona(略してVPだけどヴァルキリープロファイルではない(汗))も、「あ、こういう感じの書きたい」という概念を形にしないとなりません。よって矛盾やわけわからん部分が大量にあるのですね。書いていて本人も何かおかしい気がしたりしています。でも一々確認しているといつまでたっても出来上がらないし、無駄に長くなるし、語感悪くなるし・・・すいません。言い訳です。あぁ繰り広げられるマサヒトワールド。
結局何が言いたかったのかというと、自分でもよくわかってません。
私の中の十賢者像、という感じでしょうか。家の人にルシフェルとカマエルの会話が珍しいと言われましたが、そんなものでしょうか?
話の内容としては、ゲーム中のルシフェルの怪行動の説明くらいにしかならないですねぇ・・・。
フィーリングですから・・・。
しっかし、私の話はどれも傾向が似ております。嫌だなぁ。
VPとは、SO2nd風に言えば思考ルーチン、でしょうか。
あくまで自己内に設定された、仮想の人格。だからVP。一つの物事を複数の方向から考える時に、幾つかの立場になりきって考える事ってありませんか(え、無い?そうですか・・・)私はこういうものを仮想人格と呼んでいるのですが、とりあえず心理学的にそういう用語があるのかは謎(多分無い)
カマエルやサディケルは完璧に《老人》や《少年》を演じねばならなかったので、確固たるスパイ用思考サブルーチンを作っていますが、しかしこれは『思考ルーチン』と聞いて直ぐに思い浮かぶガブリエルのものとは、やや性格が異なります。
カマエル・サディケルのVPはあくまで自己の経験によって《カマエル》《サディケル》という人格の派生としての位置を占めるのです。サブなのです、北島三郎。それに対してガブリエルのものはランティス博士によって入力されたものなので、仮想多重人格ではなく、本物に近い多重人格となるのです。確かに仮初めの人格であることに変わりはないのですが、それでも情報収集用素体のものとは異なります。
ちなみにカマエル・サディケル以外の素体についても、彼等にも人格というやつはプログラムされていますのでそれに沿った演技をしているのです。ただ、彼等の演技はほぼ単一のものであり、特にカマエル・サディケルの様に意識した演じ分けをしているかは解りません。
さて、何故ルシフェルがカマエルに助言を求めに来たのか・・・これは、難しいですねぇ(笑)
要は、ルシフェルは混乱していたんです。ガブリエルは排除すべき対象、しかしランティス抹殺は出来ない。(+フィリア)ルシフェルにもまたランティス・フィリアが思考ルーチンのみの存在であることが理解出来てはいるのですが、造り主の《思考ルーチン》がどの程度の強制力をルシフェルに課すのか、という判断がルシフェルには出来なかった。かと言って他素体の意見を聞いたところで、彼等にはランティスの意志に疑問をはさむ事すら出来ないので、役に立たない。
結局、ルシフェルが欲しかったのは情報だったのです。ランティスに縛られない者の意見。そして、それが《老人》であったということですね。何故《老人》にそれが可能であったかというと、大した理由ではないのですがこれを書くと混乱してくるので割愛します(汗)
また、十賢者の人格設定には、一部を除いて当然、『年相応らしく』振る舞う、というものが含まれています。(私の設定では)これは主たるネーデ人との意志疎通をより簡便にする為です。その為、ルシフェルには《青年》という人格もうっすらとではありますが存在しているわけで、この意志に従って彼は年上(ということになっている)カマエルに話を聞こうとした・・・という・・・ま、これも単なるイメージです。
演技によって実際の人格が影響を受けるということはあると思うので、カマエルがルシフェルに見かけ上の助言を与えることが出来たのはそういう私のイメージに起因します。
>ルシフェルらしさ
の出し方がよくわかりません。
傲慢、プライド高すぎ、居丈高・・・難しいですね。
「いや、バグれたらどんなに楽なのか・・・」
という台詞が当初あったのですが、こういった弱音を吐くような素体ではないと思ったので削除。
個人的にルシフェルらしさ+15%かなぁ、と思ってます。
>クォドラティック・スフィア
Quadratic 正方形の様な 二次の
Sphere 球体
正方形の球???
>その他
オリキャラなどなどいるにはいますが、作らないとどうしようもなかったので(汗)
書き途中にトレカ発売で十賢者のキャラデザが判明して書き直しを余儀なくされた部分もあったりしましたしね。でもサディケルは無邪気な少年路線で行っております。
と、まぁだらだら書いてありますが、こんなに言い訳するほど大した話ではありません。ごめんなさい。
本当に、文才が欲しいです。
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