Lunatic Bright Light Right 4



≪神討ちSacred Tear【セイクリッドティア】≫

 命の遣り取りの最中は余計な事を考えない分、心は穏やかである。
 ただ相手の息の根を止める事ばかりを考えている。己が身を守るのは、先に斃れてしまっては相手を倒すことが出来ないから、というだけの理由に拠るものでしかない。
 そして最後に立っているのが己だけであるのに気付く度。
 今、この瞬間を生きる事を赦されたと、失血に白々とした意識で感じるのだ。
 血腥い高揚の収まらぬ中で、ここに生きていられるのは自らの強さなどでなく、ただ赦されたからなのだと根拠無くそう思う。
 だから無性に強くなりたかった。
 自力で繋ぐ命が欲しかった。
 全てが終わった後の空虚感は気に食わず、そんな気持ちを抱えたままに生きて行く気怠さには耐えられなかったので、彼の剣士は心の平穏の大半を眠りの中に求めた。残りは、身を戦いの中に埋めて得ることにした。
 そのまま幾らかの時の流れに身を委ねればどうなるか。
 黒に黒を重ねても深くならない様、血で血を洗う日々を過ごした剣士には既に赤く染まる部分などあろう筈もなく、流した血に見合うだけ経験は彼の血肉となった。
 こうして剣士が大概の誰よりも強くなった時、漸く彼の心は赦しを排斥したのだった。
 つまりその瞬間から、剣士は更なる疑惑を抱き始めるのである。

 この強さは本当に自らの強さなのか・・・と。



「貴様・・・きさまら、殺してやるっっ!!」
 蒼白の青年は剣を振りかぶった。彼の青年の常である穏やかさ、それは戦いの最中にすら感じ取れるものだったのだが、今の彼にそんなものは微塵も無かった。倒さねばならぬ筈の敵に一蹴され何度床に転がっても、その突進を止めようとしない。怒りに全てをかなぐり捨てた、自らの表情を形作る事すら忘れてしまったクロードを他の仲間達が制止しようとしたがまるで聞く耳を持たないのだ。完全に我を失っている者を放っておく訳にはいかぬが、なまじ力はあるだけ手に負えない。

 クロードは一体何を失ったのか?
 ―――本当の意味を知る人は、ここに居合わせなかったのだ。

 やっと理解する事が出来たのかも知れない父と、彼に付き従っていた者達。
 そして常に父の傍に在り続けた偉大なる名を持つ航宙艦。
 エクスペルに至る以前の彼を形成してきた因子は十賢者の下らない余興に破壊され、ただ踏み躙られる立場に甘んじるしかないのだと悟ったクロードに出来るのは、その事実を認めない事だけだった。十賢者とそれの放った魔物達に、力尽きるまで立ち向かい続けるだけだ。
「クロード、落ち着いて!」
 レナの嘆願も無力だった。
 怒れる青年がやっと無謀な攻撃を止めたのは、ザフィケルと名乗った十賢者の一閃をまともに受け、壁面にいやという程叩きつけられてからのことだ。それも自らの意志ではない。ただ、気絶したのである。

 こいつもまた自分と同じなのではないか。

 敗残者として冷たい床に打ち伏すクロードの姿に、ディアスは自分でも驚く程の強い失望を覚えた。
 憎しみに我を忘れ相手を屠る事のみが心を支配する、その様は、過去の自分とまるで同じに見える。
 意識無い好敵手に感じるのは、怒りや悲しみでない冷静空虚な思いだった。
 その理由は。
 それは復讐に心を閉ざしたディアスという男が、あたかも正当化された気がしたからだった。レナの手を振り払ったクロードに、ディアスはかつての己自身を見出す思いをしたのである。
 魔物が包囲を狭めてくる。それ以上を考える暇は無かった。
 欠けたクロードの穴を埋めるべく力を込めて振り翳したハードクリーヴァの軌跡は易々と金属質の敵を抉り、内部のメカトロニクスを露出させる。飛び散った誰かの血飛沫にスパークして小さな破裂音と白煙が立ち昇った。刃と対象物の接触面で生じる事象の原理はディアスの知る所でなかったが、固いバターを熱したナイフで切るのに似た、ブリーズホープとは全く違う感触がした。
 味方の放った紋章術が雷鳴を呼び、酸の雨を降らせ、足場を揺るがし、戦いに変化を与える。それらは好機を生み出し、無論ディアスも他の仲間達も十二分に活かした。レナがクロードを癒している。
 流線型の金属塊が飛来する。自動追尾装置付ミサイル、などという単語をディアスは知らなかったが両断するに支障はない。これもまた苦無く切り捨て、勢いを殺さずザフィケルに肉薄した。高みの見物を決め込んでいた防具もろくに身に付けぬ剥き出しの腹を目掛けて一閃。しかし下ろす刃は呆気なく弾かれた。ザフィケルが哀れむ様に嘲笑い声を立てる。
 ディアスは、やっとクロードが苦戦していた理由を知った。
 武器が、通じない。
 膚に擦りすらもしなかったと感触で解る。如何に固いものでも打ち砕く《剣》、それすらも撥ね除ける屈強な《盾/殻》を十賢者は備えているとしか考えられなかった。勿論、だからと言って、退くことなど出来ない。クロードが意識を回復した様だったが、錯乱した奴に任せる位なら自分で相手をした方がまだましだ。
 空破斬、ケイオスソード、クロスウェイブ。
 朧、疾風突、孤月閃、鳳吼破。
 円月斬、夢幻、朱雀衝撃破。
 しかし裂帛の気合いを込めた攻撃は悉く弾かれる。命を賭ける瞬間瞬間に常に無感動だった心が、焦りを感じた。無力感を得た。
 ザフィケルの恐ろしく大きく、武骨な剣の巻き起こした颶風をまともに喰らってハードクリーヴァが鳴る。逃げ遅れた髪の一房がずっぱりと断ち切られ、目障りに散った。ディアスの視野が次第に狭窄し、際限なく涌いてくる魔物、共に戦っている仲間達が意識から失せていく。ただ見えているのは差し向かうザフィケルのみ。
 一太刀一太刀、全てが急所に命中している。
 殻さえ破れたなら、ディアスの幾度敵を殺していることか。しかし敵を守護する不可視の力場、その異様なまでの頑強さが、全てを無意味にする。
 歯が立たない。
 正に、剣の刃が立たぬ。
 途端に、ディアスは馬鹿馬鹿しくなった。その一瞬、狭窄視野をさえ捨て去った程。己を鍛えて体得してきた技の何と無力なことだろう。敵を屠るには、唯々圧倒的な力があればいいだけではないか。例えばラクールホープの様に。数知れぬ傭兵達を殺した群をなす魔物・・・その、全てを・・・一瞬の閃光で薙ぎ払ったあの紋章兵器の様にだ。クロードの憎しみも、無論自分の苦しみも、それだけでは敵を倒せやしない。道具があって初めて叶うこと。
 そう・・・武器は、やはり殺すための道具に過ぎない。ディアスが噛み締める真実はそれだけである。
 ついに決定的な一撃を受け、床に倒れたディアスの身体は動かなかった。代わりに打ちかかるクロードの様子が妙に苦しそうに見えたのは、少しは正気を取り戻した所為か。
 もしも次の機会があったなら、とディアスは思った。
 あの武器職人には、更に強い武器を作って貰うことになるだろう。たとえその者が、他者を殺し助く道具の為す事実を知らない自覚無き細工師であっても、勿論そうでなくても。そして、多分その道具はクロードにこそ必要なものなのだ。
 癒しの光が身体を包み、ディアスは床に剣を突き立てて立ち上がろうとしていた。ハードクリーヴァが床を深く傷付けるのは簡単だった。
 けれどもザフィケルを仕留めるのは全く不可能なことに思われた。
 尤も、ディアスに退路など初めから存在しない。
 勝敗など関係ない。《戦い》という衝動の中でしか彼は生きられず、それを止める瞬間こそ自身の死の時だと、今迄彼はそう信じてきたから。
 だから、ハードクリーヴァに戯れつく機械仕掛けの魔物を無理矢理斬り伏せる。

 遂にネーデ防衛軍隊長が先頭に躍り出たのは、ディアスの身体が、利き手の腱の過負荷に千切れた鈍い衝撃を感じた時だった。


 フィーナル突入の失敗で被った痛手は甚大であった。
 ネーデ防衛軍隊長が失われ、各々の精神と肉体が著しく傷付けられた。退却を余儀なくされた一行はセントラルシティで治療を受け、対策を講じなければならなくなる。
 何時十賢者が攻撃を加えてくるか判らない状況下で、一見無駄と思える時間が必要だった。
 ぼう、とクロードが滝を見下ろしていた。
 表情は無い。だが虚ろな眼は彼が長らく、此処外壁楽園で自らの内を覗いていた事を証明していた。
「止める?」
 ディアスの気配に気付いたか、クロードは姿を崩さず問い掛けた。
「いや」
「はは、ディアスらしいや。まぁでも、」
 束の間の静寂を再び激しい水音が支配したので、ディアスはクロードが随分しっかりとものを喋っていたのを知った。
「僕も止めて欲しくない。それにしてもよくここが判ったね」
 無感情な声で、いまにも落ちそうであった崖際から一歩下がる。そして崖の端に危なげなく腰掛けるとまた滝を眺め始めた。一向に相手を見ようともしないのは、話すだけでも億劫だからなのだろう。恐らく今のクロードには、呼吸すら面倒に感じられるのだ。ディアスはそんな気分を知っていたので共感などしてみる。
「気の方はもう確かか? それともまだ、と言った方が正しいのか」
「大丈夫だよ、まだね。いや、もう、かな」
 どちらでもいい、と呟いてから彼はやっとディアスを見た。
「まるで自分が持っていかれてしまったみたいだけど。
 ・・・この感じ、知らなかったけれど想像はついた筈だ。でも今になって解っても全然いいことじゃない。
 レナは・・・皆は、きっとこんな気持ちを抱えていたんだな」
「そうか」
 微かに語尾が吊り上がったのを耳聡く聞き付ける。
「違うのかな?」
 その通りだとディアスは思った。
「エクスペルはやがて再生されるだろう。違うのか?」
 その奇妙な心境については、かつてこの町でレナと話し合った事がある。その時のレナの気持ちは、今のクロードとは違う。むしろそれは・・・・・・
「ディアスは・・・本当に、強いんだな。
 どうやったらこの怒りや、悔しさや・・・悲しさや、憎しみと折り合いをつけて生きていける?
 僕には・・・・・・解らない」
 そうだ、かつてのディアス自身の気持ちに類似する。
「下らん。お前は何か勘違いをしている様だ」
「何を?」
「俺が死を願わなかったと思うのならそれは買い被りだということだ」
 それから暫しの時、青年は沈黙を守っていた。
 剣士は静かに尋ねた。
「驚いたのか?」
「・・・あぁ。・・・・・・意外だったな」
「実際、あと少し助けが遅ければ、それは叶っていただろう。
 叶っていればどんなに楽だったかと、度々思うこともあったな」
「でも、ディアスはこうして生きているじゃあないか。それは強さだろ?」
「生き残ったのをどう後悔しようとも、その思いで死ねるものではない。
 お前が今、こうして生きて俺と話しているようにな」
 死ねなかった。だが、ただ生き続ける罪悪感に耐えるよりも、少しは死に近い場所に立って心を紛らわせたかった、それだけだった。この自分の一体何処を評価出来るのだろうかと、彼は不思議に思った。
「俺は、俺に最も楽な道を選んでいるだけだ。それを強さだと言えるのか?」
 クロードは食い下がる。
「だとしても尊敬している。
 たった独りで強くいられるディアスを・・・僕にそんな強さは無いんだ!」

 強くない、と。確かに青年は叫んだのだった。

「僕は独りで生きられない・・・」

「・・・僕、は。・・・あぁ、そうだった」

「そうだったんだ」

 生まれた理解の色が、表情と化して傷心の青年を現実世界へと立ち戻らせる様は劇的だった。

「だからこれ以上、誰も傷付けさせる訳にはいかないのか。
 もし僕に少しでも強さがあるのなら、守るために、僕は戦わないといけないのか」

   赦される為でなく?
   そう、護る為に。

 だから知らず、先駆者からは称賛ともとれる呟きが零れた。

「強いな」
 はっとクロードが彼を凝視した。
「ディアスは・・・」
「俺は守る為の力など持たない。だが、目の前の敵から逃げはしない、たとえ勝ち目がなくとも。
 生きる為に、俺は戦ってきた。これからもそうだ」
 逡巡の後に目に映る対象の在りようを認めたのか、クロードは笑みを浮かべた。
 不敵とも言える、薄く力強い顔を。
「なら、勝つかな」
 つられて、先人もまた笑みを返した。
「当然だ。こうして永らえたのだから・・・まだ策もあるそうだしな」
「策?」
「あぁ、他の奴等も待っている・・・勝つ気があるなら来ればいい」
 こいつはもう、大丈夫だ。誰の助けを借りることなく、誰からも扶けられて、生きていける。
 自分は、こいつを扶けられたのか? だとすれば、愛すべき妹の役に立てただろうか。
「ディアス!」
 身を翻したディアスの背に、滝の音を貫いてクロードの声が突き刺さる。
「何だ」
「これが僕にとっての、一番楽な道なんだね」

 そうだ、その通りだ。己が選び取った最も心地よい道を、お前は誇らかに歩けばいいのだ。
 その道は、険しくとも光に満たされ、その光が、お前に力を与えるだろう。
 何故ならお前が選んだのは、《私》とは違う道だからだ。

「人は、常に安楽な道しか選べないものだ。しかし、俺は・・・お前を強いと思う。
 お前が、俺の事をどう思おうとな」


 気付いているだろうか。《私》が、己が心に足掻く人間だということに。
 《貴方》が、心を超え、己が運命を与えた神/枠組みを壊す選択を為たのだということに。





「ここが、その武器職人の家です」
 市長の声に、ディアスは、あぁやはり、と思う。一行がレナの母親・・・遺伝的に正当な母親・・・の形見を携えてやって来たのは、見覚えのある構えの屋敷であった。
 鍵の開いた扉の先には広めの客間がしつらえられているとはいえ、そこは個人の邸宅だ。十三人も入っていたのでは随分と窮屈に感じる。
 最後に現れた十四番目の人物は、驚き呆れた声を上げた。
「なんだい、こんなに大勢でいきなりぞろぞろ押し掛けてきて」
 この間より、顔色はよい様で、眼の充血も収まっている。そう思って見ていると、武器職人はディアスを認めて暗い表情を浮かべる。武器の、ハードクリーヴァの事を気に病んでいたのだと彼は直感した。十賢者に歯が立たなかった事に対して・・・それは全く彼女の所為ではないのに。
 対十賢者用の武器を作製して欲しいという市長の話はミラージュに知らされていなかった様で、事情が通じるには暫くかかった。だが経緯さえ理解出来れば(そして合法との御墨付きをもらえれば)彼女が嫌という筈もなく。
 手渡された過去の遺物/原子ディスクを計算機に委譲して適切な情報を読み出す僅かな時間、彼女はディスプレイを凝視したまま一同に尋ねたのだった。
「あんたら、本当に紋章兵器研究所へ行ったんだねぇ。どんな場所だった?」
「古い森だった。故郷に・・・似ていたな」
 意外にも率先して口を開いたディアスに、クロード以下エクスぺルからの来訪者達はちょっとした驚きを隠せないようだったが。
「羨ましい」
 ネーディアン達ならば当然のこととしてこの会話を受け止める。
「あそこは多分、エナジーネーデからアクセス出来る唯一の外の世界なんだよ。
 今なら時空転移シールドも消失しているだろうし、だから封印されてるんだろうけど」
 市長が頬を緊張させようが、無論気にせず喋る。
「ソトに興味があるのか」
「そりゃあ、多少は。紋章兵器研究所があるなら尚更ねぇ。
 まさか、まだ存在していたとは驚きだった」
 剣状の紋章兵器がスクリーンに投影され、一同は十賢者に対抗可能という件の武器を食い入る様に見つめた。尤もそうしたところで、設定されている機能詳細説明の一々を読み解いて感心出来たのは、武器職人唯一人であったのではあるが。
 武器職人はこの武器の一体何処がどの様に凄いのかを説明し、ネーディアン数名とクロードについては驚愕させることに成功した。(とはいえエクスぺル人に対しては反陽子の何たるかを講義する暇がなかったので、非常に即物的な喩えをするに留まった。)
「それにしても、こんなに物騒な武器を拵えていたとは・・・昔/七億年前の奴等は何を考えていたのやら。
 そもそも、エナジーネーデに未来永劫隠遁するって決めた人類が、どうして兵器なんぞを研究したのか?」
「お前達が武器を造るのと同じではないのか?」
「違うよ」
 操作卓を叩きながら、彼女は言う。
「歴史に詳しい訳じゃないが、アームロックが今みたいになったのは研究所が閉鎖されてからの筈だ。
 つまり、あの当時は明確な敵がいたんだな。それがあっさり武器製作を禁止したということは・・・事故るまでは案外ソトに戻るつもりでいたのかも知れないな」
「それがこうして役に立つのだから、世の中、不思議なものだ」
 嘆息混じりに応えた市長の声は、暗に客人の前でのお喋りを諌めていた。
「あぁ、そうだね」
 それ以上の言葉を彼女は呑み込んだ。娘を失った父親の神経を逆撫でするものではない。父親を失った息子の為に最高の武器を捧げなければ、此の父親は我々に与えられた特権を剥ぎ取りかねないのだから。

 足りない材料を調べ、調達の指示を出し、予期せぬ客人達を送り出す頃には、主人の他所行きの仮面もそろそろ限界だった。
「市長、あんたも用事が済んだならお帰りよ」
「彼は帰らせなくてもいいのかな?」
「あぁ、まだ大事な商談が残っているからね。御仲間も、今からミーネ洞窟は遠すぎるし、今晩はここで一泊してくんだろ? なら問題無しだ」
「商談とは初耳だが」
「誰が一々報告するかい」
「お前のすることは一々不穏だからな。この間も裏流通でここの武器を何件か・・・」
「あぁもう知らないって。
 あんたの面子は立ててあげたんだから、今、文句をつけるんだったらこの話、御破算にしちまうよ?」
 彼女は畳み掛けるように言葉を放つ。打ち拉がれた人間の相手をするのは苦手であり、彼女としては早い所、全部片を付けて一人になりたかったのだった。それをぐだぐだと邪魔されては苛つきもする。しかもいきなり大仕事を押し付けられて、市政機関の手際の悪さに呆れてもいた。四つの場だの何だのと騒ぎ立てている暇に任せて貰えれば、こんなに慌てることもなかったのに。
 彼女は不安であり、それなりに慌てていたのであった。だからこそ、早々に愛想を使い果たしていたのだ。
 ところが他所の人間はそうは見てくれないらしく、案の定、市長もそうだった。
「破談とは意外だな。こういう話ならば喜んで受けて貰えると思っていたのだが」
「本当にもう、御客人の前でなんて話をするんだいこの市長は」
「仕掛けたのはそちらだろう。どうしてそんなに機嫌が悪いのかね?」
 ところが、何時もなら大人しく引き下がるであろうナールが、珍しく噛み付いてくる。彼自身の機嫌もあまりよいものではなかったらしい。《御客人》の一人がまだ残っていることを思い起こさせようと視線を遣るが、反応を寄越さないのでまるで役に立たなかった。席を外すとか気を利かせる余地が大有りだろう、と嘆息するが、期待は期待でしかない。
「理由は幾つかあるけれど一つは、」
 理由を説明しないと帰りそうにもないので、物憂げに人差し指を立ててみる。
「あんたが思っている以上にこの話は面倒だ。設計図があれば造れると思われてもね。
 これは、普通の武器職人に造れるものじゃない・・・造れると思われても困る代物だ」
「可能か不可能かということは事前に調べたとも」
「真面目に調べたの? 適当、じゃあないんだ」
「理由を言えというなら講釈しようか?」
「一応、聞いておこうかな」
「では話すが、妥当過ぎてつまらない話だぞ」
「続けてよ」
「・・・紋章兵器研究所の流れを汲む研究室はギヴァウェイには五つあった。
 その内の三つの研究室が研究所の崩壊によって基盤を失い、基礎研究を行っていた二つの研究室に吸収された。クリエイションエネルギー、時空転移シールド、反物質、これら三つの研究はそれ以降、重点的に研究されることはなかった。だが資料や技術の一部は、吸収先の研究室に引き継がれている。現に時空転移シールドの改良理論や反物質の扱いは今でも彼等の専売特許だ。
 その、機能構造構築学か複合生体工学の研究室出身者で武器開発を行っている者ならば、紋章兵器研究所で設計された物を造れる可能性が高い。逆に言えば、他の者には非常に難しい。もしくは時間がかかり過ぎる。
 候補には何人か上がったが、調べてみれば存命なのは一人だけだった。だからここに来た。腕がいいのは折り紙付きだったから、何も心配はしていなかったんだがな」
 ナールは、何か文句があるかという顔をした。彼は、常識も、良識も、努力も、自信も、理性も、情も、世の中の人間が身に付けていることは大体知っていた・・・知っていれば、それを使わないという芸当も可能だ。平和惚けした邦のたった一人の市民に、邦の命運を左右する任を課す。常識も良識も、独りに任せるべきではないと言うが、それは安易な方法だった。そして彼の地位を思えば、必要な時に、妥当な人間に、必要な作業を強いるのは、至極妥当な事だった。平然と物事を強いるだけの代償を彼は、既に充分払っている。
 一市民に、文句を言える筈もなかった。
「そうだね、かなり真面目に調べてる様だけれど、その俺をもってしても、この仕事は短期間には難しい芸当なんだよ。何しろ設計された時代から時間が経ち過ぎてる。
 それが問題だ。本当ならこうして話すのも惜しいくらいに時間は無い。
 ディスクの記録方式一つとってみても特殊過ぎる。他のデータを展開するソフトウェアが今も手に入るか判らないし、見付からなければ誰かに組んでもらう必要がある。参照するデータの正確な値が手に入るかも怪しい。大体、反物質を安全に扱う機材なんか一体誰が持ってる? 少なくともここにはない」
「・・・確かに、数日中に何とかなることを期待する方が間違っているようだな」
「そういうこと。レアメタルが手に入るだけでも幸運だったが、他の材料だって全部揃うか、集めてみないと判らない。町中の人間に協力してもらっても無理かも知れない」
「勝算があるから引き受けたのではないのか?」
「勿論あるさ。伝手は使う為にあるもんだ。あんたの言う、不穏な活動をする人間の駆使するコネをご覧じろってなもんで、だ、か、ら、俺のすることに余計な口挟まないで貰おうか。貴重な時間だからね」
 市長を追い出す間も惜しい。そう相手を黙らせて、随分と待ち惚けの客人を向く。
 客人はソファに座ったまま、ずっと虚空を見つめていた。彼等の話が終ったことに気付いても、その表情は変わらなかった。それが、焦燥を抱える彼女の心に、安定を齎す。
「ディアス、待たせて済まなかったね。そいつを見せて」
 無言で突き出された鞘を受け取って刀身を引き出して見る。十賢者との異様な戦いをくぐり抜けたとは思えぬ刃毀れ一つ無い様に、驚いた。ブリーズホープの様にぼきりとやられた最悪の事態を予想していたのだから。
 してみると、彼女の腕も満更捨てたものでないということか。
 柄の装飾に巧妙に隠した蓋を外し、記憶素子を取り出す。剣への負荷を逐一記録したそれを卓上の小さなコンピュータに読み込ませると、戦闘の激しさを想像させるデータが展開された。
「十賢者にはシールドの所為で攻撃が通じなかったって聞いてるけれど。
 あいつらを叩いた時は、どんな感じだったんだ?」
「固い物を叩いている様だった。剣は跳ね返った」
「どんな音がした?」
「しなかった」
「正面から真っ直ぐ切りつけた事はあった? その時には跳ね返らなかったと思うけれど」
「・・・あぁ」
「その時の構え、出来る?」
「ここでか」
「狭かったら外でもいいけれど」
「・・・・・・」
「・・・そうそう、そこで止まって、奴さんはこんな風に立ってたんだね? 
 他のパターンがあったらそれもやってみて」

 気付くと、ナールの姿は消えていた。流石は同胞、宇宙人より気が利く。

「じゃあ、ハードクリーヴァは預らせてもらうよ。暫くはこいつで凌いで頂戴」
 その言葉と共に渡されたのは、蒼ざめた刃であった。以前、この町の店先で見かけたことがある。ルインズフェイトなる悲観的な銘の武器は、彼女の作であったのだ。ディアスが来るのを見越して手元に戻していたか。
「時間が作れればハードクリーヴァの改良もしたいけれど。
 ・・・まぁ反物質武器が完成すれば、その必要もないかな」
「あぁ」
 受け取った剣を佩き、窓の外を見遣るとそろそろ戻る時刻と知れた。
「ひとつ、尋ねてもいいか?」
「なんだい?」
「使い手の力量が問われる部分というのは、思ったよりも少ない。突き詰めれば武器の強さが勝敗を分ける」
 たとえ作り手が戦いを知らなくとも、作り手の武器無くしてこの状況を打開することは出来ない。既に一度、少年博士の造りしラクールホープが示した事実だが、その意味を剣士が汲み取るには時間が必要だったようだ。或いは眼を逸らし続けてきたのか。
 ディアスは相手を真っ直ぐ見つめた。睨め付ける程の視線だった。
「それで?」
 彼女は先を促した。
「これは、真理だろうか」
「面白いことを言うね。抜かずの剣は武器じゃないと言ったのはあんたじゃないか」
「剣を抜けさえすればいい」
 剣士らしからぬ言に、流石にミラージュは不審気な顔をした。これが初めて出会った時と同じ人物か。しかし彼は、圧倒的な力と強制的に対峙させられた。その異常な事態の中で、彼が見た目と裏腹に平静を欠いていたとしても不思議ではない。そうして外界からの来訪者を傷付けた罪をいずれ、我々は贖わされるのではないか?
「武器の力を引き出す為には、あんた達の力量が不可欠なんだ。幾ら十賢者のシールドを破れるだけの破壊力があったって、懐に潜り込めなきゃ意味がないんだからね。使い手も武器も、両方揃って初めて脅威になるものだろう? だとしたら重要さの優劣なんて考えるだけ時間の無駄だし、当然真理でも何でもない」
 そこで彼女は、一寸言葉を詰まらせた。
「まぁね、いざって時に自分の手に負えない事態・・・っていうのは悔しいよなぁ」
 悔しい、悔しい、と二回呟き、ふむ、と頷く。
「あんた達が武器を必要とした様に、俺にはこの設計書がなければ、求められた性能の武器を造ることが出来なかった。俺が今の生業でなくても、こいつがあれば、反物質武器は造れたし・・・まぁ多少時間はかかるかも知れないけれど。結局必要なのは俺が武器を造ってきたことじゃなく、こいつが読めて手足が動かせる身体だけだったんだ」
 そうだ、むしろ作り手の力量こそが問題ではない。過去を具現化させる為の手段にしかならなかったのだから。それが彼女が今回の依頼を嫌悪した第一の理由。
「あんたの真理からすると、俺は職人として全く至らないってことになるのかね?
 武器の性能は設計で決まる訳だし」
「・・・・・・確かに、下らん質問だったな」
 たかが図面で敵を屠れるものか。反射的にそう思ったディアスは、その思いの中に全ての答を見出してふん、と鼻で笑った。と同時に彼はその場に在るもの全てへの興味を失ったらしく、暇も請わずに背を向ける。
「どうせ今迄為てきた事を止められる訳がないんだ」
 ぼつりとそんな言葉を残して。

 独り部屋の中央に立ち尽くし言葉と共に置き去りにされた主は、「その通りだ」と、しゃくり上げる様に笑いを洩らした。


→Next







 お久し振りです。管理人です(m○m)
 遂にSO3の時代になってしまいましたね。

 ↓SO3の感想を含んでいるため、未プレイの人は見ないで下さい。(見る場合は反転)
 とりあえず管理人はSO3をクリアしました。(試練はまだ全然ですが)
 面白かったです。ですが・・・
 SOやSO2の登場人物の中にどれくらいFD人が混ざっていたのかを考えると、何だか切なくなってしまいます。
 まぁ居ないという可能性もあるといえばあるのですけれど。
 でもルッシーはかなり怪し目ですよね(だとしたらかなり悲しい)
 そういえばエタニティースペースって結局、十賢者を狭い場所に押し込めて、思いっきり処理を重くしてたのでしょうか?
 あと、ネーディアンはFD人に気付いていたのかが疑問。知り過ぎたからエナジーネーデに追い込まれるハメになったのか? そもそもクラス9のエネルギーの壁はFD人から身を守る為なのか? 疑問は尽きません。

 今回の御題は主役と脇役の違い・・・かもしれません。
 クロードとディアスの違い。裏を返せばリーマとミラージュの違いでもあるのですが。
 
 クロードが正義や誰かを守る、といった大義を持てる人間であるのに対して、ディアスはどうしても自分の心に縛られてしまうイメージがあります。それぞれ、攻撃力からすると差異はないのですが、存在の仕方が違います。
 一方、セイクリッドティア=リーマの大義の体現=製作者自身を捨てた武器であり、個人を表現しようとするミラージュの武器とは根本的な違いがある訳です。まぁリーマさんが何を考えて反物質武器を造っていたのか知りませんが、武器フリークではなかったと信じたい・・・(爆)
 まぁそうすると、クロードにミラージュの武器は相応しくない訳です。栄光への道を歩む者にはそれなりの武器が必要なのです。ミラージュの存在はある意味否定された訳ですね。
 とまぁ色々考えていたら、案の定散漫になりました。頭の中の事を表現するのは難しいです。
 最近は殆ど書く事をしていなかった為、唯でさえ進歩のない執筆スキルは逆に退化した気さえします。

 どうでもいいんですが、ナールさん、結構酷なことしてくれますよねぇ。
 いきなり他人の武器を造れと命令するなんて、プライドずたずたになると思いませんか?
 ゲームしたとき、酷っ!と思わず突っ込みを入れてしまった事を思い出します(笑)

 それから、クロードの独白はノエル本に載せた本と微妙なリンクかましてたりします。
 クロードの言葉が一部意味不明なのはその為です。
 あと、当HPではディアスとレオンは同一パーティなので、酸の雨が降ったりするんです。
 で、ナールさんの研究室説明部分は勿論、適当です(爆)

 次回更新はまた遠い未来になる予感が。



うわ、前回更新から3年近く経ってる?!(驚愕) 03.06.22 08:50 P.M. 良



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