Dear Rare Days
今は無人であろう天候制御室。その最期の設定を施した者の万感が、薄青い透明なド−ムには反映されていた。永遠に沈まない夕日は美しく力強く煌めいている。彼の繊細な選択は痛々しさすらこの大地を統べる者に感じさせ、そして想いは仮初めの空を通して確実に伝えられた。
「ネ−デの落日か」
今までで一番美しい夕焼けを見たと思う。臨界点に力を高めつつある崩壊紋章を抱くのに、これ以上相応しい光景があるだろうか。フィーナル最上階に立つナ−ルは嘆息した。保護フィ−ルドに包まれたクロ−ド達を見送った後も、幸か不幸か僅かながら時間というものがエナジーネーデには残されている。時空間の操作という手順が入る為に、紋章の発動からネーデの崩壊までにはかなりの時間がかかる為だ。
結界紋章の構造を知っているナールには、この時間がどれだけあるのかも解っていた。そのお陰で迫り来る破滅の時と向き合う時間が出来てしまったのは、安らいでいる筈の心に細波を立てるのに充分なものであった。
特に、こんなにも凄絶な夕焼けを見せられてしまっては。
「綺麗だね」
ぽつりとミラ−ジュが口にした。
「そうだな」
短くナ−ルは返した。
しかしながら茜色の空を見つめる技術者がどうして自分の隣に立っているのか、それがナールにはよく解らなかった。確かに彼女は反陽子武器の製作者であったからクロード達とは知らぬ仲ではない。けれどもそれは、市長たる自分が今ここに立ち会わねばならない理由に比べれば全く意味を為さぬ理由付けである。
ラクアからクロード達を送り出す時に姿を見せたミラージュは、反陽子武器に不具合が見られなかったかを尋ね、その答えに満足した様子だった。三人の賢者達を下した後のこの質問は、愚問とも言えるものであったかもしれない。確かにその時はまだ、ミラージュがフィーナルに向うつもりであるなどとは知らなかったわけだが。
ヘラッシュが海面から姿を消した後に自分から医務室へと向ったミラージュを見た時、このまま彼女はアームロックへ帰るものだと思っていたから、意外には思ったのだ。
そして十賢者のエネルギ−フィ−ルドが消失した時、果たして彼女はラクアにいたのである。フィ−ナルに向かうのだと言う彼女にその理由を問い質しても明瞭な答えは返ってはこなかった。自分の武器が相手に通用したのかを見届けたい・・・それはエネルギ−フィ−ルドが無くなった時点で既に意味の無いものだった。
技術屋としてのミラージュの腕は武器製作だけでなく、機械を扱うあらゆる方面についても確かなものであった。そして彼女は何よりも趣味の町、ア−ムロックを愛していた。その所為かナールが市長職に就いている間は何かと顔を合わせることが多かったのであるが、余りにもそんなことが多かったから彼女はそれを腐れ縁と呼び、彼も否定はしなかった。
「死ぬ時はあの部屋がいいと、そう言ってなかったか?」
強くなりつつある破壊の光の中で、彼女は首を傾げた。
「そうだったっけか?」
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精錬された金属の、しん、と冷えた音が好きだ。
真夜中には大抵、ここからどんなものが生まれて来るのかを考えながら耳を澄ませて一人でじっとしている。
他人に入り込まれるのは嫌いだから、助手を使うことは滅多に無い。少々乱雑なこの作業室で望むものを直ぐに探し出すことは、自分で言うのもなんであるが、私だけにしか出来ないだろう。全ては私の為にしつらえられた空間。
ここは、私だけの領域だ。
『忙しいかもしれんが、多少時間をとらせるかもしれない。勿論とらせない・・・様に努力はするが』
その部屋の壁一面には大きなスクリーンが設置されていたが、今は何も映し出さずに沈黙している。広い面を持つ作業台には沢山の機材・・・工具、原子ディスク、様々な書物・・・に混じって一本の刀身らしきものが置かれていた。しかし刃はまだ無い。照明を茫洋と反射する剣に指を滑らせながら、この部屋の主は一日の成果を確かめていた。
指先から伝わってくるのは無機質特有の冷たさと、刻み込んだ紋章の鼓動。まずまずの出来であることをしっかりと感じ取って、主は軽く溜め息をつく。連日続いた作業の疲れが緊張の解けた身体を一気に襲い、崩れる様に椅子に腰掛けた。
まとめてあった蒼の髪はするりといましめを失い、背に広がる。心地良い安堵感に眼を閉じ、創造物の声を聞く。正念場はここからだった。
ただ、主はあまりにも疲れていたので・・・次の作業に取り掛かるだけの力は残っていないのであった。
屋外には人工の満月が掛かり、その身を輝かせている。そんな時分だった、領域に侵入者があったのは。
月光に独特の翼をひらめかして降り立ったのは一体のサイナード。その背に乗って来た人影は誰にも気付かれずに大きな煙突を持つ家に真っ直ぐに歩いて行く。二、三度呼び鈴が鳴らされるが応えは無く、しかし夜間は施錠しているはずの扉はその人の足を止めるものにはなり得ない。
とろとろと浅い眠りに身を委ねていた主は、髪を梳かれる感触に目を開いた。温かい手はそれから何度か髪を梳いた後にゆっくりとそれをまとめ、結び直した。
後ろに立つのは誰だろう。身を起こすのはかなり億劫だったものの、こんな時間にこの場所にいるのは何者なのかを確かめるのは重要な事である。もっとも、大体の見当はついていたが。
「・・・ナール」
「今晩は、ミラージュ」
背後に立つ男は、ミラージュ、と呼んだ技術者に、馬鹿丁寧に挨拶を返した。
「何の用だい?悪いけど結界紋章の方までは手を貸せないよ・・・」
意識がはっきりとしないのか、先程まで打ち込んでいた創造物を指しながら、主は見当違いな対応をする。男はその蒼い目を覗き込んで僅かに笑った様だった。
「随分と疲れているらしいな。今日はもう、話は出来ないか?」
目の前の男が誰であるか、その詳細を思い出し、なおかつ彼と交わした約束を思い出すのに数瞬を要す。確か、セントラルシティから彼の私的通信をこの部屋で受けたのは何日か前の出来事だった。
「話・・・あぁ。悪い、思い出したよ」
体全体が重く、疲労を訴えたが振り払うようにして立ち上がり客人に向き直る。彼は剣に興味があるのか、これを品定めでもするかの様に眺めていた。彼女の武器がこの戦いを決めると言っても過言ではないのだから、市長の彼としては当たり前の行動だろう。そして彼女の仕事振りに心底驚いたらしい。
「もう二つ目の武器に取り掛かっているのか。早いな」
しかし時間的には決して余裕など無いのだと、二人共に知っていた。ミラ−ジュは肩を竦めて背を向けた。
「真面目にやってるだろ。
ここじゃあ落ち着かないね、向こうでお茶でも出すからついてきな」
この忙しい時期に一体何を話すのだろうかと思いながら、ぼんやりと二、三歩歩きかけて、彼女はとある重大な事に気が付いた。
「ナ−ル」
作業中の彼女は、勝手に部屋に入ってこられるのを何よりも嫌う。
「また勝手に入ってきたな?!」
「仕方ないだろう。それにしても気付くのが遅すぎる」
「うるさい、不法侵入者」
しれっとして答える市長には全く蹴りを入れたくなる。温厚で人がよいと評判の彼だが、市民殿は全員騙されているに違いない。でなくてマリアナの様な娘が育つものか。
流石にマリアナの事は口には出せずに、ミラ−ジュは頭を掻きながら客人から不法侵入者に格下げした市長を客間に招き入れる。雑然とした作業室に比べて整い過ぎた印象すら与える部屋の中、慣れた手つきで紅茶を淹れつつ相手が話し出すのを待った。
「それが秘密兵器、か?」
彼女のソ−サ−に三粒の錠剤が載っているのを見て、ナ−ルが尋ねる。
「何の」
「仕事が妙に早い」
「あ?違うって単なる風邪薬・・・なんだよ、そんな目で見て・・・わかった、わかった、嘘だって・・・まぁな。こんなもん使う奴はいかれてると思ってたんだが、今回ばかりは仕方ないだろ。
言っておくけど、違法だって捕まえるんなら武器は造らないからね」
「・・・だが、体に悪い」
「さぁ?そんな事、知ったことじゃない。
大体、いきなりあの紋章兵器研究所の武器と、ヴォイドマタ−を作れって言われても、幾らあんた曰く『天才』の俺だって一朝一夕には出来ないんだ。でもってレアメタル製反陽子武器なんて作ったことがないからな。安全性のテストまで含めるとどうしても時間がかかっちまう・・・それも集中出来る状態の俺でだ。
寝てる暇なんて無いし、眠くてミスったなんて許されない」
血の巡りの悪い唇の隙間に白いそれを滑り込ませ、水で流し込む間もナ−ルは眉を顰めてこちらを見ていた。
「それにしても量が多過ぎる。一錠で十分な筈だ」
「足りないの。そっちでも使ってるんだろ?多分あんたも」
「さて」
あんたもいるかい?と一昨日、人様には言えないような場所で買い求めたばかりの薬瓶をざらざらと振るが真顔で断られた。理由は『飲み合わせが悪い』からだそうが、なんだ、結局飲んでるんじゃないか。
「頭もはっきりしてきたところで、何だい、話って」
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首を傾げた瞬間、ミラージュはよろめいた。右腕が強く引かれて床に倒れることは無かったが、メタトロンに付けられた傷が酷く痛んだ。回復呪紋を掛けたにもかかわらず異常に治りが悪くて、今も、多分どこかの傷口が開いてしまったに違いない。
「ごめんよ。ちょっと、不摂生の所為でぼろぼろなもんでね。今更どうなったっていいけど」
傷の痛みはその言葉通りの原因ではないけれど、口に出すと少し相手を傷付けるかもしれないから言わなかった。
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「エンサイクロペディアのシ−クレット情報が可読化されたのは知っているか?」
「・・・いや。ギヴァウェイの方からアタックしてる奴がいるのは知ってたけど。目茶苦茶防御が固いって言ってたな」
「多分、お前が言っている奴だろう。レイファス、だったか」
「そうそう。あいつ、成功したんだ・・・捕まえるのかい?」
「いや。この一件はクロード君達が関係しているらしいから・・・これがその内容なんだがな」
一束の書類を渡されて目を通すミラ−ジュの表情が凍りついた。ゆっくりと、丁寧にペ−ジが捲られて行く。予想通りの反応にナ−ルは目を細めた。
その内容は十賢者の正体と、十賢者追放の顛末の真実を克明に記したものだった。三十七億年もの昔に隠匿を決定された純然たる事実は今、幾人かの目に触れつつある。たった今その一人となった彼女は顔を上げ、相手の顔を鋭く見つめた。
「・・・ちょっとまてよ、こんなものをエンサイクロペディアで公開してるのか?」
「大丈夫だ、あそこからはアクセス制限があって直接読むことは出来ない。
これはギヴァウェイ大学のレイファスのコンピュ−タ経由で入手したものだ。エンサイクロペディアのシ−クレット項目が一部解除されてから直ぐに、アクセス元を逆探知したらギヴァウェイでな。それからずっと監視していたら、これが手に入ったというわけだ」
「ふ〜ん、あのレイファスを逆探知するなんてあんたのブレ−ンもなかなかやるってことだね。流石は市長」
思わず心臓の上に手を当てる。薬のせいでなく鼓動が早鐘の様に感じられた。
「これって、やっぱり崩壊紋章発動の確立が上がった・・・って事だよねぇ・・・」
「確かに、崩壊紋章が単なる脅しだという線は薄くなった。・・・というよりも・・・」
よくよく見れば、ナールの顔には濃すぎる疲労の色と隠し切れない苦渋と、そして絶望が貼り付いていた。ここ数日の彼の仕事と言えば、万が一の為の結界紋章の製作指揮と市民への作戦の説明であったのではなかったか。
普段の彼の仕事振りを考えれば、市民を言いくるめることなど造作無い。
どうしてそんなに地獄でも覗いた様な顔をしているんだ、ナール?
そう問い掛けるよりも先に相手は言葉を続けた。
「・・・元々崩壊紋章がガブリエルの生体活動と連動しているのは、ほぼ間違いないことだった。シ−クレット情報は単なる裏付けだ」
「間違い無い?」
潜めた声で問い返せば、ゆっくりと首を縦に振る。
「フィ−ナルに行った時に撮っておいた崩壊紋章の映像から紋章を精密解析した。
100%に限りなく近い確率で崩壊紋章は、ガブリエルを殺した時点で発動する」
「・・・なんだい・・・つまりエナジ−ネ−デの崩壊は決定したって事じゃないか」
「そうだ。クロード君達がガブリエルを倒した時には、勿論だが・・・仮に敗れた時、その時はどんな手段を講じてでも崩壊紋章に結界紋章を作用させて発動し、十賢者諸共に崩壊紋章を潰さなくてはならない」
「どちらにしてもエナジ−ネ−デはお終いなのか」
覚悟していなかったと言えば嘘になるが、断言されて覚醒したばかりの全身の感覚が急に希薄になった気がした。全身から血の気が引いたなんて生易しいものではない。カップから一口、紅茶を含む。
「・・・それで、あんたの本題は?まさかそんなことで来たんじゃないだろう」
ナ−ルはかなり驚いた風にミラ−ジュを見た。
「どうしてそう思う」
「これじゃただの脅しだね。作業能率を下げることがあんたの目的かい?」
「確かに」
彼もまた、カップを手に取った。温かな湯気の立ち上るそれをゆっくりと両手で包み、額に押し当てる。
「実はな・・・エナジ−ネ−デの崩壊が決定的になった今、私を含んだ中央では、『幾つかのもの』をクロード君達を転移させるのと同じ様にエクスペルに転移させようという意見が強い」
ここでナ−ルはちょっとミラ−ジュを見た。先を、と彼女は促す。
「候補に挙がっているのは、サイナ−ドとヘラッシュ、バ−ク人、そして何人かの特殊能力者達。特殊能力者については、こちらで勝手に選出する」
「・・・勝手にか」
「無論、最終的な決定は、本人の意志に任せはするがな。
可能ならば、市民全員を転移させたいが・・・過去からエクスペルを転移させなくてはならない以上、余分に使えるエネルギ−は少ない。そして仮に転移させたとしてもエクスペルでは転移させた市民を許容出来まい。
我々がエクスペルを駆逐するならともかく」
「論外だね」
「あぁ。結局、文明としてのネ−デは滅びる・・・サイナ−ド達を転移させるのはネ−デが使役してきた生物達へのせめてもの罪滅ぼし・・・というわけだ。サイナ−ドについては『ホ−ム』の所長に直訴しに来た。ネ−デが滅びるのなら、我々が研究し続けてきたものは一体何の為なのか、とな。
・・・そういうわけでついでにミラ−ジュ、エクスペルに行く気は無いか?」
「は?どうしていきなりそういう話になるんだい」
「いや、市長の権限で、知り合い皆に声を掛けて回ってる」
職権濫用の極みとしか言い様の無い科白をのうのうと吐いても尚、ナ−ルは済ましている。彼は、そういう人間だった。
「このエセ市長が。それで応じた人数は?」
「ゼロだ」
「つまり、言ってみてるだけってやつかい」
「割と・・・真面目な話だ。
私の命と引き換えに宇宙が救われるなら安いものだが、ガブリエルに従わないというセントラルシティの決定によって、エナジ−ネ−デの全ての人々が消滅するのには耐え難い。私の独断で何人かをエクスペルに転移させたとしても、それは役得というものだよ」
「凄い言い分だね。ふぅん・・・条件付きなら考えてやってもいいけど」
「条件か?」
「そ。あんたがエクスペルに来るんなら、行ってやってもいい」
口の端を吊り上げて、鳶色の眼に視線を合わせる。このエセ市長、職権は濫用するがそれに見合うだけの仕事もする。結構ナ−ルの事は知っているつもりだった。
そして案の定、彼は困ったような呆れたような顔をした。
「なるほど、絶対に行きたくないということか」
「そういうこと。全く、冗談も休み休み言ってくれ。終いにゃ殴るよ」
彼の纏めてくれた髪をいじりながら、ミラージュは溜め息をついた。
「話は終わりだね。俺もあんたも暇じゃない、あんたはこの事を市民に告知する義務がある。それもクロ−ド達に知られない様に・・・あの子達は優しすぎるからねぇ・・・急いで帰って考えた方がいいんじゃないかい?」
「もう手は打ってある。
一般市民には、明日にでも崩壊紋章の発動する可能性が極めて高いことをのみ警告することになっている。そしてクロ−ド君達がラクアを発った後に、全てを公表するだろう。
ネーデ新聞社とも協力して上手くやってみるが・・・暴動が起きないか、その辺りが結構、心配だ」
天気予報でもするかの様に、ナールは言う。確かに彼にとってエナジーネーデの市民を治めるのは、天気を読んで治水するのと同じ感覚なのだろう。決して逆らわずに誘導する。セントラルシティには勿体無い位の、大した手腕の持ち主であることは以前から彼女も認めていた。趣味の町であるアームロックに介入してくるセントラルシティのお偉方は昔から、それこそ伝統的と言ってもいい程にうるさい存在だったのだが、ナールは実に上手く入り込んでいたのであるから。
「本題はもう一つある。至急ディスクに焼いて欲しいデータがあるんだ」
次のナールの発言は比較的普通のものであると同時に、意外な頼みでもあった。
「そんなこと自分のところでやればいいじゃないか」
「データが大きすぎて並の機材だと一日かかる上に、セントラルシティのは結界紋章関係で全部塞がっている。お前の所に頼むしかなくてな。操作は私がやるから手間はとらせない」
「・・・別にいいけど」
どうやら携えてきたケースに入っているのは記録媒体だったらしい。不審そうにミラージュはそれを見た。
「それにしても、一体何を焼くんだい?」
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「そういえば、結局"あれ"は渡したのか?」
『どうしてお前がここにいるのか?』そんなナールの問いには全く答えず、ミラージュは隣人に体重を預けたままクロード達が消えた場所を見て尋ねた。
「あれ?」
「ウチで焼いていったやつさ」
「あぁ・・・"あれ"か。
チサトさんに渡した。やはり無責任だったかな」
「かなりいい加減だね。見苦しいというかなんというか・・・」
ミラージュは乾いた笑いを洩らして続けた。
「でも、嫌じゃない」
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ミラージュが自分の作業を再開してから数時間が経過した後、用事を済ませたらしいナールがゆっくりと立ち上がる気配がした。振り返らずに訊く。
「終わったのかい?」
「全部、終了した。本当に助かった、ありがとう」
「よかったな」
細かい作業が一段落したのでようやく顔を上げられる。きちんと数える気にもならないが、二十二時間労働をしている自信が妙にあった。
「ここの機材は速くていい。主人に似たのかな」
「馬鹿なこと言ってないで、終わったんなら帰って寝なよ。
・・・まったくひどい顔してるよ。そんなんじゃ記者会見にも出られないって」
ディスクの容量を見る限り、それがとてつもない量のデータであるということがよく解る。自分から仕事を増やしているとしか思えない行動なのに、なじる気にはなれなかった。
「そうだ、もう一つ報告しておこうか。
私事なんだが、マリアナが生きていたよ」
淡々と口に出そうと努力しているのがよく解った。
「よかったじゃないか!
・・・あんた、自分の娘が生きてたんだ、もっと喜びな・・・って言っても複雑だよな・・・。『声』は掛けたのかい?」
「いや。マリアナは防衛軍に殉じる覚悟だ、何が言えるはずもない。本当に凄い子だよ」
近い内に全てが滅する。二度、娘の死に直面しなければならない父親の胸中は、いかばかりなのだろうか。
「親に似たんだろう。責任感が強い」
「そうかな・・・いや、似ても似つかないだろう。私は往生際が悪いからねぇ」
彼にしては珍しく、妙に嬉しそうな反応を示したが、次の瞬間には焼き上がったばかりのディスクを収めたケースを手にして苦笑いを洩らす。
「すっかりお邪魔してしまったが、お前とも直に会うのはこれで最後なんだな」
「ファンシティで、あと一回くらい会うんじゃないの?」
「ファンシティにはもう行かない。これからセントラルシティ戻って、クロード君達と合流するのはラクアだ」
「あぁ、そうなんだ。
・・・全く、あんたも災難だねぇ。
今まで市長なんてそれこそ数え切れない程いたのに、よりにもよってその最後にあたるなんて」
けれども相手の反応は結構意外なものだった。ナールは穏やかにこう返したのである。
「しかしな。その連綿と続いてきたネ−デの最期を看取れる私は、ひょっとしたら幸せ者なのかもしれないと、最近そうも思うのだよ」
「・・・あんたってひねくれてるな。それじゃ、最期にこの武器を造れた俺もきっと幸せ者に違いない」
セイクリッドティア。神の十賢者を討つに相応しい、傲慢な銘の剣を七億年の時を経て蘇らせた、自らの腕を幸せに思ってもよいのだろうか。その為に、この男の中に地獄を見たとしても。
そして彼は言った。
「思えばこの町とも色々あったものだが、十賢者の一件で、今までの事が全て水に流れた様な気がしたな。この町を残しておいた先人達の判断は間違っていなかった」
セントラルシティとアームロックの確執を熟知していて出てくるのがこんな科白なのだから、怒りを通り越して呆れてしまう。それにしてもナールの発言には、この手のものが多過ぎやしないだろうか。
ミラージュは随分と剣らしくなってきたものを照明に透かし、その出来具合を確かめる。申し分無い。白銀の刀身には鮮やかに彼女の色が映り込み、魂すらも持って行かれそうな気がした。
「無茶苦茶いうねぇ、あんたも。大体あんた、この町の所為で何回胃を壊したと思ってるんだ?
俺達は新しいものを追い続けたくて、あんた達は何よりも変化を嫌った・・・『無駄じゃなかった』って言葉で流せるものでもないと思うよ。そう考えてみるとエナジーネーデも案外、『生きてる』世界だったってことかもね」
「価値ある世界か?
もし本当にそうだとしたら、私に市長を任される資格はあったのかな」
「さぁな。そういうことは後世の奴等が決めることだよ。それがいらない心配だってこと位、解ってるだろ?」
言われてみれば、後世などというものは存在しない。ナールは破顔した。
「そうだな」
数日後、やはり彼のことを最低の市長だ、と大怪我を負ったミラ−ジュが思ったかどうか。
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「そういえば、格好いい事言ってたじゃないかクロード達に。感心したよ」
「お前こそな。だが流石に・・・綺麗事を並べるのも、いい加減疲れたかもしれんな」
「そうかもね。進化を止めた種族に価値が無いなんて、一体誰が悟ったんだろう?」
腹筋を使うのが辛かった。笑う彼女に言ってくれるな、とナールは困った顔をする。
「私達は全宇宙とエナジ−ネ−デ、被害の少ない方を選んだまでだったのだが・・・それは単純な秤の問題に過ぎないが・・・それだけの事を、それだけの事に終わらせたくなくて私達は巧言を弄する。その言霊で少しでも、心の安定を保とうとしている」
「でも、それでいいんじゃないの?
俺さ、本当は家で寝てようかと思ってたけど、フィ−ナルまで崩壊紋章を拝みに来たんだよな」
「・・・何故だ?どうしてそんな身体で動こうとする。
どうしてあの町にいなかったんだ。最期くらいは好きな様に過ごせばよかったものを」
つい、捕まえてある腕に力が籠ってしまった。痛そうな表情を浮かべながら、彼女は答えた。
「何となくそれが義務だと思ったから。
一人で背負うのにネ−デの歴史は重すぎるが・・・それでも二人いれば半分になる。
・・・・・・何でそんなに驚いた顔するんだよ?」
「・・・・・・」
彼は今、初めてこの僅かな時間が彼に与えられた事を神に感謝してしまった。何か言おうとしたが咄嗟に声にならない。少しの間を置いてからやっと言葉を選び取ることが出来た。
「・・・・・・ありがとう」
「そうそう、この間の市長の資格って話な。
安心していいぜ。例え全市民があんたを罵ったとしても、俺はそうは言わないから。
あんたは、ネ−デ最高の市長だよ。なにしろあんたのお陰で大怪我した、この俺が保障してやるんだから間違いない」
「・・・有り難う」
有り難かった。本当に得難い言葉を受け取った自分には、その言葉しか返せない気がした。けれども次に口をついた言葉は、結局相手を失笑させるものでしかなかった。
「こんな時に言う言葉じゃないが、眠くなってきたな」
「これから幾らでも寝られるんだから、頑張って起きてなよ。あるよ、薬」
「止めておこう、体に悪い」
それよりも、とナ−ルは傍らに立つ人の手をとった。
「こちらの方が余程目が冴える。いつ殴られるんじゃないかとね」
絡みあった指先に感じられるのは、これまで押さえ込まれてきた凍りつく様な感情。
降って涌いた様な激動の数ヶ月が、ついに終わる時が来た。このネーデ最後の市長がどれ程疲れていたのかを考えようとしたが、どうやって考えていいのか既に解らなかった。
「勝手にしな」
彼女が冷え切ったそれを強く握り返した時、終末を告げる翡翠色の光が全てを覆い尽くした。
後書きです。例によって長文ですので、耐えられる方のみご覧下さい(笑)
BGM付きでご覧頂けたでしょうか?
別にBGM付きでなくても問題ありませんが、たまたま書き途中に流れていたあのオルゴール曲が妙に合っていたので、思わず指定してみました。
ところで皆様、どうしてEDのエクスペルにサイナードとヘラッシュがいるのか不思議に思ったことはありませんか?ヴァーチャルエクスペルだったとしても、ヘラッシュがいるのはちょっと妙な気がするんですよねぇ。とりあえず、そんな疑問への解答努力がこの話の発端その1であったことに間違いはありません。
発端その2として、ネーデの人々があっさりと自らの文明の崩壊を受け容れたということも、私には納得出来かねる事でした。どうしてもっと足掻かないのか?生きることに執着しないのかが、理解出来なかったわけです。シナリオ的な問題もあるのでしょうが、普通いきなり「崩壊します」なんて言われたら市民は暴動起こすと思いませんか?(と思わず問い掛け口調)
ということでこの話では、フィーナル再突入の時点でエナジーネーデの人々は、自分達に選択の余地が無い事を知っていたいう設定になっています。はっきり言うと、ガブリエルに支配されるという選択もあった様な気がするのですが、それをしたらゲームになりませんからね。
関係無いですが私のイメージとして、《武器をオーダーメイドしてもらう場合、質素な山小屋で偏屈な武器職人が1、2週間かけて槌音を周囲に響き渡らせながら作業して、げっそりした顔で「出来たよ」、と渡してくれる》というものがありまして、セイクリッドティアとファルンホープ+ヴォイドマターが三日かそこらで出来てしまった時にはちょっとがっかりしたんですよね。そんなに早く作れるものなのかな、と。まぁネーディアンがどうやって武器を造っているのかは知らないのですが。そういうわけで、ネーディアンの皆様には健康的に悪いことをさせてしまいました。私的にはやってておかしくないと思うのです。健康を害して困る程、人生が残っているわけでもない・・・と考えると悲壮なものがありますが。
ちなみに、この話はナール×ミラージュというわけではありません。一応、ナール&ミラージュです。
ところでミラージュってよく解らないですね。どうして最後にナールと一緒に現れたのかが特に。
彼女は一技術者に過ぎず、フィーナルで一度十賢者に破れるまでは全く関っていなかったキャラで、武器の問題さえなければ全くクロード達と関りを持たなかった筈なのに、何故にあそこまで出張るのか?そもそも、あの親しげな口調からして、ナールとはどんな関係であったのか。・・・これでマリアナの母親とか言ったら蹴りますが(汗)ミラージュさん御出演のCDドラマ第二弾を聞いていないので、CDの方に設定があったら本気で困ります(爆)
まぁ、そんな感じで彼女の人となりや市長との関係についてつらつらと考えている間に出来たのがセントラルシティとアームロックの関係です。趣味に走るのにセントラルシティからの規制は鬱陶しかったでしょうから、その確執には凄いものがあったのではないかと。多分、ミーネ洞窟が封鎖されているのもアームロックの連中がレアメタル製武器を造るのを阻止する為だったのではないでしょうか。また、セントラルシティの規制から逃れる為に作られたのがフェイクギャラリーである様な気もします。きっとミラージュは常連さんでしょう。
結局、この二人は悪友であり良友でもある感じなんでしょうかね。何となくぼけナールと突っ込みミラージュという図式が私の中では確立しつつあるのですが・・・着いていけない人は遠慮なく引いて下さい(汗)
それから、"あれ"とは何だったのかというと、ものとしては大したものではありません。多分想像つくのではないでしょうか?これから書く(かもしれない)話に関係してくるので、ここには書きませんが。
その他、文明が一つ消滅する時って皆さんどんな気持ちなんだろうか、とかそんなことを考えながら書いた話でもありますが、その割には話のそこここがアヤしいかもしれません。
書いていて、この間の話よりはさくさくと興味深く進んだ話でしたので、現時点では割と気に入っています。読んで下さった方にとって煙草一本分くらいの価値があれば幸いです。
ところでこの前の小説でもそうだったのですが、この頁を読んで下さる方って本当にいるのでしょうか?(極少数の方の反応しか確認していないので)
HPの場所的に解りにくい部分にあるから誰も見ないとか(汗)それ以前に、このHPにどのくらいの人が来ているのかもよく解っていないので、もしこれを読んだ方がいらっしゃれば、是非感想を頂ければ嬉しいです。
プリーズ文才!! 99.09.01 10:46 P.M.
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